国際会議でビザ 不審な申請
2月12日 19時25分
かつて「不法入国」といえば、老朽化した木造船に多くの密航者が潜み、海を越え日本に入り込むという手口が主流でした。ところが今、この不法入国の手口が様変わりしています。今回明らかになったのは、日本で開催される「国際会議」を狙った新たな手口です。その実態について、高松放送局の中村祥カメラマン、中村源太記者、社会部の山尾和宏記者が解説します。
取材のきっかけ
取材班がこの問題に目を向ける端緒となったのは、去年10月に高松市で開かれた「東アジア環境史学会 国際大会」です。
国内のおよそ100人の研究者に加え、海外からも150人ほどが参加し、日頃の研究成果を発表する学会。日本国内で年間300余り開かれる、ごく一般的な「国際会議」のひとつとみられました。
しかし、取材を通じて「準備の過程で不審な動きがみられた」という情報をキャッチしたのです。
東アジアの環境をテーマにしたこの会議は、その名のとおり、海外からの研究者たちは、アジアを中心とした国々の出身でした。
ところがこうしたなかで、意外な国からの参加申請が寄せられました。
ナイジェリアやガーナなど、おもにアフリカ諸国からの申請です。合わせて20人いました。
学会の代表を務めた香川大学の村山聡教授も、当初は幅広い地域からの参加を好意的に受け止めたといいます。
ところが…。
そう思ったのもつかの間、こうした申請者の書類に不審な点が次々と見つかったのです。
ガーナからの申請では、参加費を支払うためとして記載されていたクレジットカードの番号が、別人のものでした。
ナイジェリアからの申請では、4人分の学歴証明書類について、書式やサインの筆跡がどれも極めて良く似ていました。
この4人が「政府機関」に所属していると名乗っていたため、会議の事務局が東京のナイジェリア大使館に確認したところ、「政府機関の人間に定められた手続きに見合っていない」という回答が。つまり「不正の疑いがある」というのです。
狙われた「招へい状」
こうした不審な申請は、いったいどのような目的で寄せられたのでしょうか。
香川大学の村山教授は「主催者から“招へい状”を受け取り、不法入国しようとしたのではないか」と指摘します。
この「招へい状」、日本で開かれる会議の主催者が、海外から参加者を招く際に発行します。そして参加者は、日本から送られてきた招へい状を、現地の日本大使館や領事館に提出し、ビザの発給を受けます。つまり、招へい状は、ビザを取得する上での重要な証明書となるのです。
“高松だけの問題ではない”
「もし、日本への不法入国目的に招へい状を取り寄せようとしたのなら、高松市の国際会議だけにとどまる問題ではないのではないか」。
全国の国際会議を狙って、不審な申請が寄せられている可能性がある。
取材班は、去年1年間に開かれた220余りの国際会議について、その1件1件の主催者側に取材を重ねました。
その結果、こうした不審な申請は少なくとも35の会議で、およそ430件あることが分かったのです。
100件超の不審申請
取材班が驚いたのは、一度に170件もの不審な申請が寄せられた国際会議があったことです。去年1月に東京都内で開かれた、防災関連の会議で、このうち大半がアフリカ諸国からの申請でした。
会議を主催した東京大学大学院の、小池俊雄教授は、申請の一覧表の出身国の欄に「ナイジェリア」の文字が数多く並んだことに驚いたといいます。
また、申請の内容も、一見して不審だと感じるものが多くを占めました。
例えば、「州政府」に所属すると名乗りながら、申請の際は公的機関のメールアドレスは使わず、誰もが使える「フリーメール」を使うといった具合です。
ナイジェリアのコギ州の職員だと名乗る申請では、コギ州が公式に使っている「kogistate.gov.ng」というアドレスは使わずに、フリーメールを使っていました。
このほか、ガーナのNGOを名乗る人物は、のべ11人分の招へい状を要求してきましたが、7人はパスポート番号と生年月日が全く同じなど、ずさんと言えるものもありました。
東京大学では、省庁などの関係者も交えてチェック機能を強化し、申請者の所属先について、証明書などを元に詳細に確認するなどしたことで、不正なビザの発給を防ぐことができました。
小池教授は「身元の確認はより確実に行わなくてはならない」と話しています。
入国を許す事態にも…
しかし、実際に招へい状によって不正なビザが発給されたケースがあるのではないか。
だからこそ、これほど数多くの不審な申請が寄せられるのではないか。
こう考え、取材を続けた結果、そうしたケースが実際にあることが分かりました。国際会議のためのビザで、不法入国を許してしまっていたのです。
現在、都内で生活している40代のガーナ人の男性。
おととし首都圏で開催された国際会議に参加するとして、ビザの発給を受けました。
手続きは、国際会議の仕組みに詳しい現地の仲間が行ったといいます。
男性は今も、ガーナの日本大使館に提出された当時の招へい状のコピーを残しています。
書面には、「国際会議の出席」が来日目的だと記されていて、会議を主催する大学教授が発行したとされていました。
さらに、この教授は、男性の日本滞在中の生活を保障するとした「身元保証書」なども発行していて、こうした書面の提出によって、ビザが発給されたのです。
しかし男性は、国際会議には参加せず、現在も不法滞在を続けています。
男性は、「招へい状は仲間のリーダーが入手した。日本で平和に暮らしたい」と話しています。
招へい状を発行した大学教授はNHKの取材に対し「参加費が支払われれば、招へい状を発行していた。身元の確認には限界があった」と話しています。
日本の水際 盲点突く
地方で開催された、とある国際会議での不審申請を端緒に始まった今回の取材。
日本の水際対策の課題が浮き彫りになりました。
専門家も、警鐘を鳴らしています。
元法務省入国管理局長で、日本大学の高宅茂教授は「国際会議に出席するという、非常に信用度の高い入国のしかたを装っている。日本で働きたいという目的で来るが、テロリストや犯罪を目的とする人を入れることもでき、危険な問題だ」と指摘します。
また、移民問題に詳しい筑波大学の明石純一准教授も「多くの収入を得られるなら合法かどうかは関係ない。それがブローカーの仲介など、日本への入国や就労を指南する不正ビジネスの横行につながっている」と話しています。
日本では、ことし5月には伊勢志摩サミットが、そして4年後には東京オリンピックも開催され、一層の水際対策が求められます。 入国管理局は、不法入国の手口が巧妙化しているとして、空港や港での審査を厳格に行うなど警戒を強めています。