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[2008年9月:公表]
零細事業者のクーリング・オフ主張を認めた事例
本件は、印刷画工を個人で営んでいる者が、リース会社による「電話料金が安くなる」といった虚偽の説明で必要のない電話機器リース契約を締結させられたとしてクーリング・オフをし、リース会社に対して支払い済みのリース料金の返還を求めた事案である。裁判所は、当該事業者は、一人で印刷画工を営み、賃金程度のわずかな収入を得ていた零細事業者であり、一般の消費者と同程度に保護されるべきであるとしてクーリング・オフの主張を有効と認め、リース会社に対してリース料の返還を命じた。(名古屋高裁平成19年11月19日判決)
- 「消費者法ニュース」74号174ページ
- 請求認容
事件の概要
X:控訴人(原告)、
Y:被控訴人(被告)
A:Xの屋号
B:電気通信機器販売会社
Xは、昭和35年頃から印刷画工を個人で行っており、昭和43年頃からは、借家を自宅兼事務所として、その一室を事務所に当てて上記印刷画工を行っていたが、上記仕事のために家庭用電話機を1台使用していたにとどまっていた。平成17、18年版のタウンページには「デザイン(グラフィック)」の部にAの名で掲載されていたが、Xの事業内容は、Xがパソコンを使うことができなかったために時代に乗り遅れ、パソコンが普及した後ももっぱら手作業を中心とした印刷画工であった。
少なくとも平成13年以降は、その売上金額からも明らかなとおりもっぱら賃金を得る目的で一人で印刷画工を行っていたに過ぎず、その規模は零細であったこと、現にXは、経営困難との理由で、本件契約締結の4カ月後である平成16年4月には所轄税務署に対して廃業届を提出している。
また、自宅とは別に事務所があるとはいっても、事務所はもともと自宅兼用で借りていた借家の一室であり、その後、住まいは弟宅に転居し、仕事場としてそのまま使用を続けていたに過ぎない。Xの事業規模や事業内容からして従前から使い続けていた家庭用電話機が1台あれば十分であったといえる。
こうした状況にあるXの事務所に、B社の従業員が勧誘に訪れ、平成15年12月8日に、「リース物件1台、リース期間84カ月、リース料総額70万5600円、リース月額8400円」の契約を、平成16年4月14日に、「リース物件1台、リース期間84カ月、リース料総額105万8400円、リース月額1万2600円」の契約をYとの間でそれぞれ締結した。リース物件は、事務所用電話(以下「ビジネスフォン」)の主装置とこれに接続する電話機で、複数の従業員がいることを想定し、拡張性のあるビジネスフォンを前提として主装置、あるいは光ファイバーによるインターネット接続を念頭においた、ファックス自動切替機能が付いた電話機であった。
Xは、Yに対し、平成18年7月6日付内容証明郵便でクーリング・オフ権を行使するとともに既払いのリース料55万4400円の返還を求めた。第一審ではXが敗訴したため控訴したのが本件である。争点は、本件リース契約は特定商取引法(以下「特商法」)の適用があるか、Xの契約は特商法26条1項1号の適用除外に当たるか、の2点である。
理由
Yは、Bに対し、本件契約を含むリース契約自体の勧誘および同契約締結の取り次ぎを継続的に行わせていたということが明らかである。そうであれば、本件契約は、Yではなく同契約の対象物件の売主に過ぎないBを通じて勧誘されたものであり、かつ、リース対象物件の販売契約とそのリース契約とは一応別個の法律関係にあるとはいえ、本件においては、Xに対するBによるリース契約の勧誘、BからYへのリース対象物件の販売およびYとXとのリース契約が全体として一体を成しているのであり、かつ、Yは、リース契約の勧誘から締結に至るまでBの従業員をいわば手足として利用していたものと認めるのが相当である。そして、訪問販売等の特定商取引を公正にし、購入者が受けることのある損害の防止を図ることにより、購入者の利益を保護し、併せて商品等の流通および役務の提供を円滑にし、もって国民経済の健全な発展に資するという特商法の目的に鑑(かんが)みると、Yは特商法の2条1項1号所定の「役務提供事業者」に該当し、本件契約は特商法所定の訪問販売と認められるというべきである。
特商法26条1項1号の趣旨は、契約の目的、内容が営業のためのものである場合には適用除外とするというのにとどまり、仮に申し込みをした者が事業者であっても、これらの者にとって、営業のためにもしくは営業として締結するものではない販売または役務の提供を特商法適用の除外事由とするものではないというべきである。そうすると、同号が定める適用除外となるのは、申し込みをした者が事業者であり、かつ、これらの者にとって、当該契約の目的、内容が営業のためのものである場合ということになる。
Xは、事業とはいっても印刷画工をもっぱら一人で、手作業で行うような零細事業者に過ぎず、かつX自身パソコンを使えないというのであって、上記目的物は一般に汎用性、あるいは利用度の高いコピー機等とは異なり、Xが行う印刷画工という仕事との関連性も必要性も極めて低いことからすると、本件において特商法との関係では、本件契約は、Xの営業のためにもしくは営業として締結したものと認めることはできない。
解説
零細な個人事業者や高齢化した自営業者などを狙(ねら)って「電話代が安くなる」とか「黒電話は使えなくなる」などの虚偽のセールストークを用いて訪問勧誘をし、電話機リース契約を締結させる被害が多発している。契約者がクーリング・オフをすると、リース会社は「悪質訪問販売を行ったのは当社ではなく、別の訪問販売業者である」「契約者は消費者ではなく、営業のために契約したものであり特定商取引法の適用はない」などと主張してクーリング・オフを拒絶することが通常であった。リース契約では、リース会社と提携関係にある電話機販売業者が顧客を訪問勧誘してリース契約の申し込みをさせ、これをリース会社に持ち込むことによってリース契約が成立するしくみを取る。リース契約はリース会社と顧客との間に締結され、リース会社は電話機販売業者から電話機を買い取り、この電話機を顧客に対してリースするしくみとなっており、訪問勧誘した電話機販売業者は顧客とは直接の契約関係には立たない。そのため、電話機リース契約は特商法の訪問販売に該当するかにつきリース会社は否定的な見解を取っていた。
こうした状況の下で、経済産業省は平成17年12月6日に通達を改正し、訪問勧誘によるリース契約の取引形態(リース提携販売)について訪問販売に該当するもので、電話機販売業者とリース業者とが特商法の規制対象業者であることを明確化するとともに、特商法26条1項1号の適用除外規定「営業のためもしくは営業として」の契約の解釈については、「一見事業者名で契約を行っていても、主として個人用・家庭用に使用するためのものであった場合には」特商法の適用があることを明確化した。しかし、通達の改正後も個別のケースの処理においては、リース会社が「営業のための契約」の解釈について契約の形式的な名義にこだわった主張をすることから特商法による解決が困難なことも少なくない実情にある。
本件は、自宅とは別に事業所を持って印刷画工を営んでいた個人事業者の契約について、事業内容からしてリース物件を必要としていなかったこと、個人だけで細々と業務を行っていたものであって従業員はおらず、収入も乏しかったこと、本件契約からしばらくして廃業届けをしていることなどの事実認定のもとに、特商法の適用を肯定したものであり、電話機リースをめぐる事案の処理に参考になる。
参考判例
電話機リース契約につき、宗教法人のクーリング・オフを認めた事例
(広島地裁平成19年7月20日判決、「消費者法ニュース」74号180ページ)