映画「オデッセイ」の分かりにくい場面を解説します
先日、映画「オデッセイ」を観に行きました。原作本を読んでから観たので、私はほとんどの内容を理解できました。しかし、分かりにくいと感じている人が結構いるようなので、映画の解説を記事にまとめました。
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目次
はじめに
この記事は映画をすでに観ている人向けに書いています。盛大にネタバレしていますので、映画を見てない方はご注意下さい。また、この記事の内容は原作本を読めば分かることがほとんどです。そのため、原作本を読む予定の方はブラウザバック推奨です(記事を読むと確実に読書の楽しみを奪います)。
そもそも、この記事を書こうと思ったきっかけは、「映画オデッセイ わかりにくい」で検索してこのブログに来た方がいたからです。用語などで検索して来る方もいました。私は字幕版と吹き替え版の両方を観ましたが(感想記事はこちら)、内容を思い出してみると確かに短時間で理解するのは難しいだろうと思えることがたくさんありました。
パンフレットを読んでみても、おそらくほとんどの疑問には答えられないだろうと思いました。そもそも、パンフレットには火星の地図が掲載されていないので、マーク・ワトニーがローバー(探査車)で移動した距離も分かりません。映画ではあっさり描かれていましたが、地図がないと彼の苦労はほとんど伝わらないでしょう。それ以外にも彼の苦労は上映時間の都合上かなりカットされています。と言うことで、この記事でワトニーの想像を絶する孤独と苦労が少しでも伝わると幸いです。
火星
火星は太陽から見て4番目の惑星です。3番目が地球なので、地球の公転軌道の外側に位置します。
平均気温はマイナス43度、大気の約95パーセントが二酸化炭素です。地表の大気圧は地球の約100分の1です。重力は地球の約40パーセントです。映画では火星の重力は再現されていません。撮影の問題もあると思いますが、必要性を見いだせなかったということで再現しなかったそうです。再現した場合、アポロ11号の宇宙飛行士が月面で歩く様子に近い状態になると思われます(月の重力は地球の約17パーセント)。
火星の1日は約24時間39分です。これを映画では1ソルと呼んでいました。地球とほとんど同じですが、原作ではワトニーを衛星で監視していたミンディ・パークが、1ソルに合わせて就寝時刻を少しずつずらしているくだりがありました。
アレス計画
アレス計画は、NASAの有人火星探査計画です。アレス1で初の火星有人探査に成功、アレス2を挟んで、アレス3が今回の映画の出来事です。どうやら4年毎に行われているようです。
地球から火星までは宇宙船ヘルメスで124日かけて向かいます。映画でのヘルメスは巨大な宇宙船でしたが、この船は地球軌道上で作られたもののようです。地球からは普通のロケットでヘルメスまで移動し、補給物資を受け取った後、火星に向けて出発します。もちろん、ヘルメスで火星に降下はできないので、降下にはMDV(Mars Descent Vehicle:火星降下機)を使用します。
火星からヘルメスに戻る時はMAV(Mars Ascent Vehicle:火星上昇機)を使用します。砂嵐に見舞われたアレス3のクルーが脱出した時に乗り込んだ船がMAVです。このMAVはアレス3のクルーが火星に到着するはるか前に着陸しています。MAVは18ヶ月かけて火星の大気と地球から持ち込んだ水素から燃料を作り出します。
MAVの目的のひとつが燃料生成であるため、4年後に行われるアレス4のためのMAVもすでに火星に着陸しています。と言うか、今回のアレス3で着陸させています。ワトニーが映画の最後で火星から脱出するために使用したのがこのMAVです。
ここまでである疑問が湧いた人がいるはずです。そんなに前からMAVが着陸していたら、映画冒頭のような砂嵐が1度でも吹いたら倒れるのではないかと。前述の通り、火星地表の大気圧は地球の約100分の1しかないため、MAVが傾いたり人が吹き飛ばせるほどの砂嵐にはなりません。せいぜい、石が転がる程度です。砂嵐の件は原作出版後に見つかった間違いですが、原作でも映画でも訂正されませんでした。これはストーリーが破綻するレベルの間違いなので仕方のない事でしょう。
ハブ
ワトニーが生活していた居住空間がハブです。映画では立派な構造物でしたが、原作ではキャンバス生地で覆い密閉した大きなテントのようです。キャンバス生地とは日本語で言うと帆布、トートバッグなどにも使われる生地と言うと分かるでしょうか。文字通り、油絵などの絵画を描く素材でもあります。ただし、本作で使用されているキャンバス生地はカーボン糸製の特殊素材なので、極めて丈夫なものです。
ソル119、EVA(船外活動)から戻ってエアロックに入ったワトニーは、エアロックごと吹き飛ばされてしまいます。原因はエアロックの膨張収縮の繰り返しによって、ハブのキャンバス生地が伸びて裂けたためです。3つあるエアロックのうち、同じエアロックを使用し続けていたのも原因の1つでした。
火星での農業
ワトニーは火星でじゃがいも畑を作りました。映画では火星の砂と人間の排泄物だけで作られたように見えます。しかし、それだけではじゃがいもは育ちません。火星の砂には植物の成長に必要なバクテリアが存在しないためです。ワトニーは植物学者で実験のために地球の土を火星に持ってきていました。ただし、植木箱に入れる程度の量でしたが……。その土を火星の砂に混ぜて、水でしめらす事でバクテリアを増やしたのです。ちなみに種もありましたが、イネ科とシダ類のものだけで、食料として適していないものでした。生のじゃがいもを火星に持ってきていた理由は、感謝祭の日にクルー全員で料理をすることになっていたからです。
ワトニーは火星でのじゃがいも生産に成功しました。じゃがいもは連作可能ですが、収穫量には限度があります。地球から持ってきた食料と込みで考えて、連作を続けるとなんとかソル900まで生存できる計算でした。つまり、いずれにしろアレス4で助けが来る4年後までには全く食料が足りていなかったのです。
じゃがいも畑はエアロックがハブから吹っ飛んだことにより全滅してしまいます。これによりバクテリアが死滅し、農業も出来なくなりました。
水の生成
ワトニーは畑に必要な水をヒドラジンから作り出しました。ヒドラジンはMDV(火星降下機)に残っていた燃料です。猛毒なので吸引はおろか皮膚への付着も厳禁です。
ヒドラジンの化学式はN2H4です。つまり、窒素と水素から構成される分子です。ワトニーが行ったのは、イリジウム触媒を使ってヒドラジンを窒素と水素に分解、次に水素を燃焼して水を作ったのです。
化学式で書くと、直接窒素と水素に分離するパターンとアンモニア(NH3)を経由して分離するパターンがあります。そのため、この触媒反応を試すと臭いはずです。
- N2H4 → N2 + 2 H2
- 3 N2H4 → 4 NH3 + N2
- 4 NH3 + N2H4 → 3 N2 + 8 H2
後は水素と酸素を燃焼させて水になります。
- 2 H2 + O2 → 2 H2O
この水を作る過程で、ワトニーが水素の燃焼に失敗して吹っ飛ばされるシーンがありました。爆発の原因を「自分が吐く息に含まれる酸素を考慮していなかったから」と語っていました。これだけだと何のことが分からないと思います。映画では正確に描かれなかったため、原作での該当部分について説明します。
ヒドラジンを分解して水素を取り出し、水素を燃焼させました。しかし、水素が完全に燃えずにハブ内の空気中に約64パーセントも残ってしまいました。水素の燃焼は狭い空間で行っていたため爆発には至っていませんが、ハブのどこかで静電気が放電しただけで爆発してしまう状態です。そこで、空気調整機をだますことでハブから酸素を取り除き、酸素を少量ずつ吹き付けながら水素を燃やすことにしました。呼吸は缶入りの酸素で行います。
呼吸では酸素の全てを消費できず、吐く息にも酸素が含まれます。そのため、呼気に含まれる酸素が少しずつハブ内に溜まっていき、最終的にその溜まった酸素と水素が爆発的に燃焼してワトニーが吹っ飛ばされたと言うわけです。これが「自分が吐く息に含まれる酸素を考慮していなかったから」につながります。
原作では水を作るのに結局20ソルぐらいかかっています。
消えたおっぱいジョーク
ワトニーが地球とチャットできるようになった時、「君が打ち込んだ内容は全世界に流れているから発言には気を付けて欲しい」とNASAのビンセント・カプーアが返したことを憶えているでしょうか?この後、ワトニーが何か打ち込んで、NASAの職員達が「やめてくれよ」と言う感じでため息をついていました。彼が何を打ち込んだのか、映画では表示されませんでした。
原作ではこんな内容を書いていました。馬鹿ですが私は好きです。
“WATNEY: Look! A pair of boobs! -> (.Y.).”
“ワトニー:見て見て!おっぱい! -> (.Y.) ”
脚本家のインタビュー記事を見つけましたが、この件に関しては歯切れの悪い回答しかありませんでした。どうやら、アレス3のクルーに自分の生存を伝えていない事をワトニーが知って、彼が動揺していることを強調したかったようです。おそらく、女性に不快感を与えないためなどの理由もあるのでしょう。しかし、結果としては変なシーンになった気がします。映画ではこの件をNASAの長官が大統領に謝罪していますが、笑って許してくれるぐらいの度量があっても良いのにと思いました。
ローバー(探査車)
ローバーの形状が原作と映画では異なります。映画では、運転席と荷台がむき出しの6輪トラックのような形状でした。原作では詳細な説明がありませんが、後方にエアロックと与圧室がある細長い形状のようです。私のイメージではカミオントラックのような形です(ダカール・ラリーなどで有名)。ただし、出入り口は後方のエアロックのみで、運転席に出入り口はないと思われます。
映画ではクレーンを備えていましたが、原作ではその様なものはありません。そのため、パスファインダーを載せる時は、古代エジプト人がピラミッドを作った時のように岩と砂で斜路を作り移動させています。
最初の移動
パスファインダーを探すためにローバーで移動した時に載せたものは、水や食料の他に太陽電池パネル、酸素タンク、RTG(放射性同位体熱電気転換器)です。太陽電池パネルは原作では屋根に設置しています。映画ではローバーを停止して外に並べていましたが、毎回だと重労働で大変だと思われます。
RTGは文字通り放射性同位体が封入されています。同位体にはいくつか種類がありますが、本作ではプルトニウム238が選ばれています。これは放射性崩壊によって常に発熱している箱です。宇宙探査機のパイオニアやボイジャーなどの発電機としても利用されています。同位体はペレット状になっており、外側の容器が壊れても放射線が漏れることはないそうです。本作ではMAVが燃料を作るための発電機として使用されていました。これをワトニーが回収し、ヒーターの代わりにして電気使用量を抑えたわけです。
ここで映画では描かれなかった問題があります。じゃがいも畑です。植物の成長には二酸化炭素が必要です。ハブで二酸化炭素を放出しているのはワトニーです。彼が長期間ハブから離れると二酸化炭素がなくなってしまいます。そのため、ハブを離れる前に大量の水と二酸化炭素を放出してから彼は出発しました。
アレス4に向けて移動
ハブからパスファインダーまでの往復は23ソルかかりました。往復約1500キロメートルでした。アレス4のMAVまでは約3200キロメートルです。50ソル程度かかる計算です。アレス4に到着した後のことまで考えると、前回のように水と酸素タンクだけと言う訳にはいきません。空気調整器、酸素供給器、水再生器が必要になります。原作ではこれらを”ビッグ・スリー”と呼んでいました。映画でローバーの運転席の屋根に穴を開けていた理由は、このビッグ・スリーを積むためでした。
この説明だけだと意味が分からないと思います。このビッグ・スリーは大きいのでローバーの外殻に穴を開けないと積めません。原作ではローバーを2台連結し、後ろのほうをトレーラーにしていました。そして、トレーラー部分の屋根に全長11.4メートルもの穴を開けたのです。しかし、映画のローバーで空気を与圧している部分は運転席だけです。運転席にビッグ・スリーを置くスペースがありましたっけ?どう見てもありません。あの穴を開けるシーンは原作に沿っていることを見せるためだけのシーンで、映画では意味不明なものになってしまいました。なお、原作ではビッグ・スリーの電力消費を抑えるため改造も行っています。
映画では運転席の上が風船のように膨らんでいましたが、原作でもハブのキャンバス地の布をゆるくかけて密閉していたので、それが膨らんだものと思われます。しかし、あんなに風船のように強調する必要はなかったのではないかと思いました。
経路選択の方法
ここでようやく火星の地図の登場です。この地図はNASAの“Mars Trek – Nasa”から引用したものです。おそらく、メルカトル図法の衛星写真です。赤線で囲んだ部分が映画で登場した範囲です。
上の画像が映画で登場した範囲の地図です。青線はアレス3からアレス4までローバーで通った経路です。原作の記述とNASAの地図を見比べて、私の想像も加えて描きました。そのため、あくまで参考と考えて下さい。
アレス3からパスファインダーまでが約750キロ、アレス4までが約3200キロになります。なお、アレス4には途中遠回りして向かったため、4000キロ近くかかっていると思われます。
さて、ワトニーはどうやってこのような経路を選択したと思いますか?原作では直径50キロのクレーターを見分けられる程度の地図(衛星写真)しか持っていません。映画では衛星写真ではなく、簡易的な白黒の地図でした。GPSのような便利なものはありません。また、火星には磁場がないのでコンパスは意味がありません。
パスファインダーへの移動は火星の衛星フォボスの動きで東西の向きの見当をつけていました。この時は目印となるランドマーク(谷やクレーター)が多く、少しの苦労で経路を見つけることができました。
アレス4への移動では自作した六分儀を使って星(デネブ)を元に現在位置を割り出していました。映画を見た人はここで疑問に思うでしょう。地球からの支援があれば六分儀なんて必要ないだろうと。原作では、ローバーを改造する際にパスファインダーが故障して地球と通信できなくなっていました。せっかく地球と連絡が取れたのに、再び孤独になってしまったのです。そのため、ローバーとビッグ・スリーの改造はNASAの指導無しで行っています。再び地球と連絡が取れたのはアレス4に到着してからです。アレス4までの道のりも大変なエピソード(巨大砂嵐による太陽電池充電量低下やローバー転倒)がありました。当初の脚本では原作通りだったそうですが、上映時間が4時間を超えると言うことでカットされてしまいました。非常に残念です。可能なら本作を1クールぐらいのテレビドラマでみたいものです。それぐらいのボリュームはあります。
探査機と宇宙船
パスファインダー
マーズ・パスファインダー、NASAが実際に行った無人火星探査計画です。1997年7月に火星に着陸し、故障するまでの約3ヶ月間観測を行いました。映画では、三角形の太陽電池パネルを備えた探査機本体とソジャーナ・ローバーが登場しました。映画の後半でハブの中をぐるぐると動いていたのがソジャーナ・ローバーです。
四面体のエアバッグに覆われた着陸機が、バウンドして着陸するイメージ映像(上の動画)をご覧になった方も多くいるのではないでしょうか。火星にかつて水が存在したことを確認したことでも有名です。
NASAは火星有人探査の目標達成を2030年代としています。あくまで私の推測ですが、「オデッセイ」の世界は2040年前後と思われます。従って、パスファインダーは約40年間も砂に埋もれていたのではないでしょうか。将来的に本当にパスファインダーが回収され、実際に修理可能かどうか確認してみて欲しいところです。
ヘルメスと残酷な話
ヘルメスは地球から火星へ往復するための宇宙船です。原作では原子炉を動力源として備えている事は分かりましたが、それ以外はほとんど不明でした。この船に関しては映画のほうが形状や内部の詳細が分かって良かったです。遠心力で擬似的に重力を作り、スポーツジムまで備えているのには驚きました。
リッチ・パーネル・マヌーバによってヘルメスは火星へ戻りますが、この時に原作では残酷な話がありました。NASAからの秘密メッセージによりヘルメスのクルーは独断でコースを変更します。しかし、この時点では彼らは確実に死んでしまいます。なぜなら、再び地球に戻ってくるまでの食料が足りないからです。結局、中国の船、タイヤン・シェンによりサプライ(供給品)が届けられたため、旅を続けることができました。もしサプライを受け取れなかったら、ヨハンセン以外の4人のクルーは自殺することになっていました。足りない食糧を補うために……。えぐいですね。
映画でもヨハンセンがこの件で不安を抱えている様子が見られます。タイヤン・シェンからのサプライを受け取る様子をヘルメスの船内から見つめるヨハンセンの姿があります。映画予告動画の2分14秒付近がそのシーンです。
アイリスと打ち上げ失敗
ワトニーに食料を届けるために作られたロケットがアイリスです。じゃがいも畑のおかげで当初はソル900までに火星に食料を届ければ良い計画でした(ソル858に到着の計画)。しかし、ハブのエアロック事故により食料はソル584までしか持たない事が分かりました。
エアロック事故が発生したのはソル122です。この時、地球と火星の位置関係が悪く、火星まで414日(約404ソル)かかる計算でした。つまり、残り60日あまりで食料を届ける宇宙船を打ち上げないといけません。
そこで、来月に打ち上げ予定だったイーグルアイ3サターン・ロケットの大型ブースターを転用することになります。当初は通信システムなどの機材も送る予定でしたが、送るのは食料のみになりました(食料のみとなったのは、重量バランスの計算の簡素化などが要因と考えられます)。
アイリスは結局打ち上げに失敗してしまいます。原因説明を映画ではひと言の説明で済まされましたが、原作では打ち上げ時に次の様な事が起こっていました。
アイリスは無人ミッションだったため、かかる加速度に制限がありませんでした。NASAでは縦方向の加速度の影響はテストしていたものの、横方向の振動の影響は時間不足で考慮していませんでした。横振動により、キューブ状の食料が液状化してヘドロ状に変化、コンテナ内の端に押し寄せます。しかし、第1ステージのエンジン点火が終了し、ヘドロ状の食料が一瞬浮かび上がります。次に第2ステージの点火により300キロの食料がコンテナの端に叩きつけられます。固定されている積み荷であれば衝撃に耐えられました。この時の衝撃が致命傷となり、アイリス本体を固定していたボルトが破砕、支持台から滑り落ちて船殻に激突しました。これにより制御を失い打ち上げに失敗したのです。
太陽神と中国が得たもの
アイリスの打ち上げ失敗により、NASAはワトニーを助ける手段を失ってしまいました。そこで手を差し伸べたのが中国です。中国は火星に到達可能なブースターを持っており、太陽神(タイヤン・シェン)を近々打ち上げ予定でした。タイヤン・シェンは太陽探査機を打ち上げるためのロケットです。
リッチ・パーネル・マヌーバを行う前の計画では、クラッシュ・ランダー(激突型着陸機)と呼ばれる着陸システムを省略する方法でワトニーに食料を届ける予定でした。原作では成功率は30パーセントだろうと言われていました。実際の火星無人探査計画も成功率は3分の1程度だそうなので、妥当な確率と思われます。それと比較して、有人で行うリッチ・パーネル・マヌーバのほうが柔軟性があって成功率が高いと言うことで、そちらが採用されました。
映画では、中国が自国のロケット打ち上げをキャンセルしてまで米国の手助けをした理由が明確に描かれていませんでした。中国が見返りに要求したのはアレス5のメンバーに中国人を加える事でした。エピローグのアレス5の打ち上げ時にマルティネスの隣に座っていたのが中国人のクルーです。これは原作を読んでいないと気づきにくい点だと思います。
クライマックスシーン
アレス4のMAVを打ち上げ、ワトニーをヘルメスのクルーが救出するラストのクライマックスシーンが原作とはかなり違いました。
映画では船長のルイスが「これ以上クルーを危険にさらす訳に行かない」と言って、ベックを差し置いて自分がワトニーの救出に向かいます。しかし、テザー(ひも)の長さが足りずにルイスはワトニーのいる場所までたどり着けません。結局、ワトニーが宇宙服に穴を開け、穴から抜け出る空気をスラスター(推進システム)代わりにしてルイスの元に向かい、ワトニーは救出されます。
原作ではルイスがでしゃばる事はありません。映画「アポロ13」を見れば分かりますが、NASAの宇宙飛行士は各々何らかの技術のエキスパートです。ベックは船外活動のエキスパートだと思われます。従って、ルイスが彼の仕事を奪うほうがワトニー救助の成功率を下げる訳です。原作では救出のための訓練も行っていますから、おかしな話です。これは、ルイス役のジェシカ・チャステインに焦点を当てるための変更と思われます。
また、ワトニーがアイアンマンになることもありません。原作でもワトニーがルイスにアイアンマンの提案をするので、それをそのまま映画で採用したようです。確かに映像としてはそのほうが面白いです。しかし、実際にやると制御しきれなくて失敗する可能性のほうが高いと思われます。そもそも、あんな簡単に宇宙服に穴が開いては危険です。原作ではテザーの長さが足りるので、ワトニーはMAVの席に着いた状態で救出されます。
原作はワトニー救出の時点で終了です。アレス5打ち上げのエピローグは映画独自のものでした。映画のエピローグはとても良かったですが、それでも原作の最後の一文のほうが私は感動しました。原作の最後の箇所だけでも読むことをおすすめします。