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チューリングも吃驚?

色素細胞の鬼ごっこが作る動物の皮膚模様



本当に「皮膚模様=チューリングパターン」なのか?


 以前に、
筆者らのグループで行っている動物の皮膚模様ができる仕組みの研究を紹介しました。その時は、「Turingの反応拡散モデルで説明できる」という結論でしたが、細かい細胞の挙動、分子の関与等は判っておらず、正直言って、実験生物学的には、「予測」と言って良い段階でした。しかし、ここ数年の実験により、模様形成原理の全体像がかなりはっきり見えてきています。もっとも重要なのは、下の動画にあるように、細胞の鬼ごっこ!


   と言うわけで、今回は、最新実験データによって明らかになりつつある、リアル皮膚模様形成原理の解説です。

さてさて、実験生物学はチューリングに一泡吹かせることはできたのでしょうか?


 

分子細胞レベルの模様形成原理

模様形成に関するTuringの原理とこれまでのvivoの実験に関しては、バックナンバー(シマウマよ、汝はなにゆえに、シマシマなのだ?)に詳しく説明してますが、以下、ごく簡単に復習します。

 大事なポイントは

1:模様を人為的に撹乱すると、Turingの理論の予測とピッタリ合う過程を経て再生される

2:模様形成の主体は、相互作用をする、黄色、黒の2種類の色素細胞である

3:Vivoの再生実験から、以下の相互作用ネットワークが推定され、このネットワークはTuringモデルと同等の性質を持つ

の3つで、実験では、この相互作用ネットワークの実態を見つけることになります。

実験では、まず、模様変異をおこす遺伝子のクローニングを行いました。変異遺伝子のクローニングは、分子遺伝学のイロハのイであり、かつ、現在でも最強のストラテジー。変異体として選んだのは、模様が斑点になるleopardと、2種類の細胞が混ざってしまうjaguarの2つ。この2つの変異では、2種類の色素細胞がちゃんと皮膚に存在するにも関わらず、違う模様ができる。つまり、細胞の分裂とか、分化ではなく、「模様形成」にのみかかわる遺伝子が取れてくると期待できるのです。願わくば、細胞間のシグナル伝達に関する物であれば一番うれしい。

ところが、取れてきたのは、予想外のKチャンネル(kir7.1)とギャップジャンクションを作るコネキシン (cx418)という遺伝子。どちらも、ほとんど同じ機能を持つ似た遺伝子が、ゲノム中に40以上も存在する上に、それらが、同じ細胞に重複して発現しているので、まともなやり方では機能解析ができない。う〜ん、困ったぞ。

近距離効果の実体


 仕方が無いので、ダメもとで、生きた色素細胞を培養皿の上で飼い、その挙動を見てみることにしました。色素細胞は非常に死にやすいので、最初は、培養条件の設定に苦労(4年かかりました)したのですが、一度、飼えるようになると、、この2種の細胞が何をやっているかが、一目同然になってしまったのである。(院生の網濱君とPDの山中君の努力の結晶です。)

培養条件では、黄色細胞はほとんど自分から動くことはしないのですが、黒細胞の多くは、フラフラとランダムに動いています。ところが、黒色素細胞が黄色細胞に接触すると、突然、黄色細胞は活性化し黒細胞に対して何本も突起を伸ばし、細胞の上面に触ろうとするのです。一方、黒細胞は、黄色の突起から逃走する方向に動くのですが、黄色細胞は、突起を伸ばしてタッチしつつ、完全に離れてしまうまで追いかける。(run and chase behaviorと命名)もし、この細胞行動が皮膚の中で起きるとどうなるだろう?おそらく、黄色細胞が黒細胞を自分のテリトリーから排除することになるはず。だとすれば、この追いかけ行動が2種類の細胞が分離する原因である可能性が高い。



Yamanaka, Amihama and Kondo PNAS, 2014

これを確かめるのは、どうしたら良いか?そうです。この追いかけ運動が起きない突然変異があれば、2種類の細胞は分離せずに混ざるはず。幸運なことにクローニングしたKir7.1の変異体では、実際に黄色と黒の色素細胞が混ざっていたので、いそいで、追いかけ行動が起きるかどうかを調べてみたら、予想通り、黒色素細胞が「逃げない」ことがわかりました。だから、間違いなく、この追いかけ反応は、模様形成原理の一部であるといえます。

黄色細胞が黒細胞に対して、積極的に突起を伸ばし、触られた黒細胞は反対方向に逃げる。ということは、黄色の突起の先端で、双方向(黒>黄色、黄色>黒)のシグナル伝達があるはず。これは、魚のインビボ実験から推定されていた相互作用ネットワークのAの部分に対応すると考えて良いと思われます。

ただ、一つ気になるのは、シグナルは拡散性の因子ではなく、直接接触して伝えられること。下の動画では、右側の黄色細胞(この動画では黄色に見えません)の突起が、左の黒色細胞(シグナルが見えるように、色素を作れない変異体の色素細胞を使っています。)に触った瞬間に光って(脱分極が起きて)いるので、間違いなく、直接接触による刺激伝達です。


Inaba, Yamanaka and Kondo, Science 2012.

むむむ、ちょっと反応拡散から離れてきたぞ。近距離の反応に対応すると考えれば良いのかもしれないが、、、、ま、理論と違うのであれば、また、それもよし。なにせ、実験でわかるのは「事実」なんだから、理論と違っても、最終的には困らない。この辺が実験の強みです。


長距離効果の実体


 さて、近距離の反応の正体がだいたい掴めたので、次は遠距離の反応です。魚の皮膚で行った実験では、黄色素細胞が、遠距離の効果で黒色素細胞の生存を助けているというデータが得られています。つまり、黄色がシグナルの送り手で、黒が受容側のはず。もっとも単純に考えると、黄色細胞が拡散性の高いリガンド分子を放出し、それを、黒細胞にある受容体が受け取るとなるが、、、。そこで、遺伝子チップを使って、「黄色素細胞にだけ発現しているリガンド」あるいは「黒色素細胞にだけ発現している受容体」、を探したところ、Notch1a(受容体)とDeltaC(リガンド)の組み合わせが見つかってきました。発生のいろいろな場面で使われる超有名シグナル分子です。

 本当にこのシグナルかどうかを試すために、Notchシグナルの特異的阻害であるDAPTを加えた飼育水で魚を買うと、黄色細胞そのものを取り除いた時と同じように黒細胞が次第に死んでいったので、おそらく、このシグナルで間違いありません。しかし困ったことに、Deltaは細胞膜上にあるリガンドだから、そのままでは、長距離シグナルの担い手にはならんのです。おかしいなあ、、、と思いつつ、黒細胞の細胞膜をGFPで光らせてみると、実に単純な答えが見えてしまいました。図のように、黒いストライプの真ん中あたりにいる黒色素細胞は、長い細胞突起を出して、黄色細胞に触っていたのです。びっくりぽんや。

ダメ押しに、2通りの遺伝子導入実験でnotch-deltaの関与を確認した。一つは、DeltaCを、黄色細胞でなく黒細胞にを発現させるもの。2つ目は、黒細胞が、リガンドに関係なくNotchシグナルが自動的にONになるように、NICD(notch受容体の細胞内部分。リガンドが結合すると核に移動して下流遺伝子を制御する。)を恒常的に発現させたもの。いずれの場合も、黒色細胞が自前で生存シグナルを作れるので、黄色から離れたところでも生存できるようになり、結果として、黒の縞が広くなるか、あるいは大きなパッチ上の斑点ができるはず。やってみると、予想通りの魚ができました。う〜ん、すごいぞバイオテクノロジー。

と言うわけで、長距離シグナルの実態も、だいたいわかりました。(他の分子も関与している可能性もありますので、完全解明というわけではないです) しかし、ここでもシグナル伝達は細胞突起による直接の接触により行われており、「拡散」は介在していないのである。ううむ。

チューリングの原理は、2種類のシグナル分子の拡散速度の差を使ってパターンを生成させるものだから、その定義に従えば、見つかった原理は「Turingの原理」とは違う事になってしまう。うれしいような悲しいような、、、さんざん「チューリング」を唱えて宣伝してきた身としては、ちょっと困る。しかし、もし違うのであれば、これまで「反応拡散」のシミュレーターで模様のダイナミックな動きが正確に予測できたのは何故なのか??

細胞が出す突起の長さが拡散と同じように働く


実は、その理由は簡単。細胞突起の長さが、拡散と同じ働きをしているのです。チューリングの反応拡散原理の肝は、拡散速度の違いを使って、近距離と遠距離で異なるシグナルを送ることであり、拡散物質の存在そのものではないのです。実際、色素細胞の2種類の突起は、その長さの違いにより、反発と生存刺激という逆の反応を伝達するので、回路全体の挙動を見ると、反応拡散の場合と同様の数学的な性質を持つことがわかります。細胞突起のシグナル伝達でも、数学的には相同の仕組みであるため、反応拡散と同じ予測ができても不思議ではないのです。



実験事実に合わせたTuring modelのアップデート


と言うわけで、魚がどんな方法で皮膚模様形成を作っているかは、かなり大雑把にではあるが判ってきました。研究開始直後から「ちゅーりんぐ、ちゅーりんぐ」と言い続けてきたので、実際にTuring modelと相同の物が見つかってホッとしているところです。しかし、その一方で、いくら挙動が同じだからと言って、拡散を使ったプログラムで模様形成をシミュレーションしてきたのは、適切とは言い難いでしょう。似たシステムとはいえ、微妙なところで、系の性質に違いが出てくるかもしれないし。

というわけで、やはり実験に即したモデルを作りなおさないといけません。どんなモデルにすればよいだろうか。当然、細胞突起によるシグナル伝達を模したもの、を言うのが候補に挙がりますが、それもちょっといまいち。できれば、どんなシグナル伝達様式にも使えるようなものがあると便利です。

そもそも、実験研究者にとって数理モデルとは作業仮説だから、モデルと必要とするのは、詳しい仕組みが解っていない時のはず。だから、最初から「拡散分子が肝」とか、細胞突起でしょ」と思いこんでしまうと、とんでもない間違いに陥るかもしれない。実験屋の立場としては、パターン形成能力が高く、なおかつ、どんなシグナル伝達様式の場合にも使えるようなモデルが有ると便利だと思います。



相互作用プロファイルを入力するシミュレーター


 以上の考えに立って、Turing modelを改変してみます。

まず、振り出しに戻り、何故、反応拡散で波パターンができるのかを思い出してください。アクチベーター、インヒビターの効果の範囲が異なることで、場に、下図に示すような、相互作用の強さの波状パターンが生じ、それが増幅されるので、安定な波ができます。このパターンを、「相互作用プロファイル」と呼ぶことにしよう。(数学の言葉では、積分カーネルです。)波形成に大事なのは、拡散因子では無く、この相互作用プロファイルの形です。だったら、反応拡散の式ではなく、このプロファイルの形状を直接インプットしたら良いのではないだろうか?

この考えで作ったのが、下図のプログラムです。


 詳しい説明は省きますが、任意の相互作用プロファイルを入力すると、それが作る2次元パターンを計算してくれるの、とても面白い。


数値実験1


 では、このプログラムを使って、どんな模様ができるかを実験してみます。まず、反応拡散で等間隔パターンが出る「近距離の活性化、遠距離の抑制」をインプットしてみます。この時、活性化と抑制のどちらかに偏るのを避けるため、活性化と抑制の総計が0になるようにします。すると予想通り、綺麗な迷路(縞)模様が出現します。次に、プロファイルの形を変えず、活性化と抑制の総計をプラス方向にずらしていくと、模様の幅は変わらずに、縞から黒斑点に代わっていき、もっと極端にすると、全面で活性化して真っ白になってしまいます。逆に、総計をマイナス方向にずらしていくと、迷路が白い斑点になり、さらにマイナスにすると全面黒になる。これ等のパターンや、パターンの変化の過程は、アクチベーターやインヒビターの合成のパラメーターを変化させた時とそっくりです。


 

数値実験2


次にプロファイルの幅を変えてみます。結果は、これも予想通り、できる模様の幅が広くなったりせまくなったり変化する。これは、反応拡散モデルで、拡散の速度を変えるのと同じ変化になっています。


数値実験3


今度は、「近距離の活性化、遠距離の抑制」という基本型は崩さずに、プロファイルの形を微妙に変えてみます。このように相互作用プロファイルを任意の形にするのは、反応拡散の式では、非常に難しいので、これは、この計算法のメリットだと言えます。やってみた結果は、、、図@のようになりました。面白いことに、かなりプロファイルを変えても、活性化と抑制の総計が一緒であれば、できるパターンはほとんど変わらない。これは一見予想外で興味深いが、そもそも、2次元の「波」となると、それほどバリエーションは存在しないので、ある意味当然ともいえるかもしれない。




数値計算4


今度は、もっとぎざぎざのプロファイルで計算してみます。もちろん、通常の2変数の反応拡散で、こんなプロファイルを作ることはできない。さてどんな結果になるかとやってみると、、、図@の様なへんてこな模様になりました。

できた模様を良く見ると、大きな縞パターンと小さな斑点の入れ子模様になっています。つまり、小さいパターンと大きなパターンが重なっているのです。それを意識して、もう一回プロファイルの方を良く見ると、「近距離の活性化、遠距離の抑制」が2重になっているのが見えてきます。このように、プロファイルの形から、できるパターンが容易に推定できるのは、モデルとしての利点の一つでしょう。これなら数理系の人で無くても、模様ができる原因が感覚的に理解できるはず。面白いことに、これにそっくりな模様のウツボが存在します。



数値計算5


最後に、プロファイルをひっくり返し、「近距離の活性化、遠距離の抑制」の逆にしてみよう。反応拡散では、自分の位置に対してマイナスの効果があると、「振動」が起きてしまうので安定パターンは出ない。しかし、このプログラムの条件だと、それでもパターンを作り、細かい縞模様が出現します。

何故、振動しない?何故、できる縞の模様は細かくなる?

これはちょっと不思議ですが、数学に詳しい人なら、プロファイル(積分カーネル)をフーリエ変換して、増幅される波の波長を調べれば良いことが直ぐに判るでしょう。得意でない人も、直感的にはひっくり返したプロファイルが、波長の短い波と重なることは、図@を見れば直感的に理解できると思います。これは、数値計算4の「小さい波長の波」だけが増幅されたものと考えると判りやすいでしょう。



 このTuring Modelのアップデートバージョンは、単に、プロファイルの形状から最も適した波長の波が選ばれるだけなので、新しい数理モデルと称するには、いささか簡単過ぎると言うか、そもそも、数学的に新しいものはほとんどありません。しかし、一方で、実験屋にとってみると、色々なメリットが有ります。まず、第一に、細胞レベルの現象が解っていなくても、問題なく使えること。実験の開始時には、まだ、細胞レベルの現象は判っていないことがほとんどなので、どんなシグナル伝達様式にも使える理論でシミュレーションしておいた方が安全です。最初から「反応拡散」と決め打ちすると、「拡散因子が存在するはず」という根拠のない思い込みが生まれ、存在しない「拡散因子」を無駄に探す作業をする危険が生じます。第2は、プロファイルの形から、できるパターンの想像がつくこと。これは、特に理論の専門家でない実験屋にとって、大きなメリットであろう。理解できない理屈を基に実験をするというストレスから解放されるのだから。


(この実験系フレンドリーな汎用パターン形成シミュレーター、ご興味のある方はご連絡ください。プログラムをお送りします。)

 


パターン形成研究のこれからと、数理生物学のこれから


 以上、最近の縞模様研究の現状を紹介させていただきました。Turingと全く同じではないが、数学的には同じ性質の原理が発見できたということで、研究開始当初の目的は達成できたと考えています。もちろん、研究で何かがわかるといういうことは、研究の終わりを意味するのではなく、むしろ、新しい魅力的な課題がたくさん見つかる、ということでもあります。細胞の直接による相互作用がパターン形成の中心ということになれば、現在に発生学の中心的な考えである、拡散による濃度勾配モデル、を覆せるかもしれません。また、色素細胞間のシグナル伝達には、ギャップジャンクションが非常に重要な役割を果たしていることが解ったことも重要でしょう。ギャップジャンクションは、脊椎動物ではで40個以上遺伝子が有り、あらゆる細胞で発現しているにも関わらず、実験の難しさから、その詳しい役割は明らかになっていません。ギャップジャンクションが形態形成のキーファクターと言う事になれば、発生学に新たな展開が起きるかも。皮膚模様は、ギャップジャンクションの活性をモニターするための系としても使えるので、今後、その方面の研究の助けになるかもしれません。

 もうひとつ、このコラムの冒頭で「実験」と「理論」を少し対立的に書きましたが、ここまで読んでいただければ、両者は不可分であることがおわかりいただけたと思います。数理モデルというと、「自分とは縁が遠い」と感じる生物学者が多いかと思いますが、それは多くの場合誤解です。数理モデルは「仮説を数式で表現したもの」にすぎず、大事なのは数式で無く「仮説」の部分だからです。実験研究者ならだれしも「もし、@@のような原理があれば、@@が起きる」と考えて、日々、実験を組んで居るはず。仮説が無ければ、そもそも、実験は始まりません。通常は、その仮説が「通常の言葉で表現できる」ので、数理を意識する必要が無いだけです。一見、むずかしそうに見える数理モデルも、その「肝」の部分の仮説(アイデア)はとても簡単で、多くの場合、数学を全く使わずに表現、あるいは理解できます。例えば、異常巻きアンモナイトの話の場合、そのアイデアは、「タコ(アンモナイト)の顔がおんなじ角度を向くためには、変な巻き方が必要かも?」ですし、反応拡散モデルだって、「化学反応で波ができてもおかしくないよな?」です。大事なのは、アイデアで有り、表現法(数式)ではありません。

 このコラムでは、色々な数理モデルで表現される生命現象の、「アイデア」の部分を、数学を使わずに、かみ砕いて説明してきました。面白い、と感じていただけたなら、それはすなわち、そのアイデアのエッセンスを理解したという事であり、十分に数理モデル研究をする資格があると言えるでしょう。ですから、読者のみなさんの中に、何か生命現象について独自の「仮説」をお持ちの人がいれば、ちょっとだけ、昔大学で習った教科書を引っ張り出すか、あるいは、もっとお手軽に、数学が得意な人協力してもらい、そのアイデアを数式化してみましょう。そこに、素晴らしいお宝が出現するかもしれません。もしそんなことが起きれば、コラムの著者として、これ以上うれしいことは有りません。




連載コラム 「生命科学の明日はどっちだ」 目次