特定秘密保護法施行までになにを考えるか

「痛い目みればわかるだろう」

 

江川 国家公務員法も自衛隊法もあるわけですから、特定秘密保護法を作るのではなくて、改正をするという考え方はできなかったんですかね。

 

三木 今回の特定秘密保護法を非常に善意的に捉えるのであれば、新しい法律を作ることで、強化した罰則の範囲を限定すると考えることはできます。でも、それ以上の政策効果はないでしょうね。おそらく罰則ありきで政策を作ったのではないかと。

 

いまセキュリティ基準や秘密指定などを取り扱うルールは、各省で統一されているわけではなくてバラバラなんです。各省庁の中に秘密指定の仕組みが複数併存する中で、特定秘密という横串を指すというのが今回の政府の意図だと思います。でも政府が政策立案や意思決定をする際には、特定秘密以外の様々な情報が関わっているわけですよね。特定秘密のみすべての省庁が統一の基準で動くことにしても、特定秘密に限らない適切な情報管理のルールが共有されていないとうまく機能しないと思います。

 

江川 つまり基本的に情報はいずれ公開するものであって、そこまでストンと行くものもあれば、そうでないものもある。そうでないものについては、適切に秘匿する。そういう全体像で考えなくてはいけないのに、隠すことだけ先行してしまっている。そもそも罰則強化をしたからといって、確信犯は情報を流しますよね。

 

三木 そうだと思います。罰則強化って昔の体育会系のノリだって思うんですよね(笑)。

 

江川 体罰主義みたいな。

 

三木 「痛い目みればわかるだろう」って思っているんじゃないかなと。今回は過失による漏えいも罰則強化されているので、内部への締め上げ効果を最大化しているんですよね。外からの情報漏えいを防ぐよりも、内部を締め上げたほうが情報は外に出にくい。

 

情報漏えい体質の政府がいいとは思いません。しかし、政府主導でしか情報が出てこない状況はまずい。とくに外交防衛、治安維持に関しては情報公開が進んでいませんし、彼らの活動を監視する機関もありません。「特定秘密保護法によってこんな危険が生まれる」と言われますが、もともと問題がたくさんあった。それがますます強化されたわけです。特定秘密に限らず、行政活動をどのように監視監察して、必要な説明責任を取らせるかを考えていかないといけないんです。

 

 

大統領になろうとしている?

 

江川 防衛外交については、政権交代すればトップの面子が違ってくるので、方向性も変わるかもしれません。でも治安維持を担当する公安警察や公安調査庁は、非常に密室性が高く、どちらもトップは官僚です。官僚が指定や解除を決めるので、政権が変わっても意味がない。

 

例えば警察が、テロ対策という大義名分を掲げて違法な収集活動を行っても、特定秘密になればそれが公になることはない。違法なものは指定しないと言うけれど、誰がそれを確認するんでしょうか。オリンピックを前にして、テロ対策が最大の大義名分となっている公安当局が、テロリストをあぶり出したり、テロの準備行為を阻止するためということで、市民のメールやネットの利用状況を盗み見たり、電話の盗聴をしないとは限りません。実際に、アメリカでは行われていたわけですし。

 

でも、そうしたことは、治安維持に関わる特定秘密とされれば、隠し通すことができてしまう。過去にも、共産党の緒方靖夫国際部長(当時)が盗聴されていたような事件もあります。このときにはバレてしまって、検察が途中まで捜査をやった。バレればダメージを受けるという状況では、こういう不法な捜査は公安当局にもリスクがありました。でも、特定秘密保護法に守られて、バレるリスクがなくなったらどうなるでしょう。以前より、違法な情報収集活動のハードルがはるかに低くなるわけです。そうなると、私たちの「知る権利」だけでなく「知られたくない権利」も侵されてしまうことになりかねません。

 

刑事警察は、犯罪が発生した後に、犯人を捜し出すのが仕事ですが、公安警察は怪しそうな人を見つけて監視するのが仕事なわけですし、テロリストは何もすでに国内にある組織に所属しているとは限らないということで、広く網をかけて、例えばアルカイダ系のサイトをのぞいてみたとか、イスラム系の国を訪ねたとか、イスラム教の友人がいるとか、そういう人が知らぬ間に監視対象になっている可能性は十分にある。これまでにも、警察が国内のイスラム教徒を監視していたことはあり、そうしたことが違法行為を伴って、しかも幅広く行われることは大いに考えられると思います。

 

三木 特定秘密保護法では、4つの分野が特定秘密となっていますが、私は「防衛と外交」、「テロ防止とスパイ活動」に分けて考える必要があると思うんですね。後者は、明らかに人を監視する活動ですよね。「私はスパイです」と言って歩いている人はいませんから、一般の人の行動を監視して、怪しい人を特定していく。そういった活動を完全に否定するわけではありませんが、公安調査庁の活動の正当性を確保していくような仕組みが日本にはない。わかりにくい形で人権侵害しているわけです。

 

江川 しかも秘密指定の適正評価を行う人も警察や公安が関わっていくわけですよね。

 

三木 そうなんですよ。実は2009年の麻生政権下で、秘密保全の検討チームができたんですね。そこでは、適正評価を各行政機関の長がやることになっているものの、それぞれがやるのは非効率的なので、専門機関に委任できるようになっている。その専門機関は、おそらく公安でしょう(笑)。法律の中にそれを明言する必要はありません。政令を出すなり、「行政機関の長の判断による」と書くなりすれば、法律では明言されない。

 

江川 一般の国民に限らず政治家だってチェックされるわけじゃないですか。なんで首を絞めるようなことをやるのか不思議でたまらないんですよね。

 

三木 特定秘密の問題は統治機構の議論と表裏一体だと思います。そもそも官僚の権力が肥大化しているなかで、今後、彼らをどのようにコントロールすればいいのか。

 

江川 自民党の人は永遠に与党にいるつもりなんですかね(苦笑)。法律を作るときは、それこそ民主党が政権をとったときに、この法律があるとどんなことが起きうるのか考えないといけないと思うんですけど。

 

三木 考えていないんでしょうね……。

 

特定秘密保護法は、私たちが想定しているよりも総理の権限が大きいかもしれないんです。というのも、秘密指定と解除の基準は有識者の意見を聞いた上で、閣議決定するということですが、その分野の専門家って、さんざん探したんですけどいないんですよ(笑)。

 

江川 三木さんがいうならそうなんでしょうね……。

 

三木 ということは特定秘密を扱っている官僚から情報を貰って考えるわけですよね。それで有識者として仕事ができるのか。結局、役所の意向や総理の考え方で決まるのではないでしょうか。ということは、言い換えると政権や総理が変わると基準が変わるかもしれない。制度としてそれでいいのか、想定しないでいるんじゃないかな、と。

 

江川 大統領になりたいんじゃないですかね。権力を集中させて。

 

三木 たぶんそうですね。

 

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