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2016-02-18 【読書感想】ルポ 老人地獄

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ルポ 老人地獄 (文春新書)

ルポ 老人地獄 (文春新書)


Kindle版もあります。

ルポ 老人地獄 (文春新書)

ルポ 老人地獄 (文春新書)

内容(「BOOK」データベースより)

男女混合で雑魚寝、汚物の処理もせずノロウイルスも蔓延…。「ひもつきケアマネ」に食い物にされ、都内から都外の施設に追いやられる。こんな老後に誰がしたのか?硬骨の本格的社会派ルポ!


 いまの高齢者は、豊かな時代の日本を享受して、逃げ切ろうとしている。

 それに比べて、若者たちは、ちっとも良い思いをすることもなく、負担ばかりが重くなって……

 というようなことを、僕も考えていたのです。

 しかしながら、この新書で紹介されている「ごく普通に働いてきたはず」の老人たちが置かれている状況を考えると、「これが『勝ち逃げしようとしている人たち』の姿なら、いまの若者たちは、どんな酷い目にあうことになるのだろうか……」と暗澹たる気分になってしまいます。

 病院で仕事をしていると、「なんのかんの言っても、日本は高齢者を『長生きさせようとする国』だよな」と感じることは多いのです。

 僕は海外の病院で働いたことはないのですが、「食べ物を経口摂取できなくなったら寿命」というヨーロッパ諸国の考え方(すべてのヨーロッパの国が同じではないのでしょうが)からすると、日本は高齢者をかなり頑張って「延命」させている国、だとも言えそうです。

 でも、その結果が、こういう「高齢者介護や福祉の行き詰まり」であるのだとすれば、もう、限界なのかもしれません。

 

 二月の深夜は底冷えがする。老人たちは分厚いふとんにくるまり、頭だけを出して目をつぶっている。そこには、60代から100歳近い男女10人が同じ部屋に雑魚寝状態で横になっていた。

 ……自分だったら、こんな部屋で寝ることができるだろうか。本当は起きている人がいるのではないか。

 そう思いながら部屋の中を見渡すと、夜間にトイレに行くための通路になっている部分の畳に大きな染みがついている。汚物を吐いたあとだという。畳はあちこちがすりきれて、ガムテープで補修してある。経営者に畳の取り替えを頼んでも取り替えてくれないのだという。

 職員が言う。

「男女が一緒なので、気付いたら女性のふとんに潜り込んでいる男性もいます。男はボケてもスケベなんですね。女性もボケているので何も言わない。ただ、利用者の家族が見たら怒るでしょうね……」

 ここは、埼玉県東部の住宅街にある築40年近い二階建ての一軒家だ。最寄り駅から歩くと1時間近くかかる。外観は普通の民家と変わらないが、中に入れてもらうと一階の三つの部屋のふすまが取り払われ、二十畳の広さになった部屋を取り囲むように、簡易ベッド、ソファーベッド、ふとんが数珠つなぎになっている。掛け布団の柄も水玉あり、縦縞あり、格子模様ありとバラバラだ。せめて、別々の部屋で寝かせられないのだろうかと思うが、職員に聞くと、部屋を仕切ると、それぞれの部屋に収まるように寝具を並べなければいけない。そうなると、10人を寝かせるスペースを確保することが難しいという。

 この民家は、東京の介護サービス業者が借り上げて、日中は高齢者が自宅から通う「デイサービス(通所介護)」として使っている。最近は住宅街でも時々見かける介護施設だ。しかし、夕方に帰る利用者は少ない。彼らはそのままこの民家に「お泊まり」するので「お泊まりデイ」と呼ばれている。


 この新書で紹介されている「お泊まりデイ」の内部は、かなり酷いものでした。

 狭いスペースに高齢者を詰め込めるだけ詰め込み、職員の数は最低限で長時間勤務が常態化しており、にもかかわらず、給料は安い。

 ノロウイルスの蔓延や外傷などのトラブルも起こっているそうです。


 こんな環境だが、中にはずっと泊り続けている老人もいる。一ヵ月泊まって食事をすると、介護保険の自己負担を含めて月に10万円以上というが、国民年金は満額でも月に6万5000円程度しか出ない。10万円を出すことができる老人は、比較的お金を出すことができる人たちともいえる。日本の老後の生活はこんなに貧しいものなのか。医療にしても、介護にしても、老人の負担は増える一方だ。自分が老人になった時にはもっと酷い環境で暮らすことになりかねない。暗然とした気持ちになって施設を後にした。


 とりあえず、高齢になっても元気で身の回りのことが自分、もしくは夫婦単位でできれば、なんとかもちこたえられます。

 ところが、一度大きな病気をしたり、認知症で日常生活に支障が出てしまうと、多少の蓄えがあったところで、すぐに行き詰まってしまう。

 月に10万円、というのは高齢者にとってはかなり厳しい金額だと思うのですが、それでも、東京都内にはその値段で入所できる施設はほとんどなく、要介護の高齢者が近隣の県(茨城県や群馬県など)の施設に「移住」しているのが現状です。

 自宅で介護するとなると、仕事のやり方をかえたり、仕事そのものを辞めざるをえないこともある。

 親が長生きすれば、自分も40代から還暦、あるいはそれ以上まで介護をすることになり、そこから再就職というのも難しい。

 介護からようやく解放されたと思ったら、もう自分が介護される立場になってしまう。

 それでも、介護してくれる人がいれば、お金があれば、まだマシな方なのです。


 総務省が2013年7月にまとめた就業構造基本調査では、介護で職を失ったり自らやめたりした「介護離職」は、2011年10月からの1年間で10万1千人に達し、5年ぶりに10万人を超えた。一方、介護をしながら働いている人は約290万人いて、働く人全体の4.5%を占める。

 政府も家族の介護を支援する制度作りはしている。1999年度から、要介護の家族一人について連続三ヵ月まで仕事を休める「介護休業制度」をつくるよう企業に義務づけ、2005年度からは通算93日まで休めるように改めた。介護休業中は雇用保険から、休業前6ヵ月間の平均賃金の4割の水準の介護休業給付が支給される。加えて2010年度からは、要介護の家族が一人の場合は年間5日まで、二人以上は年間10日まで「介護休暇」を取れるように義務づけた。


 だが、介護休業が制度で義務づけられていても、必ずしも浸透しているとはいえない。2012年度に介護休業制度を使った人は、介護をしながら働く人のわずか3.2%しかいない。介護休暇や短時間勤務などを含めた支援制度を使った人も、正社員で16.8%、非正規社員では14.6%にとどまる。


 国だって放置しているわけではないけれど、現実問題として、93日休めたとしても足りないし、非正規社員であれば、あからさまにクビにはならなくても、「雇い止め」の対象になってしまう。

 他人事のつもりでも、親が急に病で倒れてしまえば、誰にでも「介護難民」になってしまう可能性があるのです。


 この「お泊まりデイ」の状況を読むと、是正すべきじゃないか、と思うのだけれど、利用者の家族からは、「基準が厳しくなって、親を泊まらせてくれる場所が無くなることを考えれば、多少の問題がある施設でも預かってもらいたい」というのが本音ではあるのです。

 

 この新書を読んでいると「ビジネス」と化し、効率的に儲けるための手段となってしまった「介護」というものの暗部がみえてきます。

 しかしながら、家族は介護に疲れ果て、病院は「介護のための入院」を受け入れていてはすぐにパンクしてしまいます。

 みんな、問題があることは知りつつも、施設に頼らざるをえない。


 そして、現在では、「介護ビジネス」というのが、重要な「産業」になっているのです。

 地方においては、とくにその傾向が強い。

 青森県平川市は人口3万人くらいの規模なのですが、この市で特養(特別養護老人ホーム)建設をめぐる汚職事件が起こりました。

 それにしても、なぜこれほど大規模な買収がまかり通ったのか。

 平川市はリンゴとコメづくりが主な産業だ。65歳以上の高齢者がほぼ3割を占め、高齢化率は年々高まっている。かつて青森県は農業のほかに、建設や製造業で働く人が多かった。それがいまやそれぞれ6万人台に減り、介護や医療で働く人がこの数年で1割以上増え、計約7万5000人になった。かつては公共事業が雇用や経済を支えていたが、いまは福祉が産業の中心となりつつある。


 今後、日本がさらに高齢化していくことを考えると、さらに「福祉が産業の中心」の地域は増えていくはずです。

 地方では、とくに。

 それを考えると、福祉産業の規模は大きくなっても、個々の対象者への扱いがどんどん良くなる、とは考えにくいですよね。

 現場で、「親の介護のために生きているようなものです」と述懐する人を、僕は何人もみてきました。

 長生きは美徳だけれど、「何もしなければ命を落としてしまう、そして、改善の見こみが乏しい人を、どこまで人工的に生かすべきか」というのは、今後切実な問題になると思います。

 全体としては、「そこまで長生きさせなくても」と判断しながらも、自分の身内は「とにかく長生きさせたい」というのが多くの人の立場ではあるのです。

 

 「老人地獄」って言うけれど、これはまだ「地獄の入口」なんですよね、たぶん。


老後破産:長寿という悪夢

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介護ビジネスの罠 (講談社現代新書)

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