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バス事故1か月 存在した“予兆”

2月17日 22時32分

宮原修平記者,斉藤隆行記者

先月15日、長野県軽井沢町の国道で、スキーツアーのバスが道路下に転落し、乗客と乗員、合わせて15人が死亡した事故から1か月が過ぎました。NHKは事故で死亡した運転手が事故の1か月前に受けていた運転適性検査の結果を入手しました。そこには事故につながる“予兆”ともいえる新たな事実が記載されていました。社会部の宮原修平記者と斉藤隆行記者が解説します。

“社会に問う「事件」ではないか”

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事故から1か月がたった長野県軽井沢町の現場では、犠牲者を悼む人たちが次々と訪れました。地元の軽井沢中学校の全校生徒が折った4千羽の鶴も献花台に供えられました。女子中学生は、「2度とこのようなことがないようにという思いが一層強くなりました」と話していました。

今回の事故で死亡した乗客13人は全員が大学生で、26人が重軽傷を負いました。
事故で、ゼミの学生が亡くなった法政大学教授の尾木直樹さんが事故から1か月たった現在の心境を語りました。

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事故ではバスに乗っていた尾木さんのゼミの学生10人のうち4人が亡くなり、6人が頭の骨を折るなどのけがをしました。尾木さんは、犠牲になった学生の遺族と連絡を取り合ったり、けがをした学生を見舞ったりしているということで、かばんの中にはいつも亡くなった4人の写真を入れて持ち歩いているということです。
現在の心境について、「街を歩いていて亡くなった学生とそっくりのショールをしている子を見ただけでどきっとしてしまう。若い人に会うだけで、どんなに無念だったろうという思いがこみ上げてくる。1か月というのは何の区切りにもなっていない」と述べました。また、けがをした学生の状態について「学生の中には回復したと思っていたのに新たに体に不都合が出てきている子もいる。けがの程度は世間に伝えられないほど厳しい」と話していました。そして、今回の事故について「これは単純な事故ではなく、行政の目が行き届かず、チェックが甘い中で起きた社会的な『事件』だと感じる。こうした状況を見逃してきた関係者は自分の問題としてとらえて欲しい。この『事件』を通して社会に問うていきたい」と話していました。

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加速し続け転落か

事故の原因はどこまで分かってきたのか。
事故現場の直前のカーブをかなりのスピードで下っていく様子が映っていたバス。
警察が運行記録計を詳しく調べたところ下り坂で一度もスピードを落とさずに加速し続け、事故の直前、制限速度のおよそ2倍の時速96キロに達して転落したとみられることが分かりました。

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警察は運転手がギヤを低速にするなどの適切な操作をしなかったために加速しすぎて制御を失ったとみて、さらに分析を進めています。

運転手の適性検査は最低評価

今回の事故では、乗員2人も死亡しました。事故の当時、バスを運転していたのは土屋廣運転手、65歳でした。
土屋運転手は事故のおよそ1か月前の去年12月10日、前のバス会社に在籍していた時に任意の運転適性検査を受けていたことが分かり、NHKはその診断結果を入手しました。土屋運転手が今回、受けていた運転適性検査は、速度感覚とあせりの度合い、状況変化に対しての反応、注意力の持続性などの3種類のテストを行い、合わせて9つの項目について5段階で評価しています。
診断結果では、土屋運転手は、9つの検査項目のうち、状況変化への反応をみる「正確さ」や「速さ」など3つの項目で5段階で最も低い「1」と評価されていたことが分かりました。

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コメントでは「『特に注意』です。誤りの反応が多くありました。突発的な出来ごとに対する処置を間違いやすい傾向があるので、危険な場面での一か八かの行動は絶対に避けてください。また、反応が遅れがちです」などと警告されていました。また、注意力の持続性などに関するテストでは、どれだけ正確に障害物を通過したかを調べる項目で「1」と評価され、「全体的に注意力が散漫」だと指摘されていました。

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結局、9つの検査項目のうち4項目が「1」で総合的な評価でも5段階で最低の「特に注意」と診断されていました。

存在した“予兆”

この診断結果はその後、どう扱われたのでしょうか。
実は適性検査が任意で行われたことや直後に土屋運転手が会社を辞めたことなどから、診断結果は会社や本人に渡っていなかったということです。土屋運転手は適性検査を受けた直後、事故を起こしたバス会社に入社しました。
一緒に乗務したことがある同僚は「ハンドルさばきは疑問はあった。進路変更とかは微妙に遅れてみたり、ちょっと集中力が欠けちゃったりとかそういうのは見られた」と証言しました。
しかし、土屋運転手が入社した際、会社は法令で採用時に義務づけられた適性検査を受けさせないまま乗務させ、今回の事故が起きたのです。運転適性検査はバス会社に対して新たに雇った運転手や65歳以上の運転手などに受診させることを法令で義務づけ、その診断結果にもとづいて運転手に適切に指導するよう求めています。しかし、今回、バス会社は土屋運転手に適性検査を受けさせていなかったことで、いわば事故の“予兆”ともいえる情報が結果として生かされることはありませんでした。

適性検査の徹底を

国土交通省は今回の事故のあと、全国のバス会社に適性検査の実施の徹底を指示しています。
交通機関の安全対策に詳しい関西大学の安部誠治教授は「極めて重要な適性検査を事業者にきちんとやらせる仕組み、やらない場合は厳しい処分を下すという制度にしていかなければならない」と指摘しました。

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また、「バス業界はかなり深刻な人手不足で高齢の運転手が増えているが、会社は仕事を受けるために検査で多少問題があっても乗務させている現実がある。そういう状況にメスを入れる制度設計が必要だ」と述べました。その上で安部教授は、「適性検査と健康診断の結果のデータを公的な第三者機関に蓄積して、新しく運転手を雇い入れる会社がそのデータを見て判断できるような仕組みが構築できれば安全性は高まる」と提言しています。

車体強度に課題も

今回の事故では、バスの車体強度についての課題も浮かび上がってきました。
バスは、衝突の衝撃で車体の損傷が激しく、特に天井部分は立ち木と衝突して「く」の字に大きくへこみました。
車内はどうなっていたのでしょうか。NHKは車内の写真を入手しました。

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乗客がいた座席部分を写した写真では、大きくへこんだ天井によって一部の座席が押しつぶされて床に倒れているのが確認できます。天井全体も座席の真上まで迫り、車内空間が極めて狭くなっていたことがわかります。
別の写真では、窓ガラスが大きく割れ、複数の座席が完全に車外に露出した状態になっています。
運転席を写した写真では、速度計などの計器類は壊れハンドルが切断されているほか、座席右側の窓ガラスや車体のフレームはめちゃくちゃに壊れ、一部がえぐられるようになくなっています。

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国土交通省によりますとメーカー各社は自主的に国際的な車体強度の基準に適合させていますが、国内では大型バスの車体強度について法的な基準は設けられていません。

車体強度を高める対策を

自動車工学が専門の日本大学の西本哲也教授は「車体下部はあまり破損していない一方で、乗客がいる上部空間が大きく破損しているのは窓枠を大きくとる構造に原因がある」として、窓枠を大きくとり、車体の軽量化を図る大型バス特有の車体構造が深刻な被害につながった可能性を指摘しました。そのうえで、「大型バスの窓枠や車体の側面、天井部分の強度を上げる必要がある」と述べました。

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国土交通省は新たに車体強度の安全基準を設けるなど、車体の強度を高める対策を検討することになりました。

二度と事故を起こさないために

私たちはこれまでもバス事故が起きるたびに、再発防止に向けて問題点を探る取材を続けてきました。
そして、国や業界も事故が起きるたびに対策を打ち出してきました。
しかし、今回、またも大きな事故が起きてしまいました。今回の事故で亡くなった阿部真理絵さんの父親の知和さんは「今回の事故は、今の日本が抱える、偏った労働力の不足や、過度な利益の追求、安全の軽視など、社会問題によって生じた、ひずみによって発生したように思えてなりません」と問題点を厳しく指摘しています。
取材を続けるなかでも貸切バス業界はいまもずっと、阿部さんが指摘するように激しい価格競争と人手不足、そして、運転手の高齢化といった構造的な問題は変わっていないように感じます。

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悲劇を二度と繰り返さないために安全の取材に関わってきた記者として、今度こそ、バス業界やツアー業界、そして、行政が構造的な問題の根本的な解決につなげられるよう、粘り強く取材し、伝え続けていかなければならないと感じています。


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