文/牧野智和(大妻女子大学専任講師)
「心の闇」から抜け出すために
前回の記事では、近年の少年非行への不安の高まりは、微に入り細にわたって、常人には理解できない「心の闇」を語り続けた報道に一因があるのではないかと指摘しました。
この「心の闇」という言葉は、かつてほどではありませんが、いまだに使われ続けています。残虐な事件や突然発生したようにみえる事件が起きると、「心の闇」はみえない、晴れない、それを解き明かさねばならない、と語られるのです。
しかし、この闇が明らかにされたという記事は、管見の限りではみたことがありません。闇のなか、不可解さのなかに報道は留まり続けてしまうのです。
このような出口のない考え方に私たちの社会は留まるべきでしょうか。もっと異なる考え方がありえないものでしょうか。
そこで今回は、そもそも「心の闇」という言葉が社会に広まるきっかけとなった、1997年の神戸・連続児童殺傷事件の報道を見直し、次のようなことを考えてみたいと思います。
まず、「心の闇」という言葉がどのようにして用いられるようになったのか。次に、この言葉を用いることの問題点は何か。最後に、不可解な少年事件に出合ったときに、私たちの社会が「心の闇」に事件を押し込めるだけではない向き合い方があるのか。
今回は、1997年3月17日の連続通り魔事件についての報道から、5月27日の小6男児殺害の第一報、6月28日の少年逮捕を挟んで、7月25日の少年の家庭裁判所送致を経て報道がいったん収束する7月31日までの報道を総ざらいしたいと思います。
分析対象とするのは、日本の代表的な新聞メディアといえる『読売新聞』『朝日新聞』『毎日新聞』における事件関連の全記事293件です。雑誌メディアにおける事件関連の記事、それから地元紙『神戸新聞』における記事も補助資料として用いていきたいと思います。
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