(例によって、「堅気の方」には面白くない記事だ)
平成14年3月19日、札幌高裁の確定判決だ。事案は以下の通り。
被告人A女が、昭和59年1月10日に行方不明になった当時9歳の被害者Bを、被告人A女方で殺害したとして、殺人罪で起訴された事件にかかるものである。
昭和62年に被告人A女の嫁ぎ先で火事があり、焼失を免れた納屋から、人骨が発見された。
警察はBのものであるとの見方を強め、被告人から事情聴取をするなどしたが、決定的な証拠は出ず、起訴には至らなかった。
平成10年になって、DNA鑑定が行われ、Bと人骨が同一人物のものであるとの客観的証明がなされた等のことから、同年11月15日にAは逮捕され、12月7日に起訴された。
公訴事実は「被告人A女は、昭和59年1月10日、札幌市豊平区の(中略)被告人宅において、Bに対して、殺意をもって、不詳の方法でBを殺害した」というものだ。
被告人Aは、捜査段階でも、公判段階でも黙秘を貫いた。被告人質問において、「無罪」の主張さえもせず、黙秘を貫いたのだ。
第一審の判決の札幌地方裁判所は、「被告人が殺意をもってBを死亡させたと認定するのは、合理的な疑いが残る」旨、判示し、被告人A女に「無罪」を言い渡した。
「被告人Aが無罪の弁解すら行わず、一貫して黙秘していることは、殺意認定の状況証拠に他ならない。そもそも、黙秘していさえすれば、無罪となるなら、ふてぶてしい奴が得をすることになりかねない」等の論評があったが、それに後押しされたのか、それとも既定路線としてなのか、検察は「控訴」した。
控訴理由は、①被告人Aには負債を抱えていた等の状況証拠から、被告人には身代金要求の動機があり、②この点を除いても、被告人の殺意を認定するに足りる数多くの状況証拠がある、というものであった。
この事件は、捜査が特異な経過をたどっているだけでなく、起訴状の記載も「殺意をもって、不詳の方法でBを殺害した」というものなので、「今までに例の無いケースだな…」と注目した記憶がある。
当時の俺は、警察と縄張り争いをしながらも、ガラを押さえ、ブツをガサしたりして押収し、事件を送検する捜査の仕事をやってたので、同じ「司法警察員」としては、警察、そして検察を応援する一方で、他方、法律を勉強した者としては「このような状況証拠のみで、殺人罪を認定するのは、難しいんじゃないか」と思い、A女に対して「有罪となれ」という気持ちと「無罪になれ」という気持ちの狭間で、揺れ動いた記憶がある。とは言え、前者の気持ちが強かったのも事実だ。
果たして、控訴審である札幌高裁の判決は、「控訴棄却」つまり、「無罪」であった。
理由は、札幌地裁とほぼ同じで、「…被告人の殺意を推認させるものとはいい難い」とするものであった。検察側は上告せず、この高裁判決で確定した。
ここで問題となるのが、被告人の黙秘である。
黙秘権は保障されており、黙秘したことをもって法律上不利益な取り扱いをすべきではないとされている。
しかし、黙秘したことによって、検察官の立証で形成された裁判官の「心証」が崩れないという「事実上の不利益」は生じ、それが被告人に対して、不利に働く場合があることは否定しがたい。
しかしやはり、黙秘したことをもって、「法律上の不利益」を生ぜしめるのは、できないだろう。つまり、「黙秘」を「実質証拠」として取り扱うのは難しいだろう。
和歌山の毒カレー事件のような、実質証拠(被告人宅での「ヒ素」の発見等)が無く、状況証拠だけしかない場合は、当該証拠のみをもって、公訴事実に対しては、有罪とすることはできないのである。
もっとも、このように考えると、「殺されたBおよびBの遺族は浮かばれない」という意見が出てくる。感情としては、それは当然だ。
また、殺人罪が無理なら、傷害致死罪として、Aが処断されるべきだと思うかもしれない。しかし、本件の場合、傷害致死罪の(当時の)公訴時効が完成しており、立件自体が不可能な事案だったのだ。
このような理不尽な結果が生じないよう、加害者が然るべき報いを受けるよう、捜査法と証拠法及びそれらをめぐる環境整備が、なされるべきだと思う。
前回の続きを書く。
息を飲みながら、脱衣場の影を見つめる俺、果たしてドアが開いた。
入ってきたのは、「角刈り」だった。
彼は「いやぁ、寒いなぁ」と言いながら、かけ湯をして、湯船に入ってきた。
「確かに『寒い』けど、問題はそこじゃないでしょ。どうして、今、入ってくるの?」と思いながら、緊張で顔がこわばった。そして、勇気を出して、訊いてみた。
「あの…〇〇さん(角刈りの苗字)、アッチ系の趣味とか、無いですよね。お…俺は無いですよ」
彼は、「アッチ系って、もしかしてホモってことか?」とあっけらかんと答えたので、
「うん…うん…」(多分、俺、必死だったんだろう…笑)
彼は、「無いよ。そんなこと気にしてたのか?」と笑い、「背中の垢すりをして欲しくてさ」と言った、
「なんだよ~、焦ったじゃんかよ~」と胸をなでおろしながら、彼の背中を絞ったタオルでこすると、ボロボロと垢が出た。
「ゆうもやってあげるよ」と言ってくれたが、「いえいえ、結構です」と逃げるようにして風呂から脱出した。
「う~ん…ホントかな…いずれにしても、君子危うきに近寄らずだ。今後、風呂は、みんなが入った後、最後に入ろう」
そう決めた。
部屋に戻ると、年長さんが、「おぉ、なんか〇〇(角刈りの苗字)がオマエに垢こすりしてもらうって言ってたぞ」と声を掛けてきたので、
「来ましたよ。襲われるかと思いましたよ」と憮然としながら答えると、年長さんとサラリーマンが笑った。
「ヒトの気持ちも知らないで…ホント、こっちは焦ったんだから!」とムカッとしたけど、その反面、「バカやって笑いあうような、こういう生活、悪くはないかな」と思う俺がいた。
時は年末、色々あったこの一年が、もうすぐ終わる。