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東洋初のロボットに込めた愛 昭和初頭発表の「學天則」

平成の世によみがえった「學天則」。東洋初といわれた人造人間の微笑は何を問いかけるのか(大阪市北区・大阪市立科学館)
平成の世によみがえった「學天則」。東洋初といわれた人造人間の微笑は何を問いかけるのか(大阪市北区・大阪市立科学館)

 奇妙キテレツな黄金色の半身像が動き出した。1928(昭和3)年の京都大博覧会。岡崎公園(現在の京都市左京区岡崎)を中心に催された祝祭の場で、東洋初のロボット「學天則(がくてんそく)」が披露された。人々の度肝を抜くのは見た目だけではない。人間の労働を担う従来型とは違い、新たな「生命体」とも言うべき「考える人造人間」だった。作者の名は理学博士、西村真琴。今年没後60年に当たるその男が學天則に込めた思想とは?

 現役の「學天則」がいると聞き、大阪市立科学館(大阪市北区)を訪れた。

 目指す人造人間は、入り口の横にいた。高さ3・2メートル。想像以上に大きい。

 學天則は京都に続いて各地で展示され、やがて行方不明になったという。京都大博覧会から80年に当たる2008年、同館が約2千万円かけて忠実に復元した。

 まるでウルトラマンのように、學天則が動くのはたったの3分間。開館時間内で1時間おきに繰り返す。

 定刻を迎えた。魅惑的な音楽がどこからともなく流れ、左手の霊感灯が光った。ひらめきを得たのか、かっと目を見開いた。眼球が動く。右手に持つ矢をペンのようにさらさらと滑らせた。「人生に尊い創作を象徴した」と作者の西村は狙いを著作で説く。

 愛嬌(あいきょう)があるようで、見ようによっては不気味でもある。「おびえるお子さんもいます」。復元を担当した学芸員の長谷川能三さん(49)は苦笑いする。「いろいろなロボットを見慣れた今でもそうなのですから、当時は観衆にかなりの衝撃を与えたはずです」

 生みの親である西村とはどんな人物なのだろう。

 経歴は実に変わっている。學天則は大阪毎日新聞社(大毎)の論説員学芸部顧問として開発した。といっても、今の新聞記者とはちょっと違うようで。

 もともとは教師。広島高等師範学校を卒業後、京都の乙訓郡高等小学校(現在の勝山中)や満州(現・中国東北部)の遼陽小の校長を務めた。満州各地で植物採集の旅を重ね、北海道帝国大の植物学教授に。その頃に執筆した科学随筆がきっかけで大毎社長に招かれ、教授の地位を捨てて入社した。転身して力を注いだのが學天則の開発だった。

 京都大博覧会の8年前、チェコの作家カレル・チャペックによる戯曲「ロボット(R・U・R)」が発表され、ロボットという言葉が広まって人造人間の開発が進みつつあった。ただ、そのほとんどは、どれだけ人間に近づけるかに腐心していた。

 學天則は「天則、つまり自然の法則に学ぶ」という名前の通り、人間に代わって労働を担う「実用的人造人間」ではない。かつてなかった「芸術的人造人間」を目指したのだと西村は当時、理念をうたった。

 平成の世に復活した學天則を見ると、確かに動きが美しい。雑誌「科學知識」に掲載された西村執筆の記事「表情人造人間ガクテンソクの創作」によると、ゴム管を体内に張り巡らせ、圧搾器で空気を送り込むことで実現したとある。

 性別年齢を超越したような謎めいた顔は、さまざまな民族の最も良いところを集めたという。胸にあるコスモスの紋章は世界や宇宙を意味すると同時に清雅な花の印象を重ねた。台座正面の意匠はカエルとヘビ、キジ、ムカデが太陽を囲む。天敵の動物を配置することで自然界を表現した。

 「あるがまゝの天則を學(まな)び、これを人生に呼吸する時に於(おい)てのみ人は存在の価値が見出されるのだ」

 西村の幼少期には日清・日露戦争があった。學天則を発表したころは、東京を壊滅させた関東大震災が記憶に新しかったに違いない。西村にとって學天則は人間賛歌であるとともに、人が線引きした国同士のいさかいや自然の摂理から遠ざかる都市文明への警告だったのではないだろうか。

 「學天則」は荒俣宏さん原作の伝奇SF映画「帝都物語」(1988年公開)に登場する。帝都の破壊をもくろむ魔人の邪魔で進まない地下鉄開発の切り札として使われる。映画で西村真琴博士を演じるのは水戸黄門役で知られた俳優、西村晃さん(1923~97年)。そう、博士の次男が亡き父親を演じたのだった。

 晃さんは生前、荒俣さんの著書「大東亜科學綺譚(だいとうあかがくきたん)」(ちくま文庫)で父についてこう語っている。

 「今でも自分一人だけの父親とは思えない」

 博士は後半生を保育に注力した。大毎の社会福祉事業団内に全日本保育連盟を設立。初代理事長になり、創刊した機関誌「保育」で、次世代を育てることこそが生物の使命だと説いた。

 「保育」に掲載した西村作の「保育曼陀羅(まんだら)」は學天則以上に西村ワールド全開。悟りの境地を示した曼陀羅にならい、宇宙の中でさまざまな生物とともに赤ちゃんが描かれている。

 ダンディーで、しゃれた人だったらしい。自然科学者の枠にとらわれず、研究で得た確信を世に伝えるため、あえてちょっと奇異に思える手法で耳目を集めようとしたのかもしれない。

 平成の世によみがえった「學天則」は、最後に口を開けてほほ笑んだ。それは創造の喜びだけでなく、全生物を包む愛を示しているように見えた。制御不能になった科学技術の暴走に心を乱され、幼い命が奪われる事件が絶えない昨今でも、「考える人造人間」は静かに微笑を繰り返している。

   ◇

 大阪市立科学館の學天則は開館時間内の午前10時~午後4時まで毎時動く。観覧無料。展示観覧は入場料(大人400円)が必要。原則月曜休館。TEL06(6444)5656。

 <にしむら・まこと>1883(明治16)年長野県生まれ。満州の奉天医科大の前身、南満医学堂の生物学教授を経て1915(大正4)年に渡米。コロンビア大植物学科に入学。ニューヨーク市自然科学博物館調査研究員を委嘱され、アフリカの植物分布を調査。帰国後、北海道帝国大教授に。アイヌ民族の調査やマリモの研究も行う。戦後の45年、大阪毎日新聞を退社。豊中市議会議員にトップ当選。のちに豊中市公民館長を務める。1956(昭和31)年、72歳で死去。

【 2016年02月14日 18時10分 】

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