1/66
あらすじ1
夢を見た。
ゆらゆらと揺れる水面の天井。
市松模様の床からは、泡が上がっている。
私は人間の姿で、ポップコーンを片手にソファーに座り、映画を見ていた。
アニメ、洋画、邦画とスクリーンはくるくる変わる。そして、ホラー映画になり、私は気持ち悪くなった。いつの間にかポップコーンは消えて、変わりに遊園地にあるコーヒーカップに座っていた。景色も様変わりしている。
ぐるぐる回るコーヒーカップ。夢なのに気分が悪くなる私。
気持ち悪い! と叫べば、夢から覚めた。
夢から覚めた私の視界は低い。
そして、私の体を揺らしている青い鱗の竜の子供。
コーヒーカップの夢を見たのは、青い鱗の子竜──青いのと私は呼んでいる──のせいだ。
青いの曰く、夜のトイレが怖いからついて来て欲しいとのこと。
昼間に、青いのを含めた六匹の子竜に怖い話をしてしまった罪悪感から、私はトイレについて行くことにした。ごめんね、青いの。
青いのがトイレに入ってから、私は物思いに耽る。
私には、日本の知識がある。気が付けばファンタジー満載な異世界で、竜の子供として暮らしていた。
竜の子供は親竜から知識を受け継ぐのだけど、私は日本の知識がある代わりに、この世界の知識は曖昧だった。何でだろ?
夢の中、私は人間だった。それが、私に懐かしさを覚えさせていた。
青いののトイレが終わり、私は青いのと一緒に、みっちりと身を寄せ合って眠っている子竜たちのもとに入り込んだ。
翌朝。子竜たちが元気に遊んでいた。
青いの、赤いの、白いの、黒いの、双子の黄色と黄緑。
皆、私の怪談話に怖がっていたけど、どうやら元気が出たみたいだ。
安心した私は、皆と混ざって遊ぶべく。寝床用のシーツを被り「お化けだぞーう」と皆に迫った。
途端に、恐慌状態になる子竜たち。
悲鳴は成竜──大人の竜のこと──たちにも届き、大騒ぎになり、私は世話役の長にこってり絞られたのだった。
私たち子竜は、仲が良い。
起き出すと、朝から遊び出す。
頭突きをしたり──この頭突きで、青いのが泣いてしまう──、竜の特殊能力である『守護壁』を展開してぶつけあったり。
だいたい、一番強い赤いのが勝つのだけどね。私は二番目に強いよ! えへん!
そんな風に遊んでいると、私たちの世話をしてくれている少女たちがご飯を持ってきてくれる。
白いワンピースを着ている少女たちは、『白き乙女』と呼ばれている。彼女たちは、子竜の言葉が分かるのだ! 凄いよね!
他に『黒き乙女』という存在が居るらしいけど。私は会ったことがないから、よくは分からない。
そうそう、この世界には桃によく似たルシュカの実という果実がある。
私はルシュカの実にそっくりだとよく言われる。
つまり、私の鱗の色はピンクなのだ! 可愛いにも程がある! 私は不満だよ!
大好物のミルア──りんごに似てる果実──を世話役の少女に食べさせてもらいながら、今日も私は少女たちに甘えるのだった。
また夢を見た。
誰かが私を優しく見つめている夢。
幸せな夢だった。
誰かは、後から来た別の誰かと寄り添っている。
幸せで、儚い夢だと感じた。
頭に衝撃を受け、目が覚めた。痛い。あまりの痛みに、涙が出た。
痛みの原因は、寝ぼけた赤いのが私に蹴りを入れたからだった。寝相が悪すぎると考えている内に、青いのまでもが犠牲になった。
泣き出す青いのは、白いのに慰められている。
依然として寝相の悪さを発揮する赤いのを、黄色と黄緑がコンビネーションを見せて止めに入った。
それを見て、私は黒いのの胸で泣いた。痛かったよー!
騒ぎが収まった後、駆けつけた世話役の長が言った。
部屋を移動すると。
私たちは、今まで同じ部屋で過ごしてきた。それを、別々の部屋にするのだという。
実は、赤いのが暴れたのは、竜としての本能に目覚めたからであり、今朝のようなことは今後も起こり得るらしい。
それを防ぐ為に、私たちは部屋を移動することになったのだ。
最初、私たちは抵抗したけど、世話役の長の説得により、諦めた。私たちは、ただの子竜じゃない。国の為に戦う竜騎士のパートナーとなるべき、騎竜候補なのだ。心を律しなければならない。
悲しい思いで新しい部屋に行ったら、なんと! 私たちの部屋横並びだった! 近い!
どうやら、洗礼的な何かだったらしい。別れを覚悟させて、精神的に強くさせる的な。何だよ、もーう!
私たちは、それぞれの部屋に入った。
部屋に入ってびっくり。新しい部屋には、鉄格子があったのだ。どうやら、本能に目覚めた私たちが、世話役の少女を襲わない為のものらしい。
うーん、まあ居心地は良さそうだから良いか!
新しい部屋になり、私に専属の世話役の少女がついた。名前はファナさん。とっても優しい人だよ! ファナさん大好き!
しかし、私は朝からイライラしていた。
夢見が悪かったのだ。そのせいで、石畳の床を転がったり、毛布をかみかみしたけど、苛立ちは収まらない!
ファナさんに抱きついて、ようやく落ち着いたけど!
ファナさんは、嬉しい報告をしてくれた。私の兄ちゃんが会いに来てくれたのだという。兄ちゃーん!
私には、成竜の兄ちゃんが居る。
カイギルス兄ちゃんは、騎竜としての務めも立派に果たしていて、とっても格好いい兄ちゃんなんだよ!
兄ちゃんは何故か、パートナーのアーサーさんではなく、アーサーさんの友達である竜騎士のザックさんを連れてきていた。
何でだろうとは思ったけど、それよりも私には気になることがあった。
きゃー! 兄ちゃん人型になってるー! 黒い竜騎士の制服がよくお似合いで!
興奮した私は、兄ちゃんに駆け寄る。
兄ちゃんは、私を蹴り上げた。ぽーんと転がる私。
ファナさんは驚いたようだけど、ザックさんが説明してくれた。
このぽーんは、私と兄ちゃんのスキンシップなのだ。
兄ちゃんと初めて会った時、緊張した兄ちゃんは私を蹴ってしまった。初ぽーんである。以来、それを気に入った私は兄ちゃんにせがむようになったのである。
あらかたぽーんが終わったので、私は普通に兄ちゃんに甘えた。そんな時兄ちゃんが質問をしてきた。
「お前は、何か夢をみないか?」
私は答えた。夢なら今朝見たばかりである。
子竜仲間が次々と居なくなり、私と青いのだけが取り残される夢だ。夢を思い出して、私は泣いた。
兄ちゃんは拍子抜けしたようだけど、頭を撫でて慰めてくれた。
子竜の言葉が分かるファナさんも慰めてくれて、言葉の分からないザックさんは置いてけぼりだ。
だけど、ミルアをくれた。わーい。私は兄ちゃんからファナさんの胸に移動して、ミルアを食べさせてもらった。
ザックさんは羨ましそうにしていた。
その後、ザックさんにも甘えた私を、ザックさんは「ハズレ」を引かないかと心配してくれた。でも、ハズレって何のことだろう?
しばらくして兄ちゃんたちは帰って行った。
多分だけど、ザックさんはファナさんに会いに来たんだろうな! 青春!
個室に移り、一ヶ月。私は知識の取得に燃えていた。
私が居る国、カサトア王国についても調べた。竜と絆を持つ唯一の国だ。
その過程で、私は自分のパートナーがどんな人間がいいのか全然考えていなかったことに思い至った。これはいかんと、ファナさんに外出すると伝えようとしたら、ファナさんはぼうっとしていた。最近のファナさんはどこかおかしい。
今みたいに、ぼうっとしていたり、何かに悩んでいたり。
私は何か悩んでいるのかと、ファナさんに聞いたけど、ファナさんは何でもないという。ファナさん……。
ファナさんのことは気がかりだけど、私は子竜たちに話を聞きに行った。
結果。子竜仲間は、皆どんなパートナーがいいのかちゃんと考えていた。
何も考えていなかった私は、中庭で兄ちゃんのパートナーであるアーサーさんと出会った。
アーサーさんと接する内に、私はアーサーさんのような光輝く騎士が良いと思った。よーし、理想のパートナー探すぞ!
竜騎士選定の儀がやってきた。
相変わらずファナさんは不安定だけど、私には心配を掛けさせないようにしている。ファナさん……。
さて、選定の儀である。
選定の儀は、子竜が居ます。竜騎士候補が居ます。子竜は竜騎士候補の中に、気に入った子が居ます。選ばれた子、竜騎士です! 選ばれなかった子残念!
そんな内容である。
初めての選定の儀は散々だった。候補は五人居たんだけど、三人が嫌な奴だった。私たちをみくだしてるの。
まあ、世話役の長に叱られて追い出されたけどね!
結局、竜騎士に選ばれたのは赤いのが選んだナッツくんと、青いのが選んだジョルジュくんだった。
私? 私は、誰も選ばなかった。なんか、ピンと来なかった。態度の悪い子も居たし! あれがザックさんの言ってた「ハズレ」なんだよね!
竜騎士が決まらなかった残りの子竜は、個室に戻ることになった。
最初落ち込んでた私だけど、またしばらくはファナさんと居られると分かり、ご機嫌になった。
ファナさんのもとへ行こうとしたら、ファナさんは黒いワンピースを着た女の子と何やら揉めていた。
それを見た世話役の長と衛兵さんが、不穏な会話をしていた。黒いワンピースの少女は黒き乙女で、ここには居ていけなかったらしいとか。ファナさんから話を聞き次第、罰を与えるとか。
不安になった私は、個室でファナさんの帰りを待っていた。ファナさん、大丈夫かな。
いつの間にか眠ってしまった私は、ファナさんに起こされた。良かった、帰ってきてくれた!
ファナさんは、ちょっとだけ叱られたそうだ。そして、あの少女はファナさん曰く、お友達らしい。そうは見えなかったけどなぁ。
夜、私は赤いのと青いのに思いを馳せた。二匹は今頃名前をパートナーから与えられ、成竜になっている頃だ。
赤いのは、両親が現役の騎竜だから誉められているだろうな。
青いのは、拾われた卵だったけど。孵してくれた竜が居るから、その竜に誉めて貰っているだろうな。
青いの、赤いの。おめでとう!
兄ちゃんとアーサーさんの訪問を受けた。
どうやら兄ちゃんは、私が成竜になる前に手形を残しておきたかったらしい。
壁紙にしようとした兄ちゃんをアーサーさんが止めた。妥協案は額縁らしい。私、愛されてる~。
その間、ファナさんとアーサーさんは会話していた。
アーサーさんは一人っ子で、ファナさんは、妹さんが居るらしい。
兄ちゃんは最後に栞を出した。うむ、栞にしてまで持ち歩きたいとは。
私は栞に、手形を印した。
兄ちゃんたちは帰って行った。
そうして、悪意は突然形となった。
ファナさんが、私が食べたミルアに何かを仕込んだらしい。分かったのは食べてから、体が重くなり意識が混濁したからだ。
そして、以前ファナさんと話していた、黒いワンピースの少女が現れた。黒から白いワンピースを着た少女の名前はジュリエッタ。
彼女がファナさんに命令して、私のミルアに何かを仕込ませたようだ。
私に泣きながら謝るファナさん。
私を見下すジュリエッタ。
「本当にあれは、害がないのですか?」
「知らないわ」
「そんなっ、害がないと仰られたから私は……」
ばちんと、ファナさんの頬を叩くジュリエッタ。その様子に、これが二人の日常だと分かった。
ファナさんがひどい目に遭わされてるのに! 動け、私の体!
ファナさんは私の母親代わりだ! 嫌いになれないよ!
そう思いながら、私の意識は沈んでいった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。