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巨大望遠鏡計画に“待った”

2月12日 20時00分

黒瀬総一郎記者

日本などがアメリカのハワイで進めようとしている世界最大の望遠鏡の建設に思わぬところから、「待った」がかかりました。山の頂上に建設を計画しますが、この山が先住民系の人たちにとって神聖な場所とされているため地元住民の間で反対運動が広がったのです。何が起きているのか、取材を進めると、そこには、先住民文化を大切にしたいというハワイの人たちの意識の高まりがありました。科学文化部・黒瀬総一郎記者の報告です。

「第2の地球」探査目指すも…

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巨大望遠鏡の建設が計画されているのは、ハワイ諸島の中で最大の島、およそ19万人が暮らすハワイ島です。島の最高峰、標高4205メートルのマウナケアは、天体観測の世界的な拠点となっていて、各国が建てた13の望遠鏡が並んでいます。標高が高いため空気がうすく、晴れの日も多いため、天体観測にとって条件がよいのです。ここに新たに計画された巨大望遠鏡は、日本やアメリカなど5か国が共同で進めようとするもので、高さ56メートル、ビルで言えば18階建て、完成すれば世界最大になります。

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建設する目的のひとつは、「第2の地球」を探すことです。太陽系の外にある惑星に、植物や水が存在しているか探ろうというのです。この望遠鏡計画で、日本は中心的な役割を果たしています。望遠鏡の中でも最も重要な鏡の製造を担い、建設費用の4分の1、およそ375億円を負担する予定です。

最高裁が建設許可取り消す

しかし、3年前、地元の先住民系の人たちから、建設の差し止めを求める訴えが起こされました。「マウナケアは先祖代々、この土地に住む者にとって神聖な場所となっていて、そこに巨大な望遠鏡の建設は認められない」というのです。マウナケアでは、巨大望遠鏡の起工式が行われたおととし10月以降、先住民系の人たちによる激しい抗議活動が繰り返されるようになり、これまでに住民60人近くが逮捕される事態になっています。そして、去年12月、ハワイ州の最高裁判所は、先住民系の人たちの訴えを認めて、建設許可を取り消しました。望遠鏡の建設では初めてのことです。判決の理由で、裁判所は、先住民系の人たちなどさまざまな人たちの意見を聞く場が設けられないまま建設許可が出たことは問題だと指摘しました。

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先住民文化への意識の高まり

今回の反対運動の背景には何があるのか。私は、今月上旬、現地に入り、取材しました。その中で見えてきたのは『神聖なマウナケアを守りたい』というハワイの先住民系の人たちの意識の高まりでした。私が最初に訪ねたのは、抗議活動の中心となっているプア・ケースさん(55)です。ハワイの先住民系の人たちは、おでことおでこをくっつけてあいさつを交わします。私も、慣れないながらも、プア・ケースさんとおでこをくっつけてあいさつしました。お互いの気持ちが通い合うこと、そして、お互いの存在を認め合うことを大切にする人たちだと感じました。ちなみに、抗議活動で住民が逮捕された際も、警察官は住民とおでこをくっつけてあいさつを交わしたということです。

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プア・ケースさんは、マウナケアのふもとでいつも行っているという、大きな岩に手をかざす祈りの儀式を私に見せてくれました。マウナケアに祈りをささげることで、先祖とつながることができると言います。プア・ケースさんは、「マウナケアは母のような存在です。私たちは『偉大な母』と呼んでいます。マウナケアは私たちの祖先が眠る場であり、祖先とつながることができる最も神聖な場所なのです。これ以上、私たちの山頂を奪うことはやめてほしいんです」と訴えていました。

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若者に広がる先住民文化

これまでも各国の望遠鏡が建設されてきたマウナケアで、なぜ、今回は反対運動が高まったのか。詳しく事情を聞くと、まず、先住民系の人たちが理由のひとつに挙げたのが、建設側から『望遠鏡はすでに完成している13台にとどめる』と説明を受けていたことです。「それをないがしろにする形で新たな建設話が出たことに納得がいかない」というのです。その上、住民の意見を聞く場も開かれないまま建設許可が下りたことに、怒りが頂点に達したと話していました。

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さらに、今回の取材を通じて、反対運動に多くの若者が参加したことも、運動を大きくした要因ではないかと感じました。私は、反対運動に参加している若者たちのグループのミーティングを取材しました。ミーティングの中で、リーダーのラナキラ・マンガウェルさんは、「私たちは自分たちの文化を取り戻さなければいけない。大きな意識の変化が起きている」と訴えていました。若者たちの間では、こうした思いがSNSを通じて一気に広がっているといいます。グループのひとりが見せてくれたスマートフォンのSNSには、メンバーが18000人を超えていると表示されていました。若者のひとりは、「ハワイの人々、文化、土地にとって、大切なものを守りたいという思いだ」と話していました。

なぜいま先住民文化が

若者たちの先住民意識が高まったのは、ハワイ州政府が打ち出した政策と深い関わりがあります。先住民文化を復興させる政策によって、1990年代半ばから、ハワイ語で授業を行う学校が増えるなどしています。自分たちのルーツをたどり、この土地の大切さを意識する機会も増えました。すべての授業をハワイ語で行っている小学校の教諭は、「子どもたちにとって、ハワイの価値観や生活、歴史がより身近なものになっている」と話していました。大学では、フラダンスの授業に、男女問わず多くの学生が参加しています。学生たちが学んでいるフラダンスには、ゆっくりと腰をかがめるポーズがありました。大地から神聖な力を得るという意味が込められているということです。

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学生たちは額に汗を浮かべながら真剣な表情でひとつひとつの動作を繰り返し練習していました。若者たちの間で先住民文化が根づくにつれてマウナケアを守りたいという気持ちが育っていることがうかがえました。ハワイの先住民文化を10年近く研究している早稲田大学の軽部紀子さんは、「望遠鏡計画への反対の声がいま強くなっているのには、先住民文化について教育を受けてきた若者たちの存在が大きい。彼らは、マウナケアという存在が昔からどんな存在だったのかという文化的な意味を理解し、いま、社会でみずからの意見を発信できる年齢になってきた」と分析しています。

日本はどう向き合う

日本の国立天文台は、これまで天文学の重要性を地元の人たちに紹介する展示などは行ってきましたが、地元の人たちの思いに向き合う機会は十分ではなかったということです。
このため、国立天文台は、地域の人たちの思いに耳を傾ける活動が必要だとして、新たな取り組みをはじめています。
地域の文化に詳しい専門家を招いた講習会を開き、受講しなければ、マウナケアには上れないようにしているということです。国立天文台ハワイ観測所の有本信雄所長は、「ハワイの文化や歴史を積極的に学んできたわけではなかったので、反省している。これまでの取り組み方でどこがいけなかったのか、しっかりと見直したうえで、改めて現地の人たちに巨大望遠鏡の建設をお願いしたい」と話しています。

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巨大望遠鏡計画を巡っては、今後、先住民系の人たちも含めてさまざまな意見を聞く公聴会が開かれる予定です。今回の取材で、私は、ハワイの先住民系の人たちが、お互いに認め合うことをとても大切にしている人たちだと感じました。最先端科学の進歩は、私たち人類の知の領域の拡大につながる大きな意義がありますが、それが、十分な理解を得られないまま進められ、誰かを傷つけてしまうことがないよう、関係者の取り組みに注目していきたいと思います。


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