老人ホームの職員が施設のベランダから入所者を相次いで投げ落とし、殺害する。信じがたい事件が川崎市で発覚した。逮捕された今井隼人容疑者(23)は、当初は事故と思われていた3人の死亡について、殺害を認めているという。

 なぜ、こんなことが起きたのか。もっと早いうちに犯行を防ぐ手立てがなかったのか。疑問が次々と浮かぶ。

 県警は容疑者の動機を含めて事件の全容をまず、解明してほしい。そして行政や福祉事業者は教訓をくみ取ってほしい。

 事件があったのは2014年の11月から12月にかけて。2カ月の間に80~90代の男女3人が、敷地内の同じ裏庭に倒れていた。入社して半年あまりの容疑者は、いずれの日も当直勤務だった。現金や指輪などを盗む行為も繰り返していた。

 この施設では事件後に別の職員による入所者への虐待や入浴中の死亡事故も起きている。入所者の心情や安全をどう考えていたのか大きな疑問が残る。

 殺害に至った今回の事件は特異だとしても、老人ホームや介護施設での虐待は年々増えている。厚生労働省のまとめでは、昨年度は300件で8年続けて過去最多を更新している。

 虐待を起こす職員の中には、日頃から利用者や家族の声をきちんと聞かない、話しかけても返事をしないなど問題があることもある。そうした小さな「兆候」にも注意が必要だ。事故やトラブルが起きた時に、きちんと情報を集め、検証する仕組みがほしい。入所者の安全が脅かされることがないよう、施設側には万全を期してほしい。

 外部の「目」も、施設の質を高めるのには有効だ。中立の第三者機関による「福祉サービス第三者評価」などの仕組みの活用を考えたい。評価結果は公表され、利用者が施設を選ぶ際にも役立つはずだ。

 虐待の原因となるのは、職員の「知識や技術不足」や「ストレス」などで、「30歳未満」の若い職員に虐待の割合が多いとの指摘もある。介護の職場は大変な仕事の割に賃金が安く、離職率も高い。人手不足が深刻で、現場からは「どんな人でもいいから、働いてもらわないと回らない」との声も聞かれる。そんな中で、プロとは到底言えない職員が増えてはいないか。

 すべての介護施設などで職員に対する教育・研修の徹底を求めたい。行政も、必要な指導・監査を強めてほしい。

 肉親が施設で命を奪われてしまう。そんな悲劇を繰り返してはならない。