錯覚が招く「衝突」 見通しはいいのに…
周りに田畑が広がる見通しのよい交差点にもかかわらず、車同士による出合い頭の衝突事故が起きることがある。地理的な特徴から「田園型事故」とも呼ばれるが、運転手は多くの場合「車に気付かなかった」と話すという。なぜ、視界を遮るものもない場所で、近付いてくる車に気付かないのか。現場を走った。【野田樹】
■直前まで気付かず
栃木県真岡市西田井の市道交差点で2月4日午前8時20分ごろ、女性会社員(44)運転の軽乗用車とワゴン車が出合い頭に衝突した。女性は頭を強く打って重体になり、今も意識が戻らない。
真岡署によると、現場は片側1車線の道路と細い農道が直角に交わる信号機のない交差点。軽乗用車側に一時停止の標識があったが双方にブレーキ痕はなかった。ワゴン車を運転していた女性(40)も「直前まで車に気付かなかった」と話しており、典型的な田園型事故とみられる。
こうした事故は県内でもしばしば発生している。2012年8月には、小山市下初田の田んぼに囲まれた市道交差点で、特別養護老人ホームの送迎車と乗用車が衝突し、3人が死亡した。県警交通企画課によると、昨年は田園型の死亡事故が6件発生している。
■畑にとけ込む道
真岡市の事故現場を走った。
前後左右に農地が広がり、同じ風景が続くなか、碁盤の目のように細い道が交差する。手前の民家から奥の山々まで見通せ、車が走っていればかなり遠くからでも見えるはずなのに、と思った。
ただ、交通量は少なく、自然とスピードは上がりがちになる。遠くの風景まで見渡せるぶん、畑の中から延びて交わる細い道はうっかりすると見落としそうになる。
■「十勝型」「芳賀型」
視界の開けた平たんな地形の、信号機のない交差点で、互いの接近に気付かず、2台の車が衝突する。これが「田園型事故」の特徴だ。直前まで減速せずに衝突するため大事故につながりやすい。
1980年代から北海道の十勝平野などで報告され「十勝型事故」とも呼ばれる。県内では田畑の中の交差点が多い芳賀町で多発したことから「芳賀型事故」と呼ばれたこともある。
■視覚の落とし穴
日本自動車研究所(東京都)の内田信行・安全基盤グループ長(48)によると、事故原因は人の視覚の特性にあるという。人の目は中心でものを捉えており、視野の周辺は動きのないものを認識しにくい。直進中に、左右から別の車が同じような速度で近付いてきた場合、視野の隅の同じ位置にあり続け、相手が止まっているような目の錯覚が起きるという。
仮に双方の速度が異なっても、相手の見える角度が一定であり続けるなどの条件によっては同様の錯覚が生まれ、互いの接近に気付かないまま交差点に進入することになる。内田グループ長は「(接近に気付かない)非優先道路側の運転手が減速のみで停止せず、事故が起きるケースが見られる」と指摘する。
■防止策
真岡市▽芳賀町▽益子町の3市町を管轄する真岡署は、田園型事故防止に力を注ぐ。田園地帯での一時停止の取り締まりを強化するほか、事故発生時にはその日のうちに広報ビラを発行し、市役所や町役場に配布する。特に事故の多い芳賀町芳志戸の交差点には、一時停止の標識を複数設置し、路面をカラー塗装して交差点を目立たせたうえ、路面に小さな段差を設けて減速を促している。
同署管内では昨年の交通事故件数が4年前に比べ169件減の248件になったが、死亡者数は横ばいだ。昨年の死者9人のうち田園型の出合い頭事故による死者は5人。同署の鬼丸純一交通課長は「事故件数自体は減っているのに、死者数はなかなか減らない」と頭を悩ませる。「一時停止を守れば事故は起きない。交通量の少なさに慣れた地元の人が注意を怠るケースが多い」
運転手にできる対策として同署は、首を振り、視野を動かして左右確認する▽優先道路でも「相手が止まる」と思わないで減速する−−の2点を挙げる。鬼丸課長は「優先道路でも事故を起こせば責任が生じる。錯覚があることを知ってもらい、安全運転を意識してほしい」と呼びかけている。