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◆2.三歳がやってきた!
まあ、そんなわけで、大方想像はつく展開だとは思うけれども、俺は異世界に転生したのだった。いや、どんなわけだってな。……ひとりボケツッコミは空しいからやめておこう。
こちらの世界での名前はウィリアムス=ベリル。
ウィルと呼ばれている。
いや、しかしあそこで神様にいってらっしゃいと言われて光に包まれたと思ったら次の瞬間には真っ黒い空間にいてやたら驚いた。
輪廻転生とは言ってたけど人間には転生とか言ってなかったような……とか考え出すとそれはもう恐ろしかったわ。真っ暗闇だし、しかもこう、水のようなものに浮いてるような感じがしてたし、視力の退化した系の深海魚に生まれ変わってしまったのかと思ったもん。それで人間の記憶持ちって地獄だな。
まんまと神にだまされたのかと神を恨んだのも一瞬のことであった。
簡単なことだ。実はあの黒い空間、俺の母さんのお腹の中であったのだ。
また花畑に逝きそうなくらいの勢いで頭蓋骨を押しつぶされたかと思ったら、外の世界にお目見えしていた。赤ちゃんってやたら小さいのな。
俺を抱き上げたのはめちゃくちゃデカイ手であった。そしてその手によってお湯に浸けられた俺。
この世界にはそんな巨人が!? とおそれおののいたのだが、そんなことはない。あれは普通のサイズのおばさ……げふんげふん。こんなことを言ったら恐ろしいことになる。女性に年齢と体重の話は禁物なのである。そう友人が言っていた。
そうそう、あれはメイド長の手であったのだ。赤ん坊サイズから見る世界は何もかもが巨大に見えてえらく新鮮だ。
とまあそんな感じで俺はテンプレに異世界へと転生を果たしたわけだ。
そして、ただいま3歳。
時が過ぎ行くものは早いものである。いやぁ、もう乳児期のことなんて全然覚えてないなぁ……! 全っ然! べ、別に思い出したくないとかそんなわけじゃないんだからねっ!
うむ。
いや、ネット小説に溢れていたあれらの転生者さんたちはよく心が折れなかったよね。軽い感じでオムツが恥ずかしいとか書かれていたけども、そんなもんじゃありません。
まずですよ、前世死んだ時点で俺は17歳だったのですよ。
それでですよ、20代前半にしか見えない少女に抱かれて! あまつさえ! 服のはだけた胸元に顔を近づけられて、……うわぁあっ! これ以上は俺の口からは言えない。
ただ言いたいことは故意ではなかったということと、栄養補給をする為には仕方がなかったんだ俺は悪くない! ということだけである。
ただでさえ、前世でこの持ち前の容姿から女の子たちに嫌われる人生を送ってきた俺には女性経験など皆無なのである。
終いにゃそんな少女に抱き上げられて背中とんとんとかされてみ? 赤ちゃんが吐いて窒息死しないようにしてるらしいけどね。それでげっぷとかしてみ? すごくあわれな気分になるから。あな、あわれなり。……って違う。
そして恐怖の授乳の刻を終えたところで、赤ん坊にはまだ地獄が待ち受けているのである。
そう、オムツ! そして時と場所を選ばず泣き始めてしまうこらえ性のなさ!
申し訳ないし、恥ずかしいし、もうどんな顔をしていいのかわからない。そんな羞恥に溢れる時代のこ となんて俺は覚えていないんだああーー!
できる男は今を生きるのである。過去のことをうじうじと悩まないものなのである。
おかげで幼児っぽい言動をするという演技力だけは鍛えられたということは秘密にしておこう。大事なのは今を生きることだからな。
まあそんな黒歴史の時代であっても、悪いことばかりではなかった。
実はこの世界に生まれてすぐに後悔したことがあったのだが、赤ん坊ゆえの適応力の高さによって瞬く間に解決したのだ。それは、言語。
異世界なだけあって、ここの言語はやたら子音の多い地球にはない言語だったのである。うむ。転生って言われてたのだからそのへんの言語くらいチートでつけてもらえばよかったなと後悔した。しかぁし! そこは赤ん坊!
すぐにここの言語を習得!
地球でも赤ん坊の時代に言語習得で苦労したことはないしな。
それか、魔法的な摩訶不思議な力が働いたのだろう。
そうそう、この世界、魔法があるのである! しかもだな……なんとなんと……ふふ。
このことをはじめて知ったときの興奮と言ったら……。あれは1歳になる頃であった。あの頃の俺は母さんやメイド長、メイドさんたちの目をかいくぐり、ベビーベッドから抜け出すことを日課としていた。鍛えられる隠密能力! 埋まっていく屋敷の脳内地図!
そしてついに発見した魅惑の園! ――書庫!
よちよちと四足歩行にて書庫まで通いつめ、ついに赤ん坊は魔道書を手に入れたのだった。その名も『魔法 サルでもわかる基本編』!。
うん。まあこの世界の幼児が読む魔法の参考書の入門みたいなもんなんだけどね。ひどいタイトル。
この世界、というか俺の生まれたエイズーム王国という場所では魔法は珍しいものでもなんでもなく、 普通に国民が全員が使えるものなのである。失われた古代魔法を俺だけが使えるなんて厨二心をくすぐる展開は望めなかった。残念。いや、別にそういうの入りませんけどね。俺、ちゅうにとか全然そんなんじゃないんで。
というか人から嫌われるのを極端に恐れているただのチキンなので。
……って、そんなことはどうでもよくてだな。
そう、今は魔法の話である。そう、なぜかこの世界の魔法、何と詠唱やら魔法陣やらが日本語なのである。いや、あの髭の神様が日本語を話していたあたり、何か作為的なものを感じないわけではないが……。
しかし、前世で青いタヌキロボットに憧れていた俺としては嬉しい状況である!
おかげで四次げ……げふんげふん。ポケットならぬ、何でも入る《亜空間》の魔道具を作ることもできたし、色んな魔法を使えるしでとても便利に使わせてもらっているから良しとしよう。
この世界の魔法もこれまたテンプレな感じの仕組みをしており、人それぞれに得意な属性があったり、詳細なイメージが威力を強くしたりとよくある感じで行使ができる。
あと、魔法を行使する方法としては詠唱と魔法陣の二種類がある。これもよくある感じで、詠唱にはイメージが不可欠。イメージをしなければ魔法は発動すらしない。逆に詳細なイメージができれば、魔法の威力が上がる。更に詠唱を極めれば無詠唱で魔法を発動させることもできるようになる。
そして魔法陣での魔法とは漢字やらひらがなやらを刻んだものに魔力を流すことで魔法を発動させるものである。これにはイメージは必要ない代わりに、やたらめったら魔力を消費する。イメージが必要でないので、魔石という魔力の詰まった石のようなものが燃料として使われている。何でも原産国は北にある軍事国家とかで、貴族やら皇帝やらがその魔石の貿易で儲けた金で好き勝手やっているらしい。これまたテンプレな悪徳貴族っぽいな。
で、子供は魔力が少なくて本来10歳ごろになるまでは魔法を発動させることはできないらしいのだが、何故か俺は1歳になる頃から使えた。しかもこれまたテンプレに全属性使えると来た。
まあそれが判明した経緯としては1歳になった日、誕生会のあとに片付けやらナンやらでメイドさんたちの目を逃れたわけですよ。やっぱ暇だと何かしたくなるじゃないですか。魔法使ったら全属性使えることがわかっちゃったんだよね。喜んで変なポーズしてたらマリーさんに見られたとか、そんなのは気のせいである。
たぶん赤ん坊にあるまじき妄想力――もとい想像力があるからだろう。それか中身の年齢が前世があった分、高いからな。
それで使えるんじゃないだろうか。
そしてそんな俺もこの世界に生まれてから今日で3年になる!
中身の年齢は17+3で20歳。ハタチである。成人式である。
酒だって飲めてしまうのである。……いや、まあ飲めませんけどね。3歳児の身体で酒を飲むとか、絶対身体に悪すぎる。何よりこの世界でも酒を飲んでいいのは成人を迎えてからである。
「ウィル様、いかがされました?」
そんなこんなでこちらに生まれ変わってからこれまでの人生を振り返りながらソファでぼーっとしていると、いつの間にか掃除を終えていたメイド長――マリーさんに話しかけられてしまった。このマリーさん、俺を取り上げて産湯につけてくださったちょっとふくよかなおばさ――ご婦人である。仕事には厳しいが、身にまとう雰囲気は優しく……というか、俺に対してはもはやこちらの両親と同じく『親馬鹿』な反応をしてくるので困る。
これで中身が俺じゃなかったら、散々甘やかされた我侭小僧が生まれてしまうところだぞ。
いや、なんだかんだ言って嬉しいんだけどな。前世では得られなかった両親の愛情とか、すごく、こう感じてしまって。戸惑いと気恥ずかしさばかり心の表面には現れてしまうけど、本当はすごく嬉しいのだ。ひどいミスで殺されてしまったけど、それでもあの神様に感謝を少しくらいはしてもいいんじゃないかな、と時々考えてしまうくらい。
やっぱりこういう普通『あたりまえ』すぎて感じられないような幸福を、きちんと幸福として認識できる、前世の記憶というチートをもらっておいて本当に良かった。
と、3歳の誕生日という日についついしみじみとしてしまったが今はマリーさんに話しかけられていたのだった。
俺はぎこちなく笑ってマリーさんを見上げた。
「いえ、なんだかきんちょーしてしまって……」
そう、こんな風に思い出を振り返っていたのも気を紛らわせる為。
なんとこれから俺のお披露目会、とやらがあるのである。
お披露目会だぜ? お披露目会。
屋敷にたくさんの人を招いて、俺の誕生日記念に俺の顔見せをするのだ。つまり、俺が主役のパーティー!
緊張するってそりゃ。だって、俺の父さんってばまた騎士団長とかやっている上に、俺の家って、この国でも一番古くから続いているとかいう、公爵家なんだもの。
つまりお客様として呼ばれるのはたくさんの貴族。それも役職についているようなお偉いさんばかりなのである。こわい、貴族社会こわいよ。
きつねとかタヌキとかの化かし合いについに俺も参戦か!? とびくびくしたものだが、俺の役目は挨拶だけとのこと。
まあそりゃそうだよな。俺3歳だし。
でも挨拶だよ! 大勢の前で!
俺は前世から引き続く自分の平凡フェイスを青くしていたわけである。
うん。
前世で自分の普通以下――とは思いたくないので、平凡だと思うとしよう――の顔面に虎さんやら馬さんやら持っていたというのに、何故か生まれ変わったいまも俺は同じ顔でいるのだ。こればかりは後悔をした。
記憶を持ち越す上で顔なんかが大きく変わると精神に何らかの影響を及ぼすとかなんだろうか。理由はわからないけど、あのひげの神様が勝手に気を利かせたのだとしたら全力で殴りたい。
というか、なんでイケメンになりたいって言わなかったの、俺。
なんて馬鹿なの、俺。
自分の顔の悲劇に気がついたのは生後何日かのことであった。いや、鏡を見たとかじゃないよ? 大体、まだ生まれたばかりの赤ん坊の顔なんて成長しきってからとは全然違うものだし。
じゃあどうやって?
答えは、領地の視察から帰ってきた俺の父さん、である。
俺が生まれたときちょうど仕事で家を空けていた父さん。その父さんが帰ってきて、俺と母さんがきゃっきゃうふふやっていた部屋に入ってきて、その顔を見せたときの衝撃といったらない。
なんたって、前世の俺生き写しのようにそっくりな顔をしていたんだからな!
まあ、といってもサラサラの銀髪に碧眼、そして若干彫りが深くなり西洋人風になった顔と、こちらの世界寄りの容姿にはなってはいるのだが。
母さんは金髪に緑色の目をした美少女だ。その遺伝子を受け継いでいるならと期待していた俺はがつんと殴られリングの外に放りだされた気分になりましたよ、ええ。
こっちの世界にきてからはじめての絶望でした。
あまつさえ、その生き写しのような自分の顔がニヘラと笑って顔面崩壊させながら頬ずりとかしてくるんだ。もう、俺はっ……! 微妙に剃り残された髭が痛いし、心が痛い。更にはまだ滑舌がよくなかったから髭の痛みを訴える俺の叫びは伝わらないし。
それから俺は必死で発音練習しましたけどね。
しかし、父さんはこんな美人な母さんを捕まえているし、騎士団長なんかもやっていてめちゃくちゃ強い上に、領主としての経営も国内一と言われるほどの腕前で、学術においては学者が驚くくらいの鋭い思考を持ち、魔法の属性は2属性を扱える『ダブル』とかいう――もう何このチート野郎って感じのすごい人なのである。ついでに国中に女の子のファンがいて黄色い声をキャーキャーあげられる存在らしい。メイドさんたちの噂話を盗み聞いた。
そんな人が父親なのだ。とても誇らしいし、そして何より顔面がすべてでないと痛感した事例であった。俺がんばる。
と、父さんの話はおいておいて。
こんな平凡な、しかも滑舌も悪い子どものお披露目会なんてやって楽しいのだろうか。
親馬鹿なだけなんじゃないだろうか。
しかもパーティーのはじまりの挨拶なんてものを俺は任されてしまっている。
この状況で緊張しない奴は心臓から毛と言わず、もやしくらい生い茂ってると思う。
「ウィル様なら大丈夫ですよ。お可愛らしいですし、心配要りません」
と緊張をあらわにした俺にマリーさんはそんな親馬鹿な返答をくださるのだった。
いや、ね。お披露目会ってもう少し――それこそ5、6歳の――しっかりした年齢になってからやるらしいんですよ貴族社会でも。
はぁ。これじゃお客さんも困惑してしまうよなぁ……。
ドキドキする心臓をなだめながら、俺は今一度台詞を確認するのであった。

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