◆第143回

この世には、生き続ける価値ぐらいはあるということ。たとえ闇のなかに放りこまれても。高浜寛『SADGiRL』

 やった。待望の新刊である。しかも二作品が同時発売とは。高浜寛の『SADGiRL』(リイド社)と『ニュクスの角灯(ランタン)1』である。
 
 
 このサイトでは毎回のように高浜寛作品を取り上げ、昨年はベスト作品として同作者の『蝶のみちゆき』(リイド社)を推薦した。両方ともいっぺんに紹介したいところだが、文字数の関係もあり、『SADGiRL』のほうがタイムリーではないかと思ってこちらを先に取り上げたい。薬物やアルコール、その他もろもろに依存してしまう人々の悲哀と苦悶を、ユニークかつ優しく見守る作品集だったからだ。
 
 
 http://www.sakuranbo.co.jp/livres/cs/2015/03/post-115.html(日本的な情緒とたおやかな感性、徹底した再現力。さらなる高みへと到達した愛の物語「蝶のみちゆき」)
http://www.sakuranbo.co.jp/livres/cs/2014/02/post-89.html(アダルティなマンガ家が描く、至高の愛の物語「四谷区花園町」)
 

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 こうして何度も語っているが、高浜寛作品は苦みが効いている。登場人物は脆くはかなげであり、周囲の環境は時代のせいか、もしくは自ら招いたせいか、たいてい抑圧的で息苦しく、ギクシャクとした不穏な空気も漂っており、崖っぷちに立たされた人間たちの物語が多い。同時発売の長編『ニュクスの角灯』も、1944年の熊本の防空壕で、ひどい空爆にさらされている老婆の回想から始まる。
 
 
 今回の表題作「SADGiRL」も、アルコールに溺れた夫のもとから家出した薬物依存症の主婦・詩織が地獄めぐりをする悲痛な中篇である。リイド社の若者向けWEBマガジン「トーチ」に連載されていたころから話題になっていた。
 
 
 過度な睡眠薬を摂取した詩織が、都内の病院で胃洗浄を受けた挙句、自宅で目を覚ますところからスタートする。「こんな所居なくていいや」と、酒瓶を抱えて眠る夫を残して失踪。ひとまず、作家として成功した友人Aの住居に転がりこむ。Aは豪華マンションに暮らし、一見すると華やかな生活を送っているが、詩織と同様に睡眠薬や精神安定剤に溺れた経験があり、執筆の苦悩を紛らわせるために、もっとダメなブツやクスリに手を出していたのだった……。
 
 
 友人Aの家から出ざるを得なくなり、かつての恋人の家に転がりんだり、挙句の果てにホームレスとなって、博多の川べりで安定剤と睡眠薬を摂取するなど、詩織は落ちるところまで落ちる。寒さに耐えきれなくなって熊本の実家に戻り、人間らしい生活を取り戻すが、そこもまた息のつまる地獄(ここがもっともハイライトといえるかもしれない。窒息しそうになる)でしかなかった……。
 

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 本作品に登場するのは、ひと言で言うならばダメな人ばかりだ。クスリとアルコールに頼り、女に依存し、その他もろもろにすがろうとする弱い人間たちである。詩織はそんな人間たちのところに駆け込み、余計なトラブルを抱えこんでさらに転落し続ける。転がり落ちた先に仰天のラスト(このあたりは賛否両論はあるだろうが)を迎え、読者にギリギリの光を与えてくれる。
 
 
 作者自身が告白しているとおり、彼女もまた睡眠薬や安定剤の依存症だった時期があり(3~4年ぐらい新刊が出ないときもあって、「マンガ辞めたのかなあ」と思った時期さえあった。あとがきに書いてあるが、私生活もいろいろ大変だったようだ)、その経験が本作品で活かされている。精神病院で会ったマンガ家志望の男の子の短い人生を綴った短編「ロング・グッドバイ」も秀逸だ。
 
 
 改めて考えると、高浜寛作品の魅力は、この世に対して過度な期待はしていないところにあると思う。倦怠や消耗、諦めの香りが漂っており、閉塞的な息苦しさがつきまとう。それを徹底して描いたうえで、それでもなお生きる価値はあるのだと説く。その真摯なスタイルに魅力を感じる。
 

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 だんだんと年齢を重ねていくと、この世がベルベットの華やかな絨毯で敷きつめられているわけではなく、ヘドロと汚泥まみれで、古釘や使用済みの注射器があちこちに落ちているような、不愉快で地雷だらけの世界だとわかってくるようになる。しかし、それでも生きる価値はある。そう思える日がたまに訪れるときがある。本作品を読んで改めて感じた。
 
 
 かつてアルコールやドラッグに溺れた経験を持つ中島らもや、やはり睡眠薬自殺を図った自身の経験を、傑作マンガに仕上げたつげ義春のような、ダークな優しさを提供してくれる稀有な表現者なのだと改めて思った。
 
 


◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。

『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。

ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。

深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。