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奨学金を批判した大学教授の記事が話題になっている。
「体調を崩して大学を辞めたいという学生の奨学金の書類を見て驚いた。月々10万円、4年間で合計480万円を借りた結果、金利は3パーセントで、最終支払額が700万円を超えている。日本学生支援機構で借りた奨学金である。
大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たち(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース」

この記事はヤフートップにも掲載されて余計に注目を集めたようだが、奨学金の金利は3%もかからない、間違っている事を書くなと多数の批判があったようだ。本来の正しい金利は1%を大きく下回っており、記事では批判を受けた後の追記として、金利上昇時の上限である3%で計算されたシミュレーションを実際の金利と勘違いした、とある。

当初この記事が話題になった原因は金利が間違っている点にあったが、それはささいな問題でしかない。間違いや勘違いは誰にでもあるのであえて責めるつもりも無い。しかしそれを考慮しなくとも、記事を読む限りこの教授は大学を辞めるべきだ。

■奨学金は大学を支えている。
先日、東洋経済オンラインに日本学生支援機構の理事長インタビューが掲載された。インタビューではまさに今回話題になったような、大学教授による奨学金批判に理事長が真正面から反論をしている。
「本当に驚いたんだけど、極端な大学の先生なんかは、「日本学生支援機構の奨学金を受けるくらいなら、まだ消費者ローンを組んだほうがましだ」とまで発言している。僕なんか70歳過ぎてもすぐ頭に血が上るから、「この大学なんか、今すぐ奨学金の対象から外してしまえ」と思いますよ。
で、その先生が所属する大学を見たら、日本学生支援機構から5000人くらいが奨学金の貸与を受けている。その額は数十億円にものぼりますよ。
「日本は努力次第で上に行ける平等社会だ」 東洋経済オンライン2016/01/28」

この反論が記事を書いた千田氏にもそのまま該当する。現在千田氏が教授を務める武蔵大学でも、奨学金を案内するページで「本学での日本学生支援機構奨学金学生数:のべ1,336名(2015年3月現在)」と紹介されている。奨学金が無かったらこのうち多くの学生が入学できなかっただろう。

奨学金の案内ページでは返済不要な奨学金も紹介されているが、政策金融公庫やオリコ・ジャックスなど、明らかに機構より返済条件が悪いものも紹介されている。千田氏は大学をブラックビジネスと厳しく批判する一方、武蔵大学は授業料以上の教育がなされていると書くなど、他の大学に対して極めて失礼かつムチャクチャな論を展開しているが、大学自身が借金の案内をしている事をどう考えているのか。

■進学率50%は奨学金が支えている。
理事長はインタビューで、延滞率は2・3%程度とメガバンク並みに低く、無審査で貸しているのにこの数字は凄い、と説明しながら奨学金批判の報道に以下のようにも答えている。
「「在学中に受けた貸与金を返すために、ソープランドで働いています」とかね。本当にイレギュラーなものだけが記事になる。奨学金の返還者の例として、こういった特殊な事例だけをあげてほしくない。
私だって、今の奨学金制度が完璧だなんてまったく思っていません。建設的な批判はどんどんしてほしい。ただ、センセーショナルな部分だけをあおる批判は、私は犯罪的行為だとすら思う。「学生支援機構の奨学金を借りたら地獄」と言わんばかりの報道が当たり前のように伝えられるようになった時に、何が起きるかよく考えてみてください。
本当に優秀だけれども、経済的に高等教育を受ける環境にない子供たちの可能性を摘むことになるんじゃないか。」

自分が普段ファイナンシャルプランナーとして教育費のアドバイスをする際も、限界まで奨学金を借りると良いとアドバイスしている。在学中は無利子で、なおかつ奨学金無しで支払いが可能でも、資金繰りの観点から貯金の取り崩し等はしない方が良いからだ。

過剰な大学費用は老後の貯蓄額に直結するという問題もある。子供が大学を卒業するころ、多くの親はすでに50代になっているからだ。少なくとも現状では、奨学金は素晴らしい制度であるとFPの立場から自信を持って言える。

借金を奨学金と呼ぶことはおかしいという批判についても、担保無しで返済能力も不明な人に無審査で貸し出す奨学金は、一般的なローンと全く意味が違うと理事長は反論している。

■利息が無ければ、学費が無料なら問題は無いのか?
千田氏としては、奨学金に利息がかかること、そして借金をしないと進学できないことが問題であるというのが記事で書きたかった本来の意図だのようだ。しかし、話はそれほど単純ではない。

現時点で大学進学者の2.6人に1人、金額で言えば毎年1兆円以上の奨学金が貸し出されている。利息の有無は関係なく、奨学金の制度が無くなれば進学率は激減し、多くの大学がつぶれるだろう。そして多数の大学教授はリストラされ、千田氏も職を失うか給料が激減するか、大きな影響を受けることは間違いない。学生を借金漬けにするのは酷いと他人事のように書いているが、学生が大学に通えるのも自身が給料を貰えるのもその借金のおかげだという事を果たして理解しているのか。

先のインタビューの後半では、理事長は以下のようにも説明している。
「奨学金制度のステークホルダー(利害関係者)は誰か。教育を受ける学生はもちろんだけど、それ以上に大学なんですよ。
僕の日銀の後輩が、ある小さな大学の理事長をやっていますが、「お前さんのところの大学は、奨学金の貸与がこれだけあるぞ。これが全部抜けたらどうなる?」と聞いてみたところ、「そんなことになったら、すぐ潰れてしまいます」と言っていましたよ。
大学の経営者に、私どもはそれを口を酸っぱくして言っています。あらゆる大学関係の集まりに、時間があれば私が直接出て行って、奨学金問題は皆さんの問題だとお伝えして、学校ごとの貸与額や延滞率を、各大学の理事長さんや学長さんに渡しているんです。
奨学金「貧困問題」、最大の責任者は誰なのか 東洋経済オンライン  2016/01/30」

「奨学金問題は皆さんの問題」この一言に全てが集約されているだろう。当然、大学経営の問題は大学教授にとって無関係あるわけでもない。

もし不動産会社の社員が「過大な住宅ローンが借り手の負担になっている、住宅ローンの仕組みは酷い、それに加担する不動産業界はブラック企業だ」と金融機関や自身の属する業界を批判したら、どの口が言ってるんだ?と言われるのがオチだろう。千田氏の記事はそれと全く同じだ。こんな記事を大学教授が書くのであれば、まずは大学を辞めるべきだ。

■国は大学に税金をつぎ込むべきか?
奨学金の問題は結局は学費が高すぎる、という話にたどり着く。つまり税金をもっと投入すべきということになるが、それも言うほど簡単な話ではない。

これは奨学金の取り立てを強化すべき理由でも書いた通り、そもそも大学教育は世の中に役に立っているのか?多額の税金を投入するだけの価値はあるのか?という議論無しに、奨学金の問題は語る事は出来ない。

奨学金の問題は学費の問題につながり、学費の問題は税金の話につながり、そして他の様々な問題に優先して大学教育に税金を投入するのであればそれだけの価値があると客観的に証明される必要があるからだ。例えば同じ教育費でも保育園不足も深刻な問題で、予算の不足が常に指摘される。どちらに税金を投入すべきか、両方投入するのなら予算はどこから調達するか、簡単な議論ではない(自分の意見は年金を削って保育園も大学も含んだ教育費に充てれば良いと上記記事で書いた通りだ)。

大学に通う意味についても、以前be動詞を教える低レベルな授業をしていると批判を受けた大学があった。しかしその大学の学長は「今の大学には中学レベルからやり直さないといけない学生が入学してきている、そのようなリメディアルと呼ばれる授業は公開されていないだけで難関校を含めたほとんどの大学で行われている」と批判に答えた。

現在の大学進学率は50%を超え、バブル期と比べて2倍近くに高まっている。しかしその結果日本は経済成長したのかと言えば、ずっと停滞を続けている。もちろんこれは様々な要因があるが、少なくとも大学教育が経済成長に確実に資すると言える状況ではない。その原因は大学の教育内容のみならず、中学レベルからやり直す必要があるような、大学に行く必要が無い、行っても意味が無い人も多数進学しているから、ということも理由の一つだろう。

■高卒では就職できない?
千田氏は「以前のように高卒でも、きちんと職がある時代も終わった」とも書いている。これは大学は義務教育じゃないんだから自己責任じゃないか、という批判をかわすための記述だと思われるが、50%程度の大学進学率を考えれば残り半数は中卒・高卒・専門卒・短大卒等で就職をしている。奇しくもこの記事を書いている時点で高卒の就職内定率が90%で25年ぶりの高水準であると時事通信で報じられている。

大学教授が大学を褒めることは構わないが、ついでのように高卒を見下すような書き方は、事実誤認の上に学歴差別としか言いようが無い酷い認識だ。運よく一流企業に就職できれば奨学金を返せる、といった記述についても(一流企業の定義も良く分からないが)日本にある企業の99.7%が中小企業であり、就業者の6割が中小企業で働く現状を無視している。千田氏は奨学金に対してトンチンカンな批判する前にまずは正確なデータを把握すべきだ。

大卒と高卒の生涯年収を比較すれば大卒の方が高い。これは今後も同じ状況が続くと思われるが、この話は個人の損得の話であり、公益ではなく個人の利益のために税金を今まで以上に投入すべきというなら、おかしな話になってしまう。

■奨学金批判は辞めて建設的な議論を。
今回の記事に限らず、奨学金の批判は原因と結果を取り違えた議論だ。確かに奨学金の返済で困っている人は多数存在し、返還請求の訴訟は6000件を超えているという。しかし多額の奨学金の裏には、親の収入減少、教育費に投入される税金が少ないという問題、就職後の収入の低さなど、様々な原因がある。

表面に出てきた「結果」だけを見て、問題が発生する「原因」はコレだと決めつけることは問題を解決するどころか本質を見誤らせてしまう典型的な勘違いだ。社会学者はそういった思考方法を学生にトレーニングする側だと思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。

もちろん、返還訴訟が急増しているような状況では、消費者金融と同様に貸し手責任、つまり「貸さない親切」という側面も考える必要がある。しかしそれは当然のことながら進学率の低下を招き、進学の希望を閉ざす事にもつながる。税金投入も決して簡単な話ではない。

大学で勉強することにはどんな意味があるのか、根本的な議論をやり直す時期に来ている事は間違いない。今回話題となってしまった千田氏の記事は、よくある事情を知らない人の奨学金批判でしかない。検索すれば簡単に分かる程度の情報も確認している様子がなく、ウェブメディア編集長の視点から見て、金利の間違いを除いても社会学者の書いた記事としてあまりにお粗末だ。

高額な報酬で奨学金の恩恵を最も受けていると言っても過言ではない大学教授には、感情的・情緒的な奨学金批判ではなく、意味のある丁寧な議論を期待したい。

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中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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