印南敦史 - アイデア発想術,スタディ,仕事術,書評 06:30 AM
「うどん県」を成功させたPRプロデューサーが伝授する、ブームのつくり方
『ブームをつくる 人がみずから動く仕組み』(殿村美樹著、集英社新書)の著者は、「PRプロデューサー」として、これまでに「ひこにゃん」「うどん県」「佐世保バーガー」「今年の漢字」などのPRを手がけてきたという人物。しかし、そもそもPRプロデューサーという職種自体、その名を聞く機会は少ない気もします。ところが、「PRプランナー」でも「PRコンサルタント」でもなくPRプロデューサーと名乗っていることには、明確な理由があるのだそうです。
私が理想とするPRは、従来型の「企業PR」とは本質的に異なるものです。すでにでき上がった商品や理念を決められたレールに沿って告知するのではなく、PR活動を通じて、「一つの『文化』を「つくり上げていく」ことを目指しています。私は文化と歴史は"つくるもの"だと考えていますが、その意味でもPRはプロデュースできる、いやプロデュースしなければ始まらない、また完結もしないと思っています。(「はじめに」より)
たしかにそう考えてみれば、「ひこにゃん」や「うどん県」がブームを超えた規模の認知度を獲得したことにも納得できます。とはいえPRしようとしているものが"前例のない"ものであればあるほど、PRよりも先にクライアントを納得させなければならないはずです。そこできょうは第三章「クライアントを納得させるプレゼン術」に焦点を当ててみたいと思います。
地方に蔓延している"間違った常識"
著者が交渉相手であるクライアントに対して最初にプランを提案した際に、「え!?」と当惑の表情をされたことは決して少なくないそうです。当然ながらそれは、こちらが提案したプランが、彼らにとっては「常識はずれ」なものだったから。しかしここで見落とすべきでないのは、その常識とは"間違った常識"だったということなのだといいます。
だとすれば、立案したプランをクライアントや上司に納得させ、効果的なPRを実現するためには、まず、この"間違った常識"の正体を知っておく必要があるはず。そこで著者が引き合いに出しているのが、地方の問題。現在、地方は「疲弊している」「活気がない」といわれていますが、「本当に地方は貧しいのか?」と、こういった見方・常識を疑ってみる必要があるというのです。
たしかに地方には、大都市のような超高層ビルもありませんし、交通アクセスもよくないかもしれません。しかしその一方、豊かな自然と親密なコミュニティがあり、新鮮な食べものも身近で生産されています。住宅購入にかかる費用も、大都市のように高額ではありません。いわば、「住む場所と食べもの」という、人間が生きるうえでの最低限の土台が揃っているわけです。
にもかかわらず、「地方の活性化が必要だ」といわれるという事実。著者によればそれこそが、まずひとつめの"間違った常識"だというのです。「そもそも『地方の活性化が必要だ』というのは東京の価値観に基づいた考え方でしかない」という意見には、なるほどと納得させられるものがあります。
しかしそれでも、国から予算をつけられれば、地方自治体は「なにかしなければ」と考えることになります。その結果どんなことがおこなわれたかといえば、「ご当地グルメ」「ゆるキャラ」など過去の成功例を真似た当たり障りのない町おこしばかり。それが、ふたつめの"間違った常識"。PRの理想は「その土地の魅力を発掘し、一時的ではなく、永続的に情報を発信すること」なので、東京のニーズに応えるかたちの町おこしにはあまり意味がないということです。
では、どうすればいいのかといえば、地方の活性化ではなく、「地方共生」こそが目指すべきものだと著者は考えているのだそうです。若者が地方から大都市に出ていく傾向が簡単に止められないものであるならば、地方と大都市の共生が求められるという考え方。
具体的にいえば、人口が地方から大都市に流出することは止められなかったとしても、定年後、大都市から地方に移住するCCRC(Continuing Care Retirement Community、高齢者が健康なときから介護が必要になるときまで、移転することなくケアを受けながら暮らし続けるコミュニティ)は増やすことが可能。
そのためには、地元の魅力を最大限に、かつ効果的に発信していく必要があるわけです。つまり"間違った常識"を疑い、「そこからなにができるのか」を考えることが大切だということ。(112ページより)
PR戦略を考えるときのカギは「時代」
地方が抱える人口減の問題に対し、著者がPRの仕事を通じてはじめて向き合ったのは2012年。青森県から、「人口減少を食い止めたい」とPRの依頼を受けたときだったそうです。では、そこでなにをどう考えたのでしょうか? ここから先のプロセスには、さまざまな「仕掛け」に応用できるヒントが隠されています。
まず考えたのは、「人口が減少するのは、ここに住みたいと思える魅力が少ないからだ」ということ。そこで、「では、なにがあれば『ここに住みたい!』と思ってもらえるのだろう」と、思いを巡らせていったのだそうです。
PRのプランを練るときには、「人々がここに住みたいと思うためには」という方向性で考えてはいけないと著者はいいます。そうではなく、考えるときの主語は、あくまでも「個人」であるべきだということ。そして、もうひとつのカギが「時代」。つまり、「いまの時代、なにがあれば私は『ここに住みたい!』と思うか」と、時代の価値観をベースとして考える。そういった時代感覚を備えた個人の価値観が重なり合う部分が、社会のニーズだというわけです。
さて、そんな考え方をもとに、著者はこのときまず「儲かる仕事があれば、ここに住むだろうなぁ」と考えたのだそうです。直球すぎるようにも思えますが、政治が経済の活性化を最大の政策目標に掲げ、大企業に賃金の引き上げられる現在において、「儲かる仕事」は時代の価値観・社会のニーズを満たすもの。だからこそ、「仕事がなければ、人口は流出する」という考えを軸として、これをPRプランの軸としたというのです。
では、具体的になにをすれば儲かるのでしょうか? 予算的にも限度があるなかで確実に有効なものを考えていくと、やがて行き着くのが「観光」です。そして環境で集客できれば、土産品を開発するなどの産業も生まれることになります。
だとすれば次に考えるべきは、「観光客を呼ぶために、なにをPRすべきか」ということ。青森という土地柄を考えると、すぐに思いつくのはリンゴですが、それは誰でも真っ先に頭に浮かぶアイデアであり、あまりにも当たり前すぎて、新たな集客につなげるのは困難。またリンゴの産地としては長野も有名ですから、青森だけの魅力を表現するには弱いとも著者は感じたのだそうです。
驚くべきは、そこで次に思いついたのが、青森県むつ市にある「恐山」だったという点。高野山・比叡山とともに日本三大霊山のひとつとして知られる恐山は、山を中心に地獄谷・賽の河原・極楽浜などのスポットも点在し、冥界のテーマパークともいえる観光資源だと考えたというのです。
恐山にはイタコと呼ばれる巫女たちがいて、死者と対話する「口寄せ」もおこなわれています。また、他にもスピリチュアルなスポットが数多く点在します。昨今の日本はスピリチュアルな文化が受け入れられやすい状況にあるため、これも重要なポイント。またパワースポットなどを訪ねる観光客の多くは女性なので、「観光は女性がリードする」というセオリーにもかなっているというのです。
問題は、「クライアントである青森県にどう納得してもらうか」ですが、結果的には恐山をはじめとするスピリチュアル・スポットを巡礼の旅のように巡る「ストーリー」を演出したいという提案にも、スムーズに納得してもらえたのだとか。少なくともこの段階で、スピリチュアル・スポット巡りは条件にかなっていたというわけです。(118ページより)
相手をリスペクトする心のクセ
それまでPRで成果を出せなかったことの原因である"間違った常識"を解明し、具体的なPR戦略を決めたら、次の段階はクライアントの交渉。どんなにすばらしいプランも、クライアントが心を開いて首を縦に振ってくれなければ成果を生むことはできないため、相手の心の壁を取り払い、懐に飛び込んでいく必要があるわけです。
著者の場合、交渉をするときの基本は、まず「相手をほめること」なのだそうです。ブームをつくることとは関係なさそうに見えて、実はこれが重要。なぜなら仕事とは、互いが利益を得られるようにすることだから。そのためには互いの要求を忌憚なく伝え合うことが必要であるため、相手との距離を詰め、近しい関係になることが求められるというのです。
そして距離を詰めるにあたり、有効な手段が「ほめる」ということ。といっても上辺だけのオベンチャラをいうということではなく、心の底から相手をリスペクトし、依頼されている案件に対して全力で取り組む姿勢が求められるということなのだといいます。
そのためには普段から、「相手をリスペクトするクセ」をつけておくことが大切。このクセが身についていて、依頼に対して全力で取り組む姿勢があれば、自然と相手のことを調べることになります。人間は初対面だったり訴訟を詳しく知らなかったりする相手に対しては、警戒して身構えるもの。しかし事前に戦法のことを調べ、そのことを交えながら話をはじめれば、相手が心を開く速度は確実に早まるというわけです。
また交渉とは人間を相手にすることなので、相手の人柄や態度に応じ、話の進め方を調節することも必要。話しやすそうな相手の場合は、天候や季節の話題から、徐々に自分のプライベートを話すことにトライしてみる。あえてプライベートを話すことで、相手は「この人は、私に心を許しているのかな」と感じることができるため、距離を詰めることができるということ。
一方、気難しそうで、プライベートの話をすれば警戒されそうな相手の場合には、相手の得意分野・専門分野に関するタイムリーなニュースから話に入ると効果的。相手に専門的なことをやや"上から目線"で語ってもらうことにより、多少の快感を味わってもらう。そうすれば、少なくとも悪い気はしないので、距離を詰めることができるというわけです。
この「心の開かせ方」はPR業界でのクライアントとの交渉だけではなく、会社の上司や同僚に対しても有効。また業種を制限するものでもないので、あらゆる場面に応用できそうです。(122ページより)
このように、プレゼン術など一見すると「ブームをつくる」ことには関係なさそうだと思えるようなことが、実はとても大切なのだということを本書は教えてくれます。つまり、ピンポイントではなく、広い視野でものごとをとらえることこそが、PRという業務には必要不可欠だということ。目を通してみれば、きっと参考になるはずです。
(印南敦史)
- ブームをつくる 人がみずから動く仕組み (集英社新書)
- 殿村 美樹集英社