スーパーでまさかの枕営業…人生をも支配する「全人格労働」
担当者は顔を近づけて、キスを迫ってきた。機嫌を損ねたらうちの商品を扱ってもらえなくなるかもしれない――。
頭に、夫や子どもの顔が浮かんだが、すぐに「なんでお前は注文をもらえないんだ」と責める上司の顔にかき消され、目をつぶってしまった。
支店にいる女性は自分だけ。誰にも相談できずに泣き寝入りするしかなかった。そうするうちに担当者のセクハラはさらにエスカレートし、「枕営業」を強要された。機嫌を損ねないようにやんわり断っていたが、ある日、強引にホテルへ連れ込まれ、関係を持った。
夜、布団に入っても眠れなくなった。昼間に強い眠気に襲われ、営業車を運転するのが怖い。あの担当者が勤めるスーパーの看板を見るだけで、過呼吸が起きる。営業車の中で抗不安剤を飲んで心を落ち着けた。
心療内科医からは入院を勧められたが、70店舗もある取引先を放り出せないし、子どももいるので踏み切れなかった。
急に物忘れがひどくなった。今思うと、うつ症状の一つだ。家では家事ができなくなり、仕事では社内会議の予定をすっかり忘れて外回りに出たり、営業先のスーパーから注文をもらったのに発注を忘れて怒鳴られたり。定期面談で上司に言われた。
「あなたの代わりはいくらでもいるんだから」
それは「契約を更新しない」という意味だった。入社して7年。自分を犠牲にして働いてきたのに、何だったのかと思った。
「私は会社にとって捨て駒だったんだ」
ようやく目が覚めた。そのまま1カ月入院した。退院と同時に、夫から離婚を切り出された。仕事からの帰りが遅かったり、服にたばこのにおいがついていたりしたことがずっと嫌だったという。
「今、冷静に振り返れば、仕事のために枕営業までするなんて……と思えますけど、夫に知られて家庭が破綻するのが怖くて誰にも相談できないうちに、そうするしかなくなってしまった」
※AERA 2016年2月15日号より抜粋
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