受験のチャンスを増やすという眼目はどこへ消えたのか。大学入試センター試験に代わる新しい共通テストの制度づくりが気にかかる。受験生が疲労困憊(こんぱい)して勉強する意欲を失っては本末転倒だ。
文部科学省が二〇二〇年度からの実施を目指す「大学入学希望者学力評価テスト」の青写真である。いまの中学一年が初代受験生になるスケジュールだ。有識者会議で三月に最終報告をまとめる。
ただ、議論の流れを見ると、教育現場の実情が度外視され、改革そのものが目的化してしまったようにも見える。
懸念されるのは、マークシート式に加え、記述式の問題を採用することへの執着である。当面は国語と数学にとどめる構えだが、検討が尽くされたとは言い難い。
与えられた問題の正解を素早く見つけ出す力ではなく、自ら問いを立て、考えをまとめ、表現する力を測るのに優れているというわけだ。高校での能動的な学びを促す効果も期待できるという。
そうした目的にはうなずけるが、実現させるには、技術や費用などの面で多大な課題が生じる。
五十万人の答案を適切、迅速に採点できるか。教育業界の手を借りる方向も示されたが、公平、公正に評価できるか。コンピューターの導入を含め、作問から判定までの費用見込みはどうか。個々の具体論は事実上の先送りだ。
殊に看過できないのは、採点に手間暇を要するからとマークシート式の日程と切り離し、前年の秋辺りに前倒しで実施する案が持ち上がっていることだ。
大学の個別試験までの受験期間は大幅に延びてしまう。高校の授業や行事の段取り、部活動に甚大な影響も及ぶ。受験生の負担も格段に重くなるのは間違いない。
しかも、一発勝負方式の弊を断ち切り、受験機会を増やすという新共通テストの狙いは、記述式を採り入れることによって、もはや雲散霧消の様相を呈している。
確かに、マークシート式のみでも、年二回以上行えば、高校教育に支障を来すという批判はかねて出ていた。しかし、だからこそ、有識者会議の知恵に委ねられたのではなかったか。
十八歳人口も減り、年一回きりの一点刻みの選抜方式でふるい落とすような時代ではない。社会人や外国人も含めて学び手の伸び代を見極め、高等教育の門戸を開放する。そうした発想が大切だ。
大学の個別試験と併せ考え、地に足の着いた改革を望みたい。
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