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2016-02-16
■[読書][経済] アマルティア・セン、ジャン・ドレーズ『開発なき成長の限界』

中国経済に関しては、今まで何冊か本を読んできて現状や問題点が素人なりにつかめてきた感はあるのですが(とりあえず現状と問題点を知りたいなら丸川知雄・梶谷懐『超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト』と津上俊哉『中国台頭の終焉』を、もう少し以前から中国経済の変化を知りたいなら岡本信広『中国―奇跡的発展の「原則」』あたりを読むとよいと思います)、中国についてアジアの大国となるであろうインドについては、まったくつかめていない状況でした。
そんな状況で知ったのがこの本。ノーベル経済学賞を受賞したインド生まれのアマルティア・センが、ベルギー生まれで2002年にインド国籍を取得したジャン・ドレーズと組んで、インドの経済、そしてさまざまな社会制度や統治システムの現状と問題点について語った本です。
目次は以下の通り。
第1章 新しいインド?
第2章 成長と開発をつなげる
第10章 忍耐はもういらない
インドの問題点、それはタイトルの「開発なき成長」という言葉に集約されています。ここでいう「開発」はインフラなどの開発だけでなく、教育や健康など人間の開発といったものを含む概念です。
著者たちは、現在のインドを「サハラ以南アフリカの大海にカリフォリニアの島々が浮かんでいるかのような様相」(16-17p)と表現していますが、まさに一部の人間だけが成長の果実を受け取り、それ以外の大部分の人々が貧困のまま取り残されているのがインドの現状なのです。
独立から1980年頃まで3%台の成長しかできなかった(人口の伸びを考えると1%台の成長)インドは、80年代から5%台の成長を示すようになり、2000年から〜2010年にかけては7%台後半と、成長率だけならば中国に迫るような数字を見せています。
こうしてインドはBRICsの一角として注目されるようになるわけですが、2010年時点で1人あたりのGDPは中国の半分以下、ブラジルの3分の1以下、ロシアの4分の1以下です。また、乳児死亡率は他の3カ国とくらべ著しく高く、平均就学年数もロシアが11.7年、中国が7.5年、ブラジルが7.2年であるのに比べてインドは4.4年。栄養不良の子どもの割合も飛び抜けて多いです(以上、111pの表より)。
実はサハラ以南アフリカを除くと、2011年の一人あたり国民総所得がインドより低い国は15カ国しかないのです。
その15カ国とは、アフガニスタン、バングラデシュ、ミャンマー、カンボジア、ハイチ、キルギス、ラオス、モルドバ、ネパール、パキスタン、パプア・ニューギニア、タジキスタン、ウズベキスタン、ベトナム、イエメンで、並べてみると「確かにそんなものか」とも思えるのですが、インドがまだ「貧困国」から抜けだした(あるいは抜けだそうとしている)ばかりだということが改めてわかります。
しかも、これらの国と比較してもインドの「開発」の状況はよいものではないというのが、著者たちの見立てです。
例えば、インドと同じ南アジアのバングラデシュを比較すると、1人あたりのGDPではインドはバングラデシュの倍以上ですが、平均寿命、子どもの健康状態、教育などでバングラデシュを下回っていることが指摘されています。しかも、その数字の多くが19990年にはインドが上回ていたのに、2011年には逆転されているものなのです(98-99pの表より)。
この要因の一つは、バングラデシュに比べてインドの女性の地位向上が遅れているからだといいます。
女性の労働参加率はバングラデシュの57%に比べて、インドは29%。15〜24歳の識字率に関しても、男子はインドが上回っていますが、女子はバングラデシュが上回っています(103-104p)。
さらにバングラデシュでは膨大な数の女性が保健活動員として政府やNGOのもとで働いており、それが子どもの健康状態の改善にもつながっていると思われます。この結果、インドでは性選択中絶が行われたことによって子どもの男女比が男子1000人に対して女子914人といびつなものになっていますが、バングラデシュでは男子1000人に対して女子972人とほぼ正常な値となっています(2011年のデータ、106p)。
ただ、インドには悪い面ばかりかというとそうではありません。著者たちが重要視するのはインドの民主主義です。
インド経済の停滞は民主主義のせいである、といった意見もありましたが、近年のインドの成長はそれを覆しつつあります。また、確かに非民主国家の中国に比べて、人間の生活をめぐるさまざまな指数が劣っているのは確かですが、民主主義のインドでは中国のような上層部の判断のみによって経済が危険にさらされるようなことがありません。
この例として、すぐに頭に浮かぶのが大躍進政策と文化大革命ですが、著者たちは改革開放政策の中で「農村合作医療制度」が打ち切られ、寿命の伸びが鈍ったケースを紹介しています。農村向けの公的医療制度は2004年前後から「新型合作医療制度」として再び導入されますが、著者たちは民主主義ならこう簡単に制度を打ち切れなかっただろうと述べています(42-43p)。
ここまでが第3章で、インドの置かれているおおまかな状況がスケッチされています。
第4章以降は、インドの抱えるそれぞれの問題を見ていく構成になっています。インドの社会問題を網羅的にとり上げる内容になっているために、ここではすべてをとり上げませんが、いずれの問題についても、早急な市場化だけでは事態は改善できないというのが著者たちの見立てです。
インドではアメリカなどの大学教育を受けた人も多く、市場化によって事態が改善されるという意見も強いのですが、著者たちは情報の非対称性など、いわゆる「市場の失敗」が起こりやすい分野でも市場化を進めようとする考えに対して警鐘を鳴らしています。
また、社会問題をとり上げる中で、インドの地域間の格差が見えてくるのもこの本を読んでの発見でした。大雑把なインドの歴史に関する知識から、北部のガンジス川流域の地域が豊かで南部が貧しいのかと思っていましたが、そうではないのですね。
この本にとり上げられている、さまざまな開発指標において好成績なのはケーララ州、タミル・ナードゥ州といった南部の州であり、北部の州の成績はあまり良くありません。
特に男女不平等の一つの指標と考えられる出生時の性比の推定値(男子が好まれるインドでは女児に対する選択的中絶が行われており、通常、男児1000人あたり女児が940人ほど生まれてくるが、インドでは2011年の数字で男児1000人に対して女児919人(342p))を州別にあらわした地図(344p)を見ると、女児の多い南東部と女児の少ない北西部できれいに分かれています。
これは北東部のほうが女性に対する教育や保健医療の提供が行き届いていないからで、かつての中心地だった地域が逆に「遅れている」状態になっています。
インドで女児が好まれない要因としては、結婚のときに必要とされる持参金(ダウリー)の問題もありますが、この本によるとダウリーもインド全体の伝統というわけではないようです。
持参金の習慣は、以前にはそのようなものがなかった社会集団へと20世紀の間に着実に広がっていった。このような現象が生まれる理由として、持参金をはじめとする、かつては上位カーストの一部だけに限られていた家父長的な規範の多くが、社会的地位の高さや地位の上昇の象徴と見なされているという点を挙げることができるだろう。(330p)
このダウリーに関しては、「つくられた伝統」的な部分もあるのかもしれません。
よく教育の質を上げるには教員待遇を上げるのが一番の近道だという意見を聞きますが、この本では、あくまでインドの話ではありますが、この見方が否定されています。
インドでは政府から任命される給与委員会によって公務員の給与を決めていて(人事院みたいなものか?)、教員の給与は他の民間の仕事に比べてかなり高いものになています。しかし、教員のパフォーマンスは満足の行くものではないといいます。
これは、教員の給与が高いために、多くの州が常勤教員の雇用を止め、あまり訓練の受けていない「契約教員」を正規の5分の1ほどの給与で雇うようになっているからです。そして、訓練を受けているが(雇用が安定しているため)気楽に構えている常勤教員と、非正規であるが、雇用が不安定であるため説明責任を果たす必要のあるより活発な契約教員がいる二重構造になってしまっていると言います(205ー207p)。
あくまでもインドについての分析ですが、教員の二重構造というのは日本の現場でも起きている事態です。
このように、インドの現状について網羅的に知ることができる本であると同時に、他の国にあてはめても有効な社会問題へのアプローチの仕方を知ることのできる本でもあります。
もっとも、センの立場というのにも党派的なものはあり、そのあたりはこの本が出た直後に行われたセンとパグワティオの論争を紹介した山形浩生氏のブログ「センとバグワティがけんかしとるでー。」でも紹介されています。
もちろん、この本での著者たちの分析や処方箋がすべて正しいというわけではないと思います。それでも、インドの経済や社会についてこれだけしっかりとまとまったものは初めて読みましたし、現在のインドを知る上で非常に参考になるほんだと思います。
開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断
アマルティア・セン ジャン・ドレーズ 湊 一樹
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