待鳥聡史著

評 池内恵 東京大准教授

制度使いこなす「説明書」

 「議会の決定は国民の声を反映していない」「多数決がすべてではない」といった議会制への懐疑論、あるいはあからさまな否定論すら、しばしば耳にする。あるいは「小選挙区制になって、最近の議員は小ツブになった」といった議論も、新聞紙上を含めて、頻繁に目にするだろう。「なぜ自民党内で安倍政権に反旗を翻さないのか。かつての自民党は党内抗争が活発で、そこから論争が起こり、政権交代がなされたのだ」云々(うんぬん)。

 これらは、しかるべき先達と共に議会制と民主主義の原則と制度を根気良く考えていけば、いずれも俗説にすぎず、知ってしまえば恥ずかしくなるぐらいの誤謬(ごびゅう)を含むと分かる。人口に膾炙(かいしゃ)した議論に部分的には多少の真理が含まれていないではないが、それは「三分の理」程度の話である。しかしそのことを分かる機会がある人はそう多くはない。この本をじっくり読んでみる機会を得た人は幸運である。

 骨格となるのは第3章の制度論である。代議制民主主義とはすなわち、委任と責任の連鎖である、と著者は言い切る。委任とは、有権者から政治家を経て官僚に至る、権限の一部が委ねられていく連鎖の仕組みである。有権者はただ権限を委ねてしまうわけではない。委任の連鎖と逆向きに、官僚から政治家を経て有権者に至る説明責任の経路が確保されている。しかし委任と責任を適切に対応させるのは至難の業である。歴史と国柄、その時々の国民の意思によって、そのための制度は異なり、それぞれに得失がある。政治学の研究蓄積を踏まえ、代議制民主主義の可能なあり方が、隅々まで論理的に展開される。

 今の制度が嫌なら別の制度もありうる。重要なのは、選んだ制度を使いこなすことだ。使いこなす主体は議員でもアベさんでもなく、有権者である読者一人一人であり、代議制民主主義の成否は読者にかかっていることを、思い出させてくれる。民主主義とその制度の明晰(めいせき)な「取扱説明書」である。

(中公新書 907円)

<略歴>
まちどり・さとし 1971年生まれ。京都大大学院教授。「首相政治の制度分析」でサントリー学芸賞。