地域にまかれた芸術の種が根付き、開いた花が海外で脚光を浴びた。小澤征爾さん指揮の音楽アルバムがアメリカでグラミー賞を受けたのは、そんなできごとに見える。

 受賞作には、長野県松本市で開かれた「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」で上演した歌劇「こどもと魔法」が収録されている。地元のアマチュア歌手や子どもたちも参加した。

 小澤さんはきのうの記者会見で「みんなでつくったものがこういう形になり、松本でやってよかった」と語った。

 小澤さんが総監督を務めるこの音楽祭は、松本市で1992年から毎年開かれている。昨年、「セイジ・オザワ松本フェスティバル」に改称した。

 海外から著名な音楽家が多く訪れる一方、小中学生向け演奏会にも力を入れる。例年、9万近い人たちが音楽に触れる。

 市民の参加も活発だ。チケットを買う行列を整理したり、そばを打って海外からのゲストをもてなしたりと、様々な場面で音楽祭を応援する。

 松本市は市役所に「国際音楽祭推進課」を置き、14年は総予算約8億円のうち1億3千万円を負担した。市の調査では、音楽祭は地域の誇りとなり、子どもたちの芸術への関心の高まりや、地域のイメージアップに貢献している。経済効果は10億円を超えるという。

 有名人を招く地方イベントは珍しくないが、継続する催しは限られる。一過性のにぎわいではなく、文化として浸透するには、幅広い市民の参加意識と愛着が重要だ。松本市の例は各地の参考になるだろう。

 地方を拠点にした国際芸術祭の先駆けは、演出家の鈴木忠志さんが82年に始めた「利賀フェスティバル」(富山県南砺市)だ。山深い地に世界的な演劇人が集う催しは今日まで続く。昨夏は約1万人の観客を集め、市は、芸術と産業振興とを結びつける努力も始めた。

 埼玉県の「彩の国さいたま芸術劇場」では、演出家の蜷川幸雄さんが主宰する平均77歳の劇団「さいたまゴールド・シアター」が10周年を迎える。「生活者の老い」を表現に昇華し、海外でも高い評価を得る。

 〈芸術家+地元の人々の理解と参加+行政の支援〉という足し算に、長い時間を乗じる「かけ算」によって、文化は地域の財産になる。

 今、各地をリードしている大御所たちを継ぐ人を育てることも含めて、大事なのは、やはり息長い取り組みである。そんな試みが広がるといい。