東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 筆洗 > 記事

ここから本文

【コラム】

筆洗

 映画やドラマ制作の現場で、「セッシュ」といえば、登場人物の背をそろえるため、身長の低い人物を踏み台の上に立たせるという意味の符丁である。今も使われる▼米国から伝わったが、英語ではない。日本語である。日本人初のハリウッドスター早川雪洲(一八八六〜一九七三年)の名からきている。米国人に比べ、小柄だったので、ラブシーンでは「セッシュ」する必要があったそうだ。その名を使うとはちょっと失礼な話でもある▼雪洲の名を妙なところで耳にする。米グラミー賞の最優秀オペラ録音賞に選ばれた小澤征爾さん(80)指揮の歌劇「こどもと魔法」の中の曲。いたずら坊主に傷つけられた中国製のティーカップが歌う。<キャスカラ、ハラキリ、セッシュー・ハヤカワ。中国っぽいよね>▼中国と日本を混同している。ラベル作曲、コレット作詞の「こどもと魔法」の初演は一九二五年だから、雪洲のスター期に重なるが、当時のアジアへの認識はこの程度だったか▼八回目のノミネートで初受賞というけれど、八度もグラミーの候補に挙がったことが偉大であろう▼雪洲は五八年、映画「戦場にかける橋」でアカデミー助演男優賞の候補になったが、残念ながら逃した。受賞歌劇を聴けば、小澤さんが、世界を相手に苦労した大勢のかつての日本人たちに「セッシュ」されて、星をつかんだ気がしてならぬ。

 

この記事を印刷する

PR情報