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人工知能グーグル囲碁の衝撃

2月10日 22時50分

河合哲朗記者

アメリカのIT企業、グーグルの研究チームが、先月、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に発表した人工知能に関する1本の論文が、世界に衝撃を与えました。テーマは「囲碁」。グーグルが開発した人工知能が、世界で初めて人間のプロ棋士に勝利したというのです。囲碁と人工知能。一見、何の関係も無いようなこの組み合わせのどこが衝撃的だったのでしょうか?人工知能研究を10年前倒ししたとされるこの研究について科学文化部の田辺幹夫記者と、河合哲朗記者が解説します。

「AlphaGo」

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先月28日、グーグルの研究グループがイギリスの科学雑誌「ネイチャー」に1本の論文を掲載しました。その内容は、最新の人工知能技術を駆使して最強の囲碁ソフトの開発に成功したというもの。その名も「AlphaGo(アルファ・ゴ)」です。
論文の中では、去年10月に中国出身のプロ棋士で囲碁のヨーロッパチャンピオンのファン・フイ氏とハンデなしで対局し、5戦全勝したと報告されていました。この成果は、世界中の人工知能の研究者はもとより囲碁の世界にも、大きな衝撃を与えました。いったい何がそんなにすごいのか?それを理解するには、囲碁特有の難しさを知る必要があります。

囲碁は「最後の砦」

囲碁と同じようなボードゲームとしては、チェスや日本の将棋などがよく知られています。しかし、チェスも将棋もすでにコンピューターが人間の実力を上回っているとされています。例えばチェスでは、1997年に、スーパーコンピューター「ディープブルー」が、当時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ氏に勝利し、世界中で大きな話題となりました。
また、将棋では、コンピューターとプロの棋士が対局するイベントが盛んに行われてきましたが、4年前、コンピューターがプロ棋士の米長邦雄氏を初めて破りました。通算でも、コンピューターがプロ棋士を上回る成績を収めています。

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一方、囲碁ではこれまでプロに勝てるソフトはありませんでした。最も強いものでもアマチュア有段者レベルとされ、囲碁ソフトがプロと戦う場合には、ハンデを設定するのが普通でした。その理由としては、チェスや将棋と比べ囲碁は盤が広いことや、コマの動きに制限が少ないことがあるとされています。たとえば対局のパターンは、▽チェスの場合は、およそ10の120乗、▽将棋の場合は、およそ10の220乗とされています。しかし、囲碁の場合、石を置くことができる場所が桁違いに多いことから、パターンは10の360乗以上に上るとされています。
これまでのチェスや将棋のソフトでは、可能性のある局面をすべて計算し、最適な一手を探すという手法が使われていました。しかし、囲碁のようにパターンが多いと、最新のコンピューターをもってしても、すべてを計算しつくすためには膨大な時間がかかり、現実的に不可能です。このため、従来の囲碁ソフトは、打つ手を探す際に、ランダムにいくつかの手を選び出し、そこからシミュレーションを始めるという手法が使われていました。しかしそれでは人間にとっては当たり前の手でも見落としてしまうことがたびたびあり、専門家の間では人工知能がプロ棋士の実力に追いつくには、この先10年以上はかかるとされていました。人間にとって囲碁は「最後の砦」ともいえるゲームとなっていたのです。

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『ディープラーニング』何がすごい?

今回、プロ棋士を破った「AlphaGo」。その実力を飛躍させたのは「ディープラーニング」と呼ばれる技術を取り入れたことです。
最近、人工知能の分野で大きな注目を集めている最新の技術です。「ディープラーニング」とはなんなのか?簡単に言うと、これまでは命令にしたがって答えを計算するだけだったコンピューターに、人間の脳と同じような働きを取り入れたものです。人間の脳の中では、一つの神経細胞から別の神経細胞に膨大なデータが送られています。たえず神経のネットワークの中を情報が行き来している状態です。しかし、ただ情報をやり取りしているだけではありません。人間の脳は、過去の学習に応じて、必要な場所に必要な情報が伝達されやすくなるように少しずつ調整が加えられていきます。つまり、学習により、ネットワークの必要な部分が強化されていくのです。学習すればするほど、より的確な判断ができるようになると考えられています。

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ディープラーニングでは、あらかじめ「問題」と「正しい答え」をコンピューターに入力して学習を行います。しかし、その問題の「解き方」については入力しません。その部分はコンピューター自身に考えさせるのです。そうすることでコンピューターの内部にあるネットワークは、正しい答えにたどり着く経路が強化され、逆に間違った経路は弱まっていくことが分かったのです。
これは人間の脳が学習していく仕組みに非常によく似ていると考えられています。これがディープラーニングと呼ばれている技術です。
そして、学習量を増やせば増やすほど、コンピューターは、より難しい問題にも正解を出す能力が備わっていきます。より「賢い」人工知能ができあがるのです。もちろん、これはものすごく単純化した説明です。実際には、まだまだ解明されていない部分も多くあります。
人工知能の研究では、ディープラーニングのアイデア自体は1980年代以前から提唱されていました。しかし、当時は、コンピューターの性能が追いつかなかったことなどから実現しませんでした。
ところが、2012年、カナダのトロント大学のチームが、ディープラーニングを使って、画像認識の精度を劇的に高めるのに成功したことで、世界中で一大ブームが巻き起こりました。ディープラーニングは、写真に何が写っているかを判別して種類別に分類する技術や話しかけるだけで自動的に翻訳してくれる技術など、さまざまな分野で活用が始まっています。
最近では、グーグルやトヨタなどの大企業が、ディープラーニングの手法を取り入れて車の自動運転を実現しようと、開発にしのぎを削っています。今回、グーグルが発表した、囲碁で人間のプロ棋士に勝つというのも、そうした研究開発の一環として行われたプロジェクトでした。

「AlphaGo」がやったこと

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「AlphaGo」開発の過程で、特に注目されたのは碁石の位置データから、どのように戦況を見極めるのかということでした。将棋やチェスでは、それぞれの駒に「飛車」や「クイーン」といった役割があり、「王」や「キング」など絶対に守らなくてはならない駒があります。しかし、囲碁では、どの碁石も同じで、決まった役割はありません。戦況は、碁石の置かれた位置から判断する必要があります。人間は、位置の情報を視覚的にとらえて「強い」「弱い」を直感的に判断することが出来ます。これが「大局観」と呼ばれる人間特有の能力です。人工知能にとっては極端に言えば、「ただ石が並んでいる」状態に見えてしまうため、戦況を判断するのは非常に難しいことでした。研究グループでは、こうした状況を打開するために、ディープラーニングを使った人工知能を導入しました。そして学習のために、事前に3000万にものぼるプロ棋士の打ち手のデータが入力され、そのデータを使ってどうすれば勝てる一手が打てるのか、人工知能が自分で学習していったのです。盤面の碁石を画像として認識する人間の「大局観」を再現するのにディープラーニングが適していたとも考えられます。

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「AlphaGo」の次なる挑戦は

衝撃を与えた囲碁ソフト、「AlphaGo」。来月、囲碁界で「世界最強」とも呼ばれる韓国のプロ棋士、イ・セドル九段と対局することになっています。ディープラーニングを使った「AlphaGo」は今も学習を続けています。「世界最強」のプロ棋士と、最新の人工知能が、どのような戦いを見せるのか。囲碁ファンのみならず、世界中から注目を集めています。


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