コラム:M/S処理というもの
M/S処理というものについて、結構怪しい記事が多いような気がするのでちょっと記事にしてみようかなと。
実際にプロセスを加えた音源をSoundCloudに上げていますが、SoundCloudのプレイヤーで聴いても音が悪いので、DLして聴きながら読んでみて下さい。
まずはM/Sというステレオについて。これについてはもうここで書くまでもないですが、左(Lチャンネル)と右(Rチャンネル)でステレオを構成するLRステレオに対して、真ん中=単一指向性(M成分)と両サイド=90度の角度を付けた双指向性(S成分)でステレオを構成するM/Sステレオのことですね。
Mid=L+RでSide=L-Rで……みたいなのはまぁ、覚えなくていいかと思いますが。
LRステレオだけでプロセスする場合と比べて選択肢が増えるということで、モダンなミックスやマスタリングによく使われると評判のこのM/S処理。私もここ数年色々模索して、自分なりにセオリーを組み立てて活用しています。
試しにM/S処理というワードで検索してみると、特に音圧というワードと一緒になって記事になっているものをよく見掛けます。が、M/S処理は音圧を稼ぐためのプロセスではないんです。特に、M/SでMid側にコンプを掛けて音圧を稼ごう!みたいな記事は読んでいると目眩がします。
確かにMid側をコンプで叩いてレンジを狭めれば音圧を稼ぐことは可能ですし、Side側を叩けば確かにMid側にあるヴォーカルや主旋律は前に出てきます。でもマスタリングで積極的に行う手法ではないということをこれから説明しようと思います。2mixに対してM/Sでコンプレッションすることによってどんなことが起こるのか、という音源も交えて。
Mid側にだけコンプを掛けた時の変化
まずは何もしてない状態の2mix。こないだの艦これオンリーで出したシングルから、主旋律のリバーブを剥いだり、バッキングのギターのアレやコレを外してM/Sプロセスで起こる変化がよくわかるように整えた?音源です。
こういった感じでギターが片chでのみ鳴るセクションは、M/Sプロセスのデメリットが最も出やすい場面のひとつです。こういう場面はロック以外だとそこまで出てこないかもしれませんが、ロックでは珍しくないですね。
それではこれの音圧を稼ぐため(?)に、Mid側にだけコンプを掛けるとどうなるか。アタックもリリースもオートに設定したので、やや過剰な変化でありますがこんな感じ。
これだけだとわかり辛いかもしれませんね。でもよく聴いてみると、Mid側の音に反応してコンプが掛かっていますが、Side側にある音は一切リダクションされていないのがわかります。ドラムには結構コンプが掛かっているように聴こえるのに、ドラムのリバーブはまったくコンプが掛かっておらず不自然ですね。
さらに、ここからギターだけを取り出した音を聴いてみます。
結構面倒くさいルーティングですが、外部サイドチェインやらを駆使して先程の音源の中の、バッキングがどのような状態で鳴っているのかを再現してみています。
2mixの状態ではわかり辛かったのですが、ドラムのビートのような感じで音が切り刻まれているのがわかると思います。アタックもリリースもやや早いので少々わかり辛いですが、コンプが動作する度に定位もおかしなことになっています。
これはMid側だけにコンプを掛けることで、バッキングのギターのMid成分もそのコンプによって失われているということ。そしてMidとSideのバランスがその都度変化することで、バッキングの定位も変化しているということです。
今回はコンプを掛けただけで、リダクションされた分ボリュームを上げるということはしませんでしたが。それもやってしまうともっと酷いことになると思います。
Side側にだけコンプを掛けた時の変化
音圧を稼ぐ(?)という意味ではSide側にコンプを掛けるということはあまりしないかもしれませんが、Side側にコンプを掛けることでMid側の主旋律が目立つとか何とか、そんなことを言う人もいます。……とんでもない話です。
こちらも同じく変化を聴いてみます。
確かに主旋律が聴き取りやすくなっていますね。……いや、Side側のボリュームが下がってるので当然なんですが。
Side側にコンプが掛かっているので、セクションが移り変わってバッキングのギターの本数が増えると音場が狭くなってしまっています。
これもギターだけの状態で聴いてみましょう。
Mid側で特にコンプが反応していたのはドラムと主旋律でしたが、Side側ではギターの低域、特にブリッジミュートした瞬間にコンプが反応しています。なので、ブリッジミュートをする度にSide側の音量が抑えられ、定位が中央に寄っています。
いや、聴けたもんじゃないですねこれは。こんなマスタリングされたらキレそう(笑
この変化は片chに寄ったギターだけの話ではありません。Mid側、Side側のどちらにコンプを掛けても、2mixに掛けた場合、全体を聴いていると気付きにくいかもしれませんが、この変化はMid要素とSide要素を持っている全てのトラックで必ず起こっています。
そして、それがたとえ2mixでなくトラック単位であったとしても、MidとSideの音量バランスがコンプによって変化することで必ず定位が時間軸で変化します。
では、どうすればいいのか
こういう変化を防ぐためにはどうしたらいいのか、簡単な話です。M/Sコンプなんてものは使わなければいいんです。
そもそもSide側の音量を持ち上げたいのであれば、コンプなんか掛けずにSide側の音量を上げればいいだけですし。それ以前に、バランスに問題があるのであれば2mixを弄らずにミックスに戻ればいいだけの話です。
とは言っても、マスタリング屋さんはそんなこと言えませんが。
どうしてもマスタリングで何とかしなければいけない場合、例えばヴォーカルを少しだけ前に出したい場合はEQでMid側の中域を少しだけ突いたり、さらに歌が居ない時はオートメーションでそのEQをフラットに戻したり、そんなことが思いつきますね(オートメーションを激しく弄ってしまうとM/Sコンプと同じことが起こります)。
コンプを使わないといけない場合でもブロードバンドなコンプレッサーではなく、M/Sに対応したマルチバンドコンプレッサーで他の帯域への影響を少なく抑えるんだとか。
しかしそれもマスタリングで何とかしなければいけない場合に、止むを得ず行う処置のようなもの。個人で制作するクリエイターなら絶対、ミックスに戻った方が良いと思います。
おまけ
ついでに。「左右100%にPAN振ったらセンター成分はなくなる」などというとんでもない説も転がっていたりするので、先程のギターの音源(M/Sコンプは掛けていない状態)のMid成分を取っ払ってみました。M/Sで分解してSide側をミュートして、LRステレオに戻しています。
M/Sステレオの仕組みを理解していれば、まぁ予想できることですが。真ん中で音が鳴っています。
Side側というのは確かにステレオ成分を司る音なんですが、マイクでいう双指向性と同じなんですよね。いくらSide側がステレオとは言っても、Sideだけの音はMidと組み合わせてM/Sデコードしない限りはモノラルなんです。
M/Sプロセスは悪か?
M/Sプロセスには音圧を稼げるという利点(上の解説で散々デメリットについて説明しましたが)の他に、音場を広げることができるという利点もあります。
これに関しては音源等は用意していませんが、やるなら2mixではなくミックスの段階でやった方が良いと思います。
例えばギターの定位を広げたいとか、ドラムのオーバーヘッドを狭めたいとか、そんなことを思った時に2mixでは対処できません。できたとしても、ギターの定位を広げようとしてドラムやその他の定位まで広がったり、逆にドラムの定位を狭めようとしてギター等の定位も一緒に狭くなってしまったり。
2mixにM/Sプロセスを加えるのは、全体的な印象を操作したい時だけ。それ以外の効果が欲しい時はミックスの段階で終えておいた方がいいでしょう。
……と、こんな感じで。M/S処理というものがどういうものなのか、この記事で理解して頂けたら幸い。
おまけ(追記:2月11日)
Twitterに書いたらすげー反応があったんですが、そろそろ落ち着いたかなーと思ったので。
SoundCloudに上げてる「原音」はM/Sプロセスをわかりやすくするために、リバーブを切ったり、ミックスの段階での積極的なM/Sプロセスはバイパスしたりしていました。
その「ミックスの段階での積極的なM/Sプロセス」を加えたものをこっそり上げておきます。
何をしたのかは内緒。