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探査機「あかつき」5年越しの再挑戦

MONOist 2015年12月7日(月)9時55分配信

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」が2015年12月7日、金星周回軌道への投入を実施する。5年前の同日、あかつきは一度金星に到着。周回軌道への投入を試みたものの、エンジンのトラブルで失敗していた。この前代未聞の再挑戦を成功させ、日本初の惑星周回を実現できるかどうか、注目が集まる。

●5年前の悲劇

 あかつきは日本初の金星探査機。2010年5月21日にH-IIAロケット17号機で打ち上げられ、半年後に金星に到着、そこで軌道制御エンジン(OME)を噴射して、金星の周回軌道へ投入する計画だった。ところが、噴射から2分半ほどが経過したところで探査機の姿勢が大きく乱れ始め、噴射を中止。そのため減速が足らずに、金星を通過してしまった。

 この5年前の軌道制御「VOI(Venus Orbit Insertion)-1」では一体何が起きたのか。当初、あかつきで初めて搭載された新技術のセラミックスラスターが原因とみる声もあったが、詳細な解析の結果、燃料の逆流を防ぐために設置されているバルブ(逆止弁)に問題が起きていたことが明らかになった。

 あかつきのOMEには、燃料と酸化剤を混合して燃焼させる2液式のエンジンが使われている。それぞれ、高圧ヘリウムによって押し出し、燃焼器内に送り込む仕組みだが、ヘリウムの配管を逆流すると爆発の恐れがあるため、燃料側と酸化剤の上流に逆止弁が取り付けられている。

 問題が起きたのは燃料側の逆止弁。詳しい原因についてはJAXAがまとめた報告書を参照して欲しいが、燃料側の逆止弁が詰まったことで、酸化剤が多い状態の異常燃焼となり、燃焼の温度が上昇。ノズルが破壊されたことで、横方向の推力が発生してしまい、探査機の姿勢が乱れたものと推測される。

 確かにセラミックスラスターが壊れたのは事実だが、セラミックスラスターの特徴の1つは耐熱温度の高さ。恐らく従来型のニオブ系合金を使ったスラスターであっても、同様の結果になっただろう。

●不測の事態に備えた2段構え

 金星への軌道投入に失敗し、人工惑星となったあかつきは、太陽を周回。2011年11月に実施した3回の軌道制御と、2015年7月に実施した4回目の軌道制御により、2015年12月7日に金星に会合する軌道へと入った。

 メインエンジンであるOMEが使えなくなってしまったため、これらの軌道制御では全て姿勢制御エンジン(RCS)が使われた。RCSのスラスターは探査機の上面と下面に4基ずつ、合計8基が搭載されているが、本来は姿勢制御用のため、推力は大きくない。1基あたりの推力は23Nなので、4基あわせてもOMEの5分の1以下だ。その分、長時間の噴射を行う必要がある。

 今回の軌道制御「VOI-R1」では、上側のRCSを使う。金星に追い抜かれる形で接近するあかつきは、最接近(高度は500km程度)前後の8時51分から約20分間、噴射を実施。38.4km/sから38.2km/sへと、探査機を200m/sほど減速させ、金星周回軌道へと投入する計画だ。噴射は1233秒間行う予定だが、1100秒以上実施できれば周回軌道になる。

 RCSはこれまでの軌道制御での実績もあり、今回問題が起きるようなことは無いだろう。懸念するとすれば、噴射時間がこれまでよりも長いこと。RCSは本来姿勢制御用であり、通常の運用では、長時間の連続噴射を行うようなことは無いからだ。しかしあかつきでは、今までに最長で10分間程度の噴射は実施しており、今回はその2倍程度。地上試験では1時間以上の連続噴射の実績もあり、特に不安は無い。

 しかし万が一ということもある。そのためあかつきでは、VOI-R1のあと、姿勢を反転。もし何らかの理由で上側のRCSの噴射が足りなかった場合、下側のRCSを追加噴射する「VOI-R1c」を実施する計画だ。姿勢反転までは全て探査機が自律で行うが、地上から探査機の速度変化はモニターできるので、VOI-R1cの噴射が必要かどうかは地上で判断し、探査機にコマンドを送ることになっている。

 燃料が残り少ないあかつきにとって、今回が正真正銘のラストチャンス。VOI-1の失敗では、早々に噴射を中断したことが幸いし、燃料を温存できたため、再挑戦する機会を得ることができたが、もう後はない。噴射に直接影響がないようなエラーは無視するような設定にしているとのことで、「捨て身」で臨む構えだ。

 ちなみにVOI-R1という名称であるが、この“R”には、re-(再)、regain(復帰)などの意味が込められているとのこと。追加で行う可能性があるVOI-R1cの“c”については、correction(補正)やcontingency(不慮の事態)といった意味なのだそうだ。

●想定外の長い旅路

 筆者は今回のVOI-R1について、特に心配はしていない。むしろ気になるのは探査機の状態だ。あかつきの目的は「金星周回軌道に入れること」ではなく、「金星を科学観測すること」である。周回軌道投入はゴールではなくスタートなのだ。

 あかつきは打ち上げから5年半が経過。設計寿命は4年半なので、これは既に超過している。設計寿命を越えたからといってすぐに壊れるものではないが、機器の劣化は気になるところだ。

 特に気掛かりなのは熱によるダメージ。あかつきは地球から金星へ向かう探査機なので、1AU~約0.7AUの熱環境で動作するよう設計されているが、金星を通過したため、近日点では太陽に約0.6AUまで近づくことになってしまった。金星軌道での熱入力が2649W/m2であるのに対し、近日点では最大3655W/m2。設計条件は2800W/m2なので、これを大幅に上回る。

観測機器が無事なのかどうか気になるが、観測機器は探査機の中でも比較的“快適”な場所に搭載されているというのは安心材料。一部の機器ではチェックが金星到着後になるものの、「中間赤外カメラ(LIR)」「紫外イメージャ(UVI)」「1μmカメラ(IR1)」の3台については、既に起動試験が行われ、最低限の健全性が確認できている。ただ本格的な試験は金星到着後になる模様だ。

 あかつきのもともとの計画では、遠金点8万kmの楕円軌道(周期30時間)で観測を行う予定だったが、十分な燃料が残っていないため、観測軌道は同31~33万kmのかなり細長い楕円軌道(周期9日)になる見込みだ。VOI-R1のあとは、燃料は数kgくらいしか残らないものの、2年間の観測が可能になるよう考えられているということだ。

 金星から離れた軌道になるため、観測画像の解像度が悪くなるのはデメリットだが、より長期間の連続観測ができるというメリットもある。新軌道に適した観測計画を立てることで、かなりの部分の観測はできるものとみられている。金星から遠い場所での撮影だと、何も写っていない領域が増えるので、金星付近だけ切り出して送信する機能を追加。解像度の低下を撮影頻度の向上でカバーするという。

●日本初の惑星周回探査機

 少し意外に思う人もいるかもしれないが、日本はまだ、探査機の惑星周回に成功したことがない。火星を目指した「のぞみ」は、機体のトラブルにより、あともう少しのところで周回を断念。「はやぶさ」初号機のミッションは成功したが、これは惑星ではない。初となるはずのあかつきは、5年前に失敗してしまった。

 比較的多くの探査機が訪れている火星でも、次から次へと興味深い新発見が続いている。金星に到着したあかつきからも、きっと驚くような研究成果が得られるはずだ。周回軌道投入というイベントだけでなく、その後についても引き続き注目してもらえればと思う。

 なお遠く離れた金星で、あかつき自身の様子を見ることは現実には不可能だが、柏井勇魚氏が開発したWebサービス「Akatsuki VOI Realtime Simulation」を利用すれば、現在のあかつきがどこにいるのか、一目で分かって便利だ。12月7日の朝、あかつきを応援するのに使ってみると良いだろう。

●筆者紹介

大塚 実(おおつか みのる)

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「完全図解人工衛星のしくみ事典」「日の丸ロケット進化論」(以上マイナビ)、「人工衛星の“なぜ”を科学する」(アーク出版)、「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)など。宇宙作家クラブに所属。

Twitterアカウントは@ots_min

最終更新:2015年12月7日(月)9時55分

MONOist

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