「ただ、それだけでよかったんです」
第22回電撃小説大賞、大賞受賞作。
ということで読み終わりました。
dengekibunko.jp
ある中学校で一人の男子生徒Kが自殺した。『菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない』という遺書を残して――。 自殺の背景には“悪魔のような中学生”菅原拓による、Kを含めた4人の生徒への壮絶なイジメがあったという。だが、Kは人気者の天才少年で、菅原拓はスクールカースト最下層の地味な生徒。そして、イジメの目撃者が誰一人としていなかったこと。彼らの接触の証拠も一切なかったことなど、多くの謎が残された。なぜ、天才少年Kは自殺しなければならなかったのか。 「革命は進む。どうか嘲笑して見てほしい。情けなくてちっぽけな僕の革命の物語を――」 悪魔と呼ばれた少年・菅原拓がその物語を語り始めるとき、そこには誰も予想できなかった、驚愕の真実が浮かび上がる――。 圧倒的な衝撃、逃れられない感動。読む人全てを震わせ4,580作品の頂点に輝いた衝撃作。
上記は公式サイトの引用です。
AURA、はがない、俺ガイル、等を代表とするラノベスクールカースト物にまた一つ追加されることになったわけです。
GAGAGA文庫の江波さんの作品と発想が似ているという指摘もありました。
文章的にも特に引っかかるところはありませんでしたし、「人間力テスト」という装置を元に展開させた物語もネット社会と通ずるところもあり、現代の青少年であれば非常に共感しやすい内容だと思います。
個人的には「人間力テスト」のアイディアと主人公のキャラ造形に秀逸さを感じました。
ミステリ仕立ての物語展開もなかなか読ませる内容です。
ただ、小説本編の内容云々ではなく別の部分で色々と気になるところがあるな・・・と感じまして。
本記事ではそっちのほうを主題にしてちょっと考えてみたいと思います。
○○っぽくないや原点回帰などの評判
「ただ、それだけでよかったんです」を読み終わった上で他のサイトの感想いろいろ読んだわけですが・・・
ほとんどで見られたのが○○っぽくない。
という表現でした。
ただ、それだけでよかったんです - Twitter Search
はてなブックマーク - 【電撃小説大賞受賞作】イジメやスクールカースト…学校の闇に立ち向かい、理想の教室を目指した1人の少年の奮闘とは | ダ・ヴィンチニュース
小説感想。「ただ、それだけでよかったんです」 - 増刊 かわらや日記
ただ、それだけでよかったんですの感想レビュー(ライトノベル) - gurimoeの内輪ネタ日記(準備中)
例えば「電撃っぽくない」「ラノベっぽくない」、また変形で「メディアワークス文庫の方があっているのでは」
といった内容もありました。
それどころか作者自身がインタビューで「メディアワークス文庫賞」のほうが良かった的なことまで言ってるわけです*1。
ですが、私は「ただ、それだけでよかったんです」を読んだ上で
もし私が電撃小説大賞の選考委員ならばなんの賞をあげるかな、と考えたると「電撃文庫大賞」を挙げたのは適切な判断だろうな。
と思ったのが正直なところです。
まず、主人公のキャラ造形や随所に挟まれるシーンから圧倒的なオタク臭さ*2を感じました。
物語中に存在する「人間力テスト」では、各生徒が自分が支持する人、かっこいい人などを回答する問が存在します。
ここに書かれた数が多い生徒ほどランキング上位に位置することになるわけです*3。
主人公はそのなかで下から12番目に位置する最下位に程近い部分に位置しています。
このような序列の中で上位の人間達とどう主人公が関わるのかといった部分も描かれるわけです。
底辺層からの逆襲的な要素も含まれていたりします。
男性的なしゃべり方をする女性キャラだとか、無意味なご褒美おっぱいとか*4、まぁ、とにかくそういう要素もかなりありました。
ただし、これらの要素があるからといって別に評価が落ちるわけではありません。
しかしながら、作者が言っていたような、メディアワークス文庫賞にふさわしいか?といわれれば正直しっくりきません。
主人公が10台の高校生男子というのも大きい。
ここでメディアワークス文庫というのは一体どのようなレーベルなのか振り返っておきます。
以下wikipedia引用*5
・2009年(平成21年)12月16日に創刊された文庫レーベル
・キャッチコピーは、「ずっと面白い小説を読み続けたい大人たちへ――」
・一般的な文庫とは違い、表紙がコミックタッチのイラストを用いたものが多く、本文の文字サイズは電撃文庫に比べると大きくなっている。また、カラーの口絵が1枚挿入されている。
また公式サイトを見た限りでは、大人が主人公のお仕事物などが多数存在します。
学生が主人公のものも存在するのですが、スポーツ物や甘酸っぱい*6恋愛物など端的に言えばリア充側の物語です。
過去の受賞作も振り返ってみましょうか。
・2010年
〔映〕アムリタ
太陽のあくび
・2011年
魚眼レンズ(空をサカナが泳ぐ頃)
おちゃらけ! (おちゃらけ王)
典医の女房
・2012年
侵略教師星人ユーマ
やまびこのいる窓(月だけが、私のしていることを見おろしていた。)
・2013年
玉響通り綾櫛横丁加納表具店 (路地裏のあやかしたち 綾櫛横丁加納表具店)
・2014年
WORLD OF WORDS 神は世界を記述する
(C.S.T. 情報通信保安庁警備部)
・2015年
ちょっと今から仕事やめてくる
これらの作品の主人公を並べると以下のようになります。
〔映〕アムリタ 芸大生(2年生)
太陽のあくび 少年部(高校生)
魚眼レンズ(空をサカナが泳ぐ頃) 出版社社員
おちゃらけ!(おちゃらけ王) 大学生
典医の女房 江戸時代の医者の妻
侵略教師星人ユーマ 女子高生
やまびこのいる窓 社会人女性
玉響通り綾櫛横丁加納表具店 男子高校生
WORLD OF WORDS 神は世界を記述する 情報通信保安庁警備部(創作)
ちょっと今から仕事やめてくる 社会人男性
高校生以下が主人公格の作品は以下の3つだけです。
・太陽のあくび
・侵略教師星人ユーマ
・玉響通り綾櫛横丁加納表具店
更にそれぞれの作品は以下のようなあらすじになっています。
■太陽のあくび
頼子が残りの房を口に放り込む。この果実の味を、彼女の顔が語っている。頼子は食べているときが一番かわいい。
「まだあるけん。食べる?」
愛媛の小さな小さな村で開発された新種の夏ミカンが通販番組で販売されることになり、少年部のリーダー・風間陽介は父と一緒に東京へ赴くが、生放送は失敗。大量の在庫を抱えることに。
東京のテレビ局と愛媛の小さな村で、夏ミカンを中心に繰り広げられる、彼らの物語。
■侵略教師星人ユーマ
どこにでもありそうなのどかな港町。唯一よそと違うのは、この町の海が宇宙人に占拠されていることだった。ある朝、宇宙船に向かって怒鳴り散らす青年を舞依は見かける。自らが真の侵略者であると意味不明なことを説く青年を見て、登校前の高揚した気分が萎える舞依だった。舞依の災難は終わらない。なんと新しい担任が、あの青年、ユーマだったのだ。言動は変だが、どこか筋が通っているユーマはいつの間にか生徒達の人気者に。だが、彼にはとんでもない秘密があり!?
■玉響通り綾櫛横丁加納表具店
高校生の小幡洸之介は、画家である父の作品が夜になると動き出すという怪奇現象に日々悩まされていた。そんなとき、クラスメイトから「玉響通り綾櫛横丁にいる大妖怪が、そうした事件を解決してくれる」という噂を聞き、半信半疑で訪ねることにする。丑三つ時を狙って綾櫛横丁の奥へと足を進めると、たしかに怪しげな日本家屋が建っていた。意を決して中へと入った洸之介が出会ったのは、加納環と名乗る、若く美しい女性表具師だった。
なんともさわやかそうで、ハッピーな展開が予想できる作品ばかりです*7。
高校生が主題であっても、大人と関わることになったり社会との関わりに注目したり開放的なイメージをうかがわせます。
さて、そこで「ただ、それだけでよかったんです」を振り返ってみるとどうでしょうか
・主人公は男子高校生
・スクールカースト下位層
・スクールカースト上位者への復讐的な展開*8
・わりと陰惨で重めの展開
ぶっちゃっけまったくMW文庫には似つかわしくありません。
正直に言うとこの手の作品を私がどこで一番見ることがあるかというと既存のライトノベルレーベルです。
それこそ本記事冒頭であげた「AURA」、「はがない」、「俺ガイル」などのライトノベルやGAGAGA文庫の江波さんの一連の「学園三部作」との共通項が強く見えるほどです。
強烈にライトノベル的な作品であるといっていいでしょう。
少なくともMW文庫とは対極に位置するといっていい。
また、原点回帰的な作品という発言にも首を傾げざるを得ません。
そもそも「スクールカースト」という用語自体、近年注目され始めた用語です。
だいたい原点まで回帰するとスレイヤーズだとかオーフェンだとかまでさかのぼってしまいます。
電撃文庫大賞の原点なんか異性人とのバトルを描いた「五霊闘士オーキ伝」や仮想現実を主題にした「クリス・クロス」です。
おそらく、2000年代初頭のブギーポップのような作品をイメージしているのではないかと思いますがかのブギーポップもあえて分けるのでれば学園異能物といったところでしょうか*9。
ここまで考えると「ただ、それだけでよかったんです」は非常にラノベらしい作品であり、ラノベっぽくない、原点回帰、MW文庫的といった感想にあてはまるとは正直なところ思えませんでした。
ただ、「電撃大賞的ではない」という部分はうなずけるところがあります*10。
この点に関しては異色な作品ではあるかなとは思いました。
融合・乖離するレーベルのイメージ
冒頭でも述べましたが、MW文庫のキャッチコピーは「ずっと面白い小説を読み続けたい大人たちへ――」です。
必然的に社会人が主体の物語が多くなりますし、実際そういう作品が多く刊行されています。
ところが、実際にライトノベルを読んでいる人たちには違ったイメージが付いてしまっていることがわかります。
まさか大賞受賞者までそういったMW文庫へのレーベルイメージを持っているとは思いませんでしたが*11。
むしろ、ビブリア古書堂の事件手帳があれだけ売れたのを見ると普段ラノベを読まない層の方がレーベルの打ち出している正しいイメージを正しくつかんでいるといえるでしょう。
なぜラノベを齧った人ほどレーベルの打ち出すイメージを違う形で捕らえてしまうのか・・・と考えた時正直どす黒いイメージしか思い浮かびませんのでここであえて上げるのはやめておきましょう。
ただ、このレーベルイメージの混乱はわりと現在のライトノベル業界で重要な問題のひとつではないかと思ってます。
できればもう少し皆で共通の概念を持てればよいのですが・・・
今回はこんなところで。
*1:http://dengekionline.com/elem/000/001/215/1215461/
*2:悪い意味ではない
*3:正確には他にも色々ありますが割愛
*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9%E6%96%87%E5%BA%AB
*6:もはや死語か?w
*7:念のため言っておきますが、だからといって作品の評価が落ちるというわけではない
*8:厳密にはあれですが、まぁ本編を読んでください
*9:少なくとも受賞した1巻はそういっていいでしょう
*10:過去の受賞作を振り返るとファンタジックだったりバトルを描いていたりする
*11:受賞作品の研究をしていない? 別にそれが悪いわけじゃないですけど