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時論公論 「慰安婦問題 これで最後?」

出石 直  解説委員

日韓両政府が慰安婦問題で最終合意をしてから1か月が経ちました。最大の懸案が取り除かれ、冷え切っていた両国関係は一気に改善に向かうのではないかという当初の期待感は、今、急速に冷めつつあります。
ソウルの日本大使館前には、合意に反対する元慰安婦や若者達が集まって抗議活動を続けています。日本政府は先週、国連の委員会からの問い合わせに対し「いわゆる強制連行は確認できなかった」と回答しました。韓国国内ではこれに対する反発も広がっています。
果たして日韓両国は、過去の問題を乗り越えて新しい未来に向けて歩みを進めることができるのでしょうか。

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【両首脳は成果を強調】
両国間の合意について、安倍総理大臣は「日韓関係が未来志向の新時代に入ることを確信している」と述べ、パク・クネ大統領も「新しい関係構築のための進展を作り出した」と成果を強調しています。合意の後、両首脳は2度にわたって電話会談を行ない、核やミサイル開発を続ける北朝鮮への対応を協議するなど、これまでになく緊密な関係をアピールしています。

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【世論の反応】
「歴史的な合意」と成果を強調する両首脳ですが、世論の受け止め方は日本と韓国では大きく異なります。

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先月行われたNHKの世論調査です。合意について「評価する」と答えた人は63%、「評価しない」は29%で、評価する人が評価しない人の2倍以上でした。
安倍内閣の支持率です。「支持する」は合意前も合意後も同じ46%、「支持しない」も36%から35%と、ほとんど変化はありません。

一方、韓国での世論調査では、「評価する」と答えた人は26%、「評価しない」と答えた人は54%と半数を超え、否定的な意見が2倍以上もありました。
パク・クネ大統領の支持率も、「支持する」は減り、「支持しない」と答えた人は53%と合意前に較べて一気に7ポイントも増えました。今回の合意が政権にとってマイナスに作用していることが伺えます。

このように日本では肯定的な受け止め方が主流なのに対し、韓国では合意に否定的な意見が多数を占めています。韓国メディアの中には「屈辱外交だ」と強い調子で非難する報道もありました。

【争点と合意】
では今回の合意はどのようなものだったのか、ここで少し交渉の経緯と合意内容を振り返ってみたいと思います。

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交渉で、日本側がもっと強く拘っていたのは「最終決着」、つまりこの問題を2度と蒸し返さないことでした。一方、韓国側は、日本政府が「法的な責任」を認め、「元慰安婦が受け入れ可能で国民が納得できる措置」を取るよう求めていました。
合意では「この問題が最終的かつ不可逆的に解決する」ことを双方が確認しました。最終決着については日本側の主張が受け入れられた形です。
一方、法的責任については、「解決済み」とする日本と、「解決していない」とする韓国の隔たりがなかなか埋まらず、交渉は最後まで難航しました。「道義的責任」、「歴史的責任」といった様々な表現が検討された末、最終的には「日本政府は責任を痛感している」という文言で決着しました。
「法的責任を認めたのかどうか」。日本政府は記者からの問いに対し「この表現に尽きる。それ以上でもそれ以下でもない」と説明しています。
一方韓国国内では、「事実上、法的責任を認めたと解釈する余地がある」と評価する声はあるものの、支援団体の「挺対協」や野党などは「法的責任に背を向けたものだ」と強く反発しています。

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元慰安婦は説明に訪れた韓国外務省の高官に対し「事前に相談がなかった」と不満をあらわにし、「安倍総理大臣が直接謝罪すべきだ」「法的な賠償をすべきだ」などと声を荒げました。当初目指していた「元慰安婦が受け入れ可能」で「国民が納得できる結果」とは程遠い状況です。

【少女像】
問題をこじらせているもうひとつの要因は、ソウルの日本大使館前に設置されている少女像の扱いです。この像は、4年あまり前、区が管理する公道上に無許可で設置されました。「大使館の安寧と威厳を守る」と定めた国際条約にも抵触する疑いがあります。

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合意では「韓国政府は関連団体との協議などを通じて適切に解決されるよう努力する」といなっています。岸田外務大臣は「適切に移設されるものと認識している」と述べていますが、韓国外務省は「民間が自主的に設置したもので政府として指図することはできない」と反論しています。「合意に基づいて努力はするけれども、移転できるかどうかは約束できない」というのが韓国側の本音でしょう。

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日本大使館前で毎週水曜日に開かれている集会には1000人以上が参加、学生らが像のそばに泊り込んで反対運動を続けています。世論調査でも72%が「移転に反対」と答え、「移転しても良い」と答えた人は17%に留まっています。
少女像は支援団体のいわばシンボル的な存在となっており、韓国政府が強制的な撤去に乗り出せば、政府への反発はさらに高まることは確実です。

【失敗を繰り返すな】
本当にこれで最終決着となるのでしょうか。
合意を受けて韓国政府は元慰安婦の支援のための財団を設立し、日本政府がおおむね10億円を拠出して、医療や介護など心の傷を癒すための措置がとられることになっています。しかし韓国国内では、日本政府が国連の委員会からの問い合わせに対し「いわゆる強制連行は確認できなかった」と回答したことをめぐって「合意を反故にするものだ」と反発が拡がっており、先行きは不透明な情勢です。

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最後に強調しておきたいのは過去の失敗を繰り返してはならないということです。
村山政権当時、元慰安婦への償い事業として「アジア女性基金」が作られました。ひとりあたり200万円の償い金が総理大臣のお詫びの手紙とともに届けられました。しかし法的責任に強く拘った支援団体は償い金を受け取らないよう強く働きかけ、当時207人いた元慰安婦のうち受け取ったのは61人に留まりました。その後、元慰安婦は次々とこの世を去り今では46人しか残っていません。平均年齢は89歳です。

今回の合意の柱は、日韓両政府が協力して、すべての元慰安婦に対し「名誉と尊厳の回復」そして「心の傷の癒し」を行うことです。その原点を忘れてはなりません。政府だけでなく双方の国民が相手の気持ちに思いをはせ、合意が一日も早く実現するよう共に努力すべきでしょう。それができてこそ、日韓両国が過去の問題を乗り越えて新しい時代に踏み出す第一歩になると考えます。

(出石 直 解説委員)

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