若者の就業支援を考える 対談 地域若者サポートステーション広報キャンペーンについて 「本気」に込めた想い、その真意とは?

若年無業者の自立支援を行う「地域若者サポートステーション(通称サポステ)」の広報キャラクターに、青野春秋氏の人気漫画「俺はまだ本気出してないだけ」の主人公で、突然会社を辞めて漫画家デビューを目指す40代のフリーター、「大黒シズオ」が就任した。が、配布された広報ポスターのキャッチコピー「キミはまだ本気出してないだけ。」や、「大黒シズオ」の立ち位置について、サポステ事業の運営者である認定NPO法人育て上げネット理事長の工藤啓氏から昨年末、「本気を出すのは若者なの?」とSNSで問題提起がなされ、波紋を広げた。工藤氏と、サポステ事業を担当する厚生労働省キャリア形成支援課長の伊藤正史氏が、今回のキャンペーンの意義と今後のサポステ事業の展望について語った。

「本気を出すのは若者なの?」

議論を呼ぶキャッチコピー

工藤
私はこの漫画が大好きで、漫画のレビューサイトでもレビューを書いたことがあるほどです。しかしながら、今回のキャッチコピーの表現は、最初に目にしたとき、物事を個人に矮小化したり、自己責任と結びつけられて社会全体に誤解を広げるリスクがあるのではないかと感じました。現場から「このポスターはどうしたらいいか」という声があり、利用者からも「努力しているのにそういう目で見ているのか」という声が上がるおそれがあったため、疑問を表明したものです。改めて、今回の広報の意図をお聞かせ下さい。
伊藤
地域若者サポートステーション(通称:サポステ、以下同)は、働くことに悩みを抱え、自立支援を求める無業状態にある若者の自立をサポートする拠点として、2006年に始まったものです。本年で丸10年となり、現在全国160カ所に設置されています。キャリア・コンサルタントによる専門的な相談や、コミュニケーション訓練によるステップアップ、協力企業への職場体験などによる就労支援を展開し、一定の就職実績を挙げてきました。しかし、若年無業者(15〜34歳で、就労しておらず、家事も通学もしていない方)の数は、ここ数年約60万人と高止まりする中、サポステの認知度は直近で13%程度とまだまだ低く、名前や存在が社会に十分浸透しているとは言えません。これまでも広報活動を展開してきましたが、「無難」なものに止まっていたとの反省が大いにあります。今回の広報では、若者の応援団としてのキャラクター『大黒シズオ』の力を借り、『キミはまだ本気出してないだけ』という“引っかかり”のあるメッセージを、あえて発信しました。今回の広報には様々な立場で様々な意見があり得ると思っていますが、関心を持ってもらわなくては、何も始まらない。また、これが、厚労省やサポステと利用者を含めた皆さんとの「コミュニケーションのきっかけ」になればと。
認定NPO法人「育て上げ」ネット 理事長 工藤 啓氏

くどう・けい 1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community College卒業。2004年、認定NPO法人育て上げネット設立。内閣府、厚労省、文科省などの委員歴任。著書に「無業社会 働くことができない若者たちの未来」「若年無業者白書2014-2015-個々の属性と進路決定における多面的分析」など。

「真っ先に、私たち厚生労働省が『本気』で取り組む、決意表明です。」

厚生労働省キャリア形成支援課長 伊藤 正史氏

いとう・まさし 1984年、労働省(当時)入省。若年者雇用対策室長、キャリア形成支援室長など、若者の雇用、自立支援に関わるポジションを歴任。平成27年10月より、新設されたキャリア形成支援課長として、サポステ事業を担当。

社会全体を巻き込みたい

工藤
そもそも「キミ」とは誰なのでしょうか。
伊藤
これを手に取り、目にした人全員のことです。自立にチャレンジしている若者も、それを支援する立場の人も、もちろん我々厚生労働省も、みんな「キミ」、つまり「より本気になることが期待される立場」と言えます。社会全体を巻き込むことで、今ある課題を「見える化」することが、今回の広報の役割だと考えています。
工藤
目にした人全員ということならば、今度はサポステや厚労省、私たちの社会が、若い世代に対してどう『本気』を提示するのか、見せなければいけませんね。こうした広報自体が『本気』を示しているのかもしれませんが、どうお考えでしょうか。
伊藤
そうです。今回の広報は、真っ先に、私たち厚生労働省自らがより『本気』で取り組んでいく、その決意表明でもあります。サポステ事業については、この10年で、自治体、事業者、支援スタッフの方々の努力で、支援プログラムも、その内容も徐々に充実が図られてきています。その成果もあり、若者雇用促進法により、本事業の位置付けがより明確化されることとなりました。まだまだ事業運営上の課題は多いですが、この10年の経験値と暗黙知を含めた知見を活かし、例えば、高校中退者など無業化するリスクの高い層に対し、切れ目なく自立支援を行う仕組みの整備などに『本気』で着手したいと考えています。

本当の気持ちを出せる環境を

工藤
『本気』を辞書で調べると、「冗談でない本当の気持ち」と出てきます。「キミの本当の気持ちを出せる環境を準備できていないのであれば、努力を重ね、あなたの本当の気持ちが出せるようにします」と解釈することもできるなら、このキャッチコピーが投げかける言葉の意味も変わってくるかもしれません。丁寧なコミュニケーションが大切になってきます。
伊藤
もともとこのメッセージの意味には幅を持たせていますが、お話し頂いたような解釈を加えることで、言葉にいっそうの深みが増すように思います。今後、より多くの方に共感してもらえるよう、事業運営、広報活動に取り組みます。
工藤
現場の立場でも、若者の期待にうまく応えられていないことやサポステの枠組みに不満があれば、きちんと言葉にし、議論を深め、支援の取り組みに結びつけることが大切です。現場に対して、若者が『本気』を出せない理由があるならそれに気づき、改善していくことが重要だと思います。
伊藤
まったく同じ認識です。サポステは40歳未満の無業の若者であれば誰でも無料でサポートを行う、門戸の広い機関です。仮に本人がすぐ来られなくても、まずは家族だけでも相談できます。一人でも多くの自立を目指す若者が今回の広報活動を一つの端緒に、サポステの存在と、「本当の気持ち」に気付き、サポステの支援を利用していただけますよう、また、ご家族、学校の先生はじめ身近な方々はぜひ「背中を押して」くださるよう、よろしくお願いいたします。

「僕はまだ本気出してないだけ」作者が語る

「大黒シズオ」は僕なりの理想のヒーロー 青野春秋氏 (漫画家)

「『俺はまだ本気出してないだけ』の主人公、大黒シズオのモデルは自分ですか?」とよく聞かれますが、違います。以前、飲み屋で知り合ったサラリーマンやバイト先の社員から、「フリーターはダメだ」とか「働くなら就職しないと意味がない」とかよく説教されました。でも、そういう人に限って口ばっかりだったので、僕なりの理想のヒーローとして描きました。
 タイトルには「負けず嫌いの強がり」という意味が込められています。本気出してると自分で思っていても、うそぶきたい時ってあるじゃないですか。一生懸命やっていてもうまく行かないこともあるし、もう限界かもって薄々感じているけどまだあきらめたくないような。だから人には「まだ本気出してないだけ」と言っちゃうんですね。
 今回、シズオがサポステのメーンキャラクターに選ばれて率直にうれしいです。日本もまだ捨てたもんじゃないなと(笑)今、サポステに足を運んでいる人は「本気を出そうとしている人」だと思うんです。“もう本気だしてるよ”って怒る人もいるかもしれない。でも、「アイツ本気だな」って人に言われるまで粘り強く動き続けてほしいですね。きっと何かが変わるはずだから。でも、何事も結果を求めすぎないでほしい。完璧な人間なんてどこにもいないんですから。

あおの しゅんじゅう
漫画家。茨城県出身。2001年、「スラップスティック」で講談社第45回ちばてつや賞優秀新人賞受賞。05年、「走馬灯」で小学館の月刊IKKIの第17回IKKI新人賞イキマンを受賞し、デビュー。07年より同誌で「俺はまだ本気出してないだけ」の連載をスタート。現在、「ヒバナ」(小学館)にて「スラップスティック」、「ビッグコミックスピリッツ」(同)にて「100万円の女たち」を連載中。

地域若者サポートステーション(通称=サポステ)は、働くことに踏み出せない若者たちと向き合い、「働き出す力」を引き出し、就職して社会へ踏み出すための橋渡しをする厚生労働省委託の支援機関です。本人や家族、保護者だけでは難しいことでも、プロのスタッフがサポートできることがたくさんあります。個別相談による「相談支援」、セミナーや職場体験など「就業支援」、就業に向けた各種「情報提供」、就職後の「職場定着支援」まで、一人ひとりの実情に沿ったサポートを実施しますので、身近なサポステにぜひお越しください。
サポステは平成18年のスタート以来、のべ300万人以上の相談を受けており、昨年度の総利用件数も50万件を超えました。
昨年度の新規登録者数3万3798人のうち、1万7687人が就職。就職率は5割を超えています。
サポステは「身近に相談できる機関」として、全国160カ所に設置。各都道府県に必ずあり、利用しやすくなっています。
働くことに踏み出せないキミを応援したい! サポステ