河合幹雄(かわい・みきお) 桐蔭横浜大法学部教授(法社会学)
桐蔭横浜大法学部教授。1960年、奈良県生まれ。京都大大学院法学研究科で法社会学専攻、博士後期課程認定修了。京都大法学部助手をへて桐蔭横浜大へ。法務省矯正局における「矯正処遇に関する政策研究会」委員、警察大学校嘱託教官(特別捜査幹部研修教官)。著書に『安全神話崩壊のパラドックス 治安の法社会学』『日本の殺人』『終身刑の死角』。
犯罪被害者実態調査の件数は20年間横ばい、犯罪を減らした成果という見せかけ
「2015年の刑法犯戦後最少の109万9048件」という報道が新聞各紙に掲載された。記事によれば、2002年のピーク時に285万3739件をつけてから大幅に刑法犯認知件数が減少したということである。厳密な専門用語では、刑法犯から自動車運転過失致死傷等(いわゆる交通人身事故)を除いた一般刑法犯の犯罪認知件数のことである。私は、『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店2004年)において、2002年までの犯罪急増は、1980年に自転車の防犯登録制度ができてから急増を続ける自転車盗によつものだという統計上の見せかけに過ぎないことを明らかにした。
今回の、この急減は、本当に犯罪が急減したことを意味するのであろうか。繰り返し述べているように、警察庁統計は、警察が記録した認知件数にすぎず、これは、実際の犯罪数をカウントしたわけではない。むしろ警察の活動記録である。答えは、世界の犯罪学では犯罪状況を知る手段として常識となっている、被害実態調査をすればわかる。法務総合研究所が4年おきに実施する、過去1年間と5年間の犯罪被害経験をアンケートで探った調査によれば、日本の犯罪状況は、2000年から2012年まで、ほぼ横ばいである。
これは当然で、ここ20年間日本社会には急激で大きな変化はない。犯罪に最も関連性がある失業率はじめ、あらゆる社会的指標が、「安定」し、どちらかというと良い方に変化している。本稿では、それなのに、警察庁の認知件数が急上昇し急下降した理由を検討することと、実際には犯罪状況はどうなっているのか簡潔にまとめておきたい。そのうえで政策評価について一言したい。
最も警察に対していじわるな説明は、予算獲得のルール変更のせいとして、認知件数の増減を説明するものである。2001年「行政機関が行う政策評価に関する法律」が成立し、同年の閣議決定「政策評価に関する基本方針」(2001年12月28日)をもって、これまで放置されていた政策効果の評価が義務付けられた。この影響は大きい。従来の予算獲得と言えば、こちらのほうが重要性が高いという主張、つまり、犯罪増加して治安が悪化しているから警察予算増を求めるという方向になりがちであった。ところが、政策効果測定がされるとなれば、犯罪を減らしたという成果をあげなければ予算はつかなくなる。したがって、このルール変更までは、犯罪増、ルール変更後は犯罪減とならなければ予算が獲得できない理屈になる。タイミングも完全に一致している。
実際は、認知件数増の局面は、
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