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第一話 異世界にやってきてしまった!?
米国のとある住宅地の歩道で追いかけっこをしている猫と鼠がいた。
青っぽい毛をしている猫が二足で走って追いかけ、茶色いねずみも同じく二足で走って逃げている。
ここではこのような人間らしい動物は珍しいものではない。周囲の通行人はそれを見て面白がっているか、彼らの追いかけっこに巻き込まれてうんざりしているものもいる。
そんなことを気にせずに追いかけっこをしている猫と鼠、トムとジェリーは狩るか狩られるかの関係ではなく、いつものようにイタズラされたから反撃をするのではなく、ただ追いかけっこをしたいだけだ。
彼らの家の前でトムが跳んでジェリーを捕まえた。猫の手に握られているジェリーはまいったという笑顔をトムに見せ、トムも笑う。本当は家に帰っても追いかけっこは続くが、今日は少し疲れたしもうすぐ夕方だ。続きは明日にしよう。
ジェリーを解放したトムは彼と一緒に家に入り、夕食のミルクをごくごく飲みながらチーズを美味しそうに食べるジェリーを見る。チーズの匂いは嫌いだけど、お手伝いさんに頭を叩かれた時は食ってたな……今は食えないけど。
時計の針が午後の九時を指しており、もう寝る時間だ。壁の下に空けられている穴の中に入る前に手を振って「お休み」と伝えるジェリーにトムは返事をしたあと、猫用のベッドで丸くなって寝る。
朝起きて、飯食って、追いかけっこをして、また飯食って、また追いかけっこをして、またまた飯食って、またまた追いかけっこをするか今みたいに寝る。食べ物を買うお金がなくなったらバイトをしたりはするが、これがトムとジェリーの毎日である。
そして眠っていると、毎晩異世界にいる夢を見ている。ある時は原始時代、ある時は近未来的なSF世界、ある時は中世、ある時はファンタジーな世界でドラゴンを倒しにいったな〜ジェリーとそのドラゴンにひどい目に遭わされたけど。でもまあ、朝になればその世界で過ごしてきたことは夢だってわかる。
朝が来たらな……
……ね……お……な……
……おきな……さ……
起きなさい!
突然の大声に驚き、トムは上半身を起こす。目を開くと、家にはない光景が広がっていた。目の前に木の幹が数十本生えていて、それらの葉っぱの隙間から日差しが漏れている。ベッドで寝ていたはずの自分が草が生えている地面の上で寝ていたようだ。……これらが家の中にあるわけじゃなくて、家じゃないところの森に寝ていたんだな。
そう理解したトム。しかし、どうして自分がこんなところに寝ていたのかがわからない。いつか、夜中の時にトムを眠りながら襲撃してたジェリーのように無意識にここまで来たかもしれないが、んなわけあるか。
「もう、こんなところで寝ていたら襲われるよ」
トムを目覚めさせたのと同じ声に振り向くと、そばに見知らぬ少女が座っていた。金髪のロングヘアーに緑色の瞳、羽や木の葉を素材に使った民族衣装をしている。彼女を見たトムは今自分がいる場所を聞こうとした時、少女の耳に注目した。
長い。長くてとんがっている。こんな耳をしているのはジェリーから借りたファンタジー小説の中しか登場しない種族だ。空想の存在に過ぎない。
だけど、そんな耳をしている少女が目の前にいる。しばらくして眺めていると、トムの視線に少女が気づいたようだ。
「私の耳が気になるの? ……人間じゃない種族からそう反応されるなんてね」
人間じゃない種族……? 何を言っているんだ? 耳が変わっているとはいえ、お前も人間じゃないのか?
「えっ? 私が人間ですって? 何言ってるのよ、私はエルフよ。エルフのぺリよ」
どういうわけか会話ができるようだ。それより、エルフっていうのはやはりファンタジー小説によく出ている架空の種族じゃんか。森に住んでいて魔法や弓がうまい設定のやつだな。
すると、ペリという少女が頬をふくらませてトムを睨む。なんか悪いことを言ったのかな? ていうか俺全然言葉にしてないけど。
「エルフはおとぎ話にしか出てこないって本当に思ってるわけ? 呆れた! あなたってなーんにも知らないのね! この世界は人間以外にもたくさんの種族が生活しているわ!」
……今度はこういう設定の夢かよ。つまらない夢を見てる時はジェリーを追いかければ楽しくなるんだけど、近くにはあいつがいないから無理だな。早く覚めてくれよ。
すると、ペリが怒った顔を近づけて問い詰めてきた。
「さっきから怪しすぎるわ! まるで自分はこの世界の人ではありませんでした〜って言ってて、何か企んでいるんじゃないの!? ここでひっそりと住む私たちを滅ぼそうとする人間みたいにさ!」
ああもう、誰か俺を起こしてこんな夢から覚まさせてくれ! ケツに火を当ててもいいからさ!
音を立ててトムの尻尾が本当に燃え上がった。でも、視界がまったく変わらないし、尻がかなり熱い。思わず叫ぶ。
「アアアアアァァァーーー!!」
飛び上がったトムは地面に着地したあと、その場を走り回って尻尾の火を消そうとするが、なかなか消火しない。ふーふーと息を吹きかけて消している時に全身に水がかかった。火は消えたけど、尻尾の先が黒焦げで毛皮がずぶ濡れで重くなった。
そんなトムに手を突き出しているペリが言った。
「これで信じてもらえるかしら? 魔法を使えるエルフがあなたを助けたってことを」
俺の尻に火をつけたのは……
「なんのことかしらね」
大きくため息をしたあと、トムは今の状況を受け入れた。エルフや魔法が存在する世界に自分がいることを。そしてこれは夢ではないことも。
視線を落としたまま顔を上げないそんなトムにペリはなんとか元気付けようとする。
「とにかく、私の里に来てみたら? こんなところで話すと奴らに見つかるし」
……そうするしかなさそうだな。
「あなたの名前は?」
トム。トーマス・キャットのトムだ。
「そう。よろしくね、トム」
エルフが登場するようなファンタジーな世界なんて夢かフィクション作品などしか見ているある意味現実的な猫と鼠が異世界で暮らす話。
ちょっと気は強いけど根は優しいエルフの少女、周りから誤解されるけど料理がうまいオークの青年、空想の種族にトムとジェリーはどう関わるのかは、この時はまだ知らなかった。
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