2015年08月
米国の利上げ開始が現実味を帯びてきました。イエレンFRB議長は5月下旬以降、「経済が予想通りに改善を続けるならば、年内のいつかの時点で利上げを開始するのは妥当だ」との趣旨の発言を繰り返しています。7月のFOMCでは、利上げを開始する条件の一つとして、声明文で「労働市場のさらなる幾分かの改善」が挙げられました。6月までは「労働市場のさらなる改善」とされていましたが、「幾分かの」の一言が加わったことで、利上げのハードルがかなり低下したような印象を受けます。
今後も中国株や人民元の動向、ドル高や原油安による製造業の低調など、米国の利上げを遅らせかねない要因も散見されますが、「今後の経済データ次第」でゴーサインが出る可能性も十分にありそうです。
政策金利(FFレート)の先物によると、市場が織り込む9月利上げの確率は約5割、年内利上げの確率は7割強となっています(8月14日現在)。
さて、FRBが、約7年ぶりの「政策金利変更」、約9年ぶりの「利上げ」、約11年ぶりの「利上げ開始」に踏み切った場合に何が起きるでしょうか。
政策金利の上昇が直接的に経済に与える影響は限定的でしょう。イエレン議長によれば、「政策金利の正常化(景気に対して刺激的でも抑制的でもない水準に誘導すること)はゆっくりとしたものになる公算が大きい」し、フィッシャー副議長の言葉を借りれば、「最初の利上げによって、金融政策は『超拡張的』から『極端に拡張的』に変わるだけ」だからです。
それでも、金融市場では、世界中を巡る巨額の資金が新しいトレンドに乗り遅れまいとして一気に動き始めるかもしれません。
過去25年間に「利上げ開始」は4回あります。(1)94年2月4日、(2)97年3月25日*、(3)99年6月30日、そして(4)2004年6月30日です。利上げ開始後に、ドル(対主要国通貨を貿易ウェイトで加重平均した実効レート)、株価(S&P500株価指数)、長期金利(10年物国債利回り)はどうなったか、大まかな流れとして捉えておきます。
*利上げ開始後にアジア通貨危機が発生したため、97年の利上げは単発でした。そして、翌98年に大手ヘッジファンドLTCMの危機が発生したため、利下げに転じました。
株価は、上記の4回とも基本的には上昇トレンドを継続しました。ただし、4回のうち3回では利上げ開始の少し前から7―10%程度の下落局面があり、それらは1―4か月続きました。短期間の調整はあるものの、基本的には金利が上がることよりも、金利が上がる環境=景気の良好さが材料として強いためでしょう。
株価がピークアウトして本格的な下落局面が始まるのは、利上げの終盤または利上げ打ち止め後であり、景気後退が始まる少し前でした。利上げの累積効果により景気が腰折れすることを事前に織り込んだということでしょう。2000年のIT株バブル崩壊、2008年のリーマンショックは、いずれもそうしたタイミングで発生しました。
長期金利は、4回のうち2回が上昇、1回が横ばい、1回が低下でした。教科書的には、長期金利は先行きの政策金利に関する市場参加者の予想を主に反映するので、利上げ開始前から上昇をはじめ、利上げ終了前に下げに転じます。その通りの展開となったのが、94年と99年のケースでした。
97年のケースでは利上げ開始前に長期金利は上昇しましたが、利上げ後はすぐに低下に転じました。これは97年5月に本格化したアジア通貨危機の影響が大きかったようです(安全資産として米国債が買われ、利回りが低下したため)。
2004年のケースでは、17回に及ぶ利上げにも関わらず、長期金利がほとんど上昇せず、むしろ低下する局面もみられたため、当時のグリーンスパンFRB議長が「コナンドラム
(謎)」と表現したのは有名な話です。米国は利上げに踏み切りましたが、日本がデフレ警戒的な金融政策を運営していたこともあって、基本的にはカネ余りだったのでしょう。
実は、最も判断しづらいのがドル相場の動きかもしれません。4回の利上げ開始局面では、ドル相場は上昇も下落もある「マチマチ」の結果でした。
94年のケースでは、ドルは下落しました。下落が止まったのは95年春にG7がドル安阻止に動いたからでした。当時はITブームが始まる前で米国が最も弱気だった時期かもしれません。アジアの新興国(香港、シンガポール、台湾、韓国をNIES=新興工業経済と呼んでいました)が世界の工場と化すなかで、米国では産業空洞化が懸念されていたのです。そのため、利上げ=ドル買いにつながらなかったのでしょう。
97年のケースは、ドル高でした。上述したアジア通貨危機は裏返せばドル高であり、また98年には日本の金融危機によって円キャリートレードが活発化して、大量の円売りドル買いが起こりました。
99年のケースも、ドル高でした。ITブームで米国が世界の資金を惹き付けたことが背景でした。
2004年のケースは、下落後にいったん反発しましたが、大きくみればドル安基調でした。上述した「コナンドラム」で米長期金利が上がらない一方で、ドイツの長期金利が上昇、米>独の長期金利差が縮小・逆転しました。ドル安というより「ユーロ高」の意味合いが強かったようです。
過去の4回の利上げ開始に対する株、債券、為替の反応は必ずしも一様ではありませんでした。現在の局面では、ゼロ金利や量的緩和などにより極端な金融緩和が長く続いてきました。そのため、そこからの歴史的な方向転換によって何が起こるか、予想は難しいかもしれません。それでも、過去の経験を振り返っておくことは投資判断の一助となるのではないでしょうか。
最後に、FX投資の参考にするため、米利上げ開始前後におけるドル円の動きを詳しくみておきましょう。
前出の4回の利上げ開始時点から1か月後にドル高になったのは2回、3か月後にドル高になったのは1回、6か月後にドル高になったのは0回でした。つまり、利上げから半年後には4回全てでドル安になりました。
ただし、ドル円がほぼ一直線に下落を続けたのは、米国が自信を失っていた94年のケースだけです。97年のケースでは、ドル円は利上げ開始から2か月半後の6月11日に底を打って上昇に転じました。そして、98年8月11日に利上げ開始時点より23円以上ドル高の147.26円でピークをつけました。
99年のケースでは、利上げ開始から半年後の2000年1月3日に底を打ちました。そして、2002年8月2日に利上げ開始時点より13円以上ドル高の134.71円でピークをつけました。
2004年のケースでも、利上げ開始から約半年後の2005年1月14日に底を打ちました。そして、2007年6月22日に利上げ開始時点より15円以上ドル高の123.89円でピークを
つけました。
結論として、過去の経験に基づけば、米利上げ開始後にドルはいったん下落するが、3―6か月で底を打って、利上げ開始から1.5―3年後に利上げ開始時点を大きく上回る水準まで上昇する可能性があります。利上げ後にドルが下落するならば、ドルの絶好の買い場になるかもしれません。
ただし、94年のように米国のファンダメンタルズが日本などとの比較で劣後しているような状況では、ドルの下落が止まらない可能性があります。現時点では当てはまらないと考えますが、米国のファンダメンタルズの変化に注意する必要はあるでしょう。
(チーフアナリスト 西田明弘)