爆買い
ここ数年、タイやインドなどのアジアサッカーのプロリーグの隆盛が目覚ましいが、その中でも最も話題を振りまいているのは、何と言っても中国スーパーリーグである。
正直言って、昨シーズンまでは「まあ、凄いって言ってもロートルが多いし、そもそも中国代表があのザマだし、そこまで騒ぐ程でもない」と思っていた。半ば言い聞かせていたと言ってもいいだろう。
現代は、衛星放送やインターネットの力で瞬時に情報が伝わるようになった。それはサッカーの世界でも一緒だ。もう95/96シーズンのマンチェスター・シティのように、他会場の情報が誤って伝えられ、得点が必要なのにも関わらずドローでいいと勘違いして、選手がアディショナルタイムまで時間稼ぎをするなどというマヌケなことは起きない。いや、起きるかもしれないが…
選手の情報も同じだ。昔と違って今ではいい選手の情報はすぐ伝わるし、ビッグクラブが狙っている選手の名前は常にどこかで囁かれている。エウケソンやコンカ、ムリキが素晴らしい選手であることは認めるが、欧州のクラブの一線級でやれる選手なのかどうかと言われると疑問がある。
かつて来たグジョンセン、デンバ・バ、シソコ、ギャン、アネルカ、ドログバも、決してキャリアハイで来たわけではない。いくらテレビが「中国は凄い選手がたくさん来ている」と囃し立てても、本当にサッカーを見ている人にしてみれば、ワールドクラスが勢揃いしているというレベルではないことはわかっていた。
だが、今シーズンは違う。獲得した選手をぱっと挙げただけでも、フレディ・グアリン(インテル→上海申花)、ラミレス(チェルシー→江蘇蘇寧)、ジャクソン・マルティネス(アトレティコ・マドリー→広州恒大)、ジェルビーニョ(ASローマ→河北華夏)など、欧州でもまだ十分にやっていける選手たちをガンガン買っている。
中でも驚いたのはシャフタール・ドネツクからやって来たアレックス・テイシェイラだ。彼はわりと本気でリバプールが狙っていた選手だ。だが、リバプールは65億円という移籍金が彼の実力には見合わないと見て支払いを渋っていた。そこを江蘇蘇寧がかっさらっていったのだ。
江蘇蘇寧は、これでラミレス、ジョー、テイシェイラと新旧ブラジル代表をずらっと揃えたことになる。ラミレスとジョーはともに28歳、テイシェイラに至っては26歳。サッカー選手としてはまさにキャリアハイだ。一番いい時期を中国で過ごす決断を下したことになる。
年金リーグ
かつて、Jリーグが開幕した当時、ちょっと前のW杯で活躍した選手がゾロゾロいた。ラモン・ディアス、ギャリー・リネカー、フリスト・ストイチコフと、W杯で得点王を取った選手が次々と来日したし、レオナルド、ジョルジーニョ、セザール・サンパイオ、ジーニョ、エバイール、ドゥンガなど、現役ブラジル代表がゴロゴロしていた。
創成期のJリーグは「年金リーグ」などと揶揄されていた。もう欧州では通用しなくなったロートルが行く所だと思われていた。だが、日本全体が不況の波に飲まれ、企業の経営が悪化してくると、綺羅びやかだが年俸が高く、そのわりに稼働率が低い選手よりは、名前は知られていないが能力の高い選手を呼んでこようと言う流れになった。
1995年の名古屋グランパスで、アーセン・ベンゲル監督は、元々いたドラガン・ストイコビッチ以外の外国人選手は自らの目で確かめて獲得した。それがトーレスやジェラール・パシやフランク・デュリックスだった。彼らは誰もが知る選手たちではなかったが、チームのピースとして素晴らしい働きを見せて、名古屋グランパスの躍進に大いに貢献した。
その後、ガンバ大阪でパトリック・エムボマがブレイクすると、その流れはもう既定路線になり、Jリーグにはスーパースターが殆ど訪れなくなっていった。たまにベベットやイルハン・マンスズなどの「有名ドコロ」が加入することもあったが、「実より名」の選手ではもはや通用しないほどJリーグは成熟していた。
2014年にディエゴ・フォルランがセレッソ大阪に加入した時は、久しぶりのJリーグへの大物外国人の加入ということで、メディアは色めき立った。だが、結局のところフォルランも期待されたような活躍を見せつけることは出来ずに、あろうことかセレッソ大阪はJ2に降格してしまう。
フォルランの移籍には、ヤンマーの世界戦略の一環だとか、Jリーグ側も一枚噛んでいるとかいろいろな噂があるが、残念ながらこのプロジェクトは失敗に終わったと言っていいだろう。いまのJリーグは、1つの個に頼るサッカーで勝てるほど甘いリーグでは無くなってしまったのだ。
欧州と直接競合できる資金力。
では、中国スーパーリーグはかつてのJリーグのようにこれから衰退していくのだろうか? そこはなんとも言えない。中国リーグはいまやJリーグが通らなかった道へと足を踏み入れたからだ。欧州との競合に打ち勝つ資金力を手にし、ビッグクラブが本気で狙っている選手を掠め取ってくるだけの力を得たのだ。
この場合の「力」とは、資金力のことだけを意味しない。選手の移籍に関して重要なのは人脈だ。日本に来ている多くのブラジル人やドイツに移籍している選手の代理人がほぼ特定の人物であるのを見るまでもなく、大物代理人とのネゴシエーションは移籍に関して大きな武器になる。
たとえば広州恒大に移籍したJ・マルティネスの代理人はエンリケ・ポンペオという人物だが、J・マルティネスがFCポルトからアトレチコ・マドリードに移籍した時には、世界一の代理人であるジョルジュ・メンデスも絡んでいる。中国リーグのチームがこういう太いパイプとの繋がりを手にしたのであれば、もうJリーグとは完全に別の道に進んでいると言っていいだろう。
日本にとって幸いなのは、この中国スーパーリーグの熱気が中国代表を強くする方向には働いていないことだ。リオデジャネイロ五輪はアジア予選敗退し、ロシアW杯アジア2次予選でももはや敗退は濃厚。ウラジミール・ペトロビッチ、ホセ・アントニオ・カマーチョ、アラン・ペランなどの名将を招聘しても、中国代表は一向に強くならない。
先に現代では情報が伝わるのが早くなったといったが、それは選手やチームの情報だけでなく、育成に関しても同じだ。世界中で差はあれど、だんだんスカウティングは均質化してきている。逆に言うと、世界の隅々までスカウトの網が張り巡らされているとも言える。
同じようなスカウティングで選手を発掘するのであれば、人口の多い方と少ない方のどちらから優秀な選手を見つけやすいかは言うまでもない。ただ、中国はそういう「いい選手を発掘し、個性を伸ばしながらチームの一員として戦える選手を育てる」メソッドが決定的に不足している。
杭州緑城の監督を2012年から2年間務めた岡田武史監督によれば、いまでもまだ「コネで試合に出る」という習慣が中国には根付いているのだという。トップリーグであるスーパーリーグですらそうなのだ。それより下のリーグや若年層の試合などではどういう方針でチーム運営がなされているかは推して知るべしである。
Jリーグは、来日した外国人選手が後に多大な影響を与えた。ジーコは「プロとはなんであるか」を伝えてくれて、代表監督までも務めた。ストイコビッチは引退後に即ユーゴスラビアのサッカー協会会長に就任した縁もあり、その後何度も親善試合等で対戦することになる。実は、欧州の国で最も多く日本と対戦しているのはセルビアなのだ。
だが、今のところ中国リーグで活躍した選手や監督が、その後中国サッカーに大きな影響を与えた事例は聞こえてこない。広州恒大はマルチェロ・リッピが監督退任後もアドバイザーを務めるという話だったが、ファビオ・カンナヴァーロの失敗でその話もお流れになったようだ。
中国は、時の指導者がよく「サッカーを強化したい」と話すものの、いまいちそれは実現せずに終わっている。現にいまも習近平がサッカーに力を入れるような事を語って入るが、どうしてもすぐに結果を求める傾向があり、なかなか長期的な強化には繋がっていないようだ。
いまのままのあなたでいて。
よく、日本が強くなるためには、中国が強くなってアジアの中での競争が激しくなる方がいいという人がいるが、自分はそうは思わない。中国が本当に強くなってしまったら恐らく手がつけられないからだ。
日本のサッカー人気の生命線は代表チームの強さなのだ。W杯に出られなくなってしまえば、サッカーはたちまち人気競技の座から追われ、サッカーの競技人口も減り、Jリーグは致命的なダメージを受けるだろう。
だからこそ、中国にはこのままお笑いでいてもらいたい。外国人はどんどん豪華になって欧州とガッツンガッツンの移籍バトルをしてもらって構わないし、中国人には是非代表チームの成績ではなく、自分の町にあるチームの応援に歓びを見出して欲しい。
Jリーグは金の力で強さを買うのをやめた。というより諦めた。だが、中国はそのさらに先の道へと足を踏み入れた。だから、代表チームの強さが金では簡単に買えないということには、このまま気が付かないでいてもらいたい。