政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定は正当なのか――。

 いまなお論争が続くこの問題に関連し、内閣法制局が内部文書の国会提出を拒んでいる。

 焦点になっているのは、法制局が国会審議に備えてつくった「想定問答」だ。横畠裕介内閣法制局長官は参院の決算委員会で存在を認める一方、公文書管理法で保存が義務づけられている「行政文書」にはあたらないとの見解を示した。

 受け入れ難い答弁だ。

 公文書管理法の趣旨は、行政機関の意思決定の過程を外から検証できるよう文書保存を義務づけるものだ。横畠長官は「担当者から想定ベースの答弁資料の案をもらった」としながらも、使えないと判断して差し戻した文書だから保存義務はないと説明する。しかし、それこそが法制局内の意思決定の過程を示す文書ではないか。

 行政機関が恣意(しい)的な判断で文書を保存する、しないを決めてしまえば、あらゆる政策決定の是非を検証できなくなってしまう。国民の判断材料を奪うことになり、ひいては民主主義の土台を崩す。

 かりに想定問答が公文書管理法が定義する行政文書に当たらないとしても、憲法9条の解釈変更という重大な決定に関わる文書である。国会から求められれば提出するのは当然だ。

 かつて内閣法制局は、集団的自衛権の行使を認めるには「憲法改正という手段をとらざるを得ない。従って、そういう手段をとらない限り(行使は)できない」と答弁し、歴代内閣はこの見解を踏襲してきた。

 これを2014年7月の閣議決定で変えてしまったのは安倍内閣である。

 この解釈変更には与党も大きく関与したが、内閣法制局内でどんな検討がなされたか、可能な限り資料を集め、検証するのは国会の役割だ。

 閣議決定を受けて制定された安全保障関連法は、憲法違反の疑いが極めて強い。民主党など野党5党はきのう、その廃止法案を提出した。

 それでも安倍政権は、3月に安保法を施行する見通しだ。裁判所に違憲と判断される可能性がある法が運用されることになれば、「法の支配」に反する状況になりかねない。

 内閣法制局が文書の開示を拒み続ければ、閣議決定の正当性に対する国民の疑問はかえって深まるのではないか。

 これは法制局という官僚組織の問題ではない。政権全体の問題である。