「ほぼ日」の常識は、資本市場の非常識か
人に喜んでもらう価値を問う
「ほぼ日」と上場企業という言葉の親和性に違和感を覚える方も多いのではないだろうか。その「ほぼ日」を運営する東京糸井重里事務所が上場を目指すという報道が流れた際、市場関係者の間からは懐疑的な声も聞こえた。「楽しい」「面白い」「自由な」を代表するかのような企業が、投資家に評価される世界になぜあえて飛び込むのか。代表の糸井重里氏は、「子どもの自由」と「おとなの自由」という言葉を使う。上場に対する考えを伺うインタビューから、同氏の企業観と社会観が伝わる。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2016年3月号より、抜粋してお届けする。
「ほぼ日」には
膨大な不自由さが隠されている
編集部(以下色文字):東京糸井重里事務所(糸井事務所)が上場を目指しておられるという記事を読み、正直驚きました。そもそも会社を設立された時には、上場など考えていらっしゃらなかったと思いますが、どのような変化があって上場を意識されたのですか。
糸井(以下略):東京糸井重里事務所という会社は、僕が30歳の頃、1979年に設立しました。もちろん当時は、それを上場させる考えなど、頭の中のどこを探してもありませんでした。だいたい、会社はありましたが組織は嫌いでした。フリーランスは「ええかっこしい」できます。フリーでいることが、かっこいいと思っていました。でも、その「ええかっこしい」では、モテもしなければ儲かりもしません。
たとえば、若い女性から絶大な人気がある芸能事務所のアイドルたちは、かっこいいしモテます。ある程度のお金も稼いでいます。しかし、そのアイドルに投資をするでしょうか。その一方で、アイドルを抱える芸能事務所は、実態はともかくとして、鬼のような会社だと思っている人はかなり多いでしょう。でも、その芸能事務所に投資する人は、たくさんいるはずです。フリーランスの個人と、組織。どちらが儲かるかは、この事例を見るだけで一目瞭然です。
東京糸井重里事務所 代表取締役
1948年生まれ。コピーライター。1979年、東京糸井重里事務所設立。1998年にウェブ上に「ほぼ日刊イトイ新聞」を創設し、広告事業のないネットメディアを育てた。作詞家、ゲームクリエイターの顔も持つ。
組織が嫌いだった僕が、自分の意思で本格的に組織としての活動を始めたのは、1998年に「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)をつくってからです。それから17年が経ちましたが、この間、僕も乗組員も手を抜くこととは無縁の日々を過ごしてきました。その結果として、組織としての成長も実感していました。お付き合いする会社には上場企業も多く、規模としては零細企業の「ほぼ日」が、世界に冠たる大企業と同じステージに立って話をすることができる。しかも、問題意識が重なる部分も多い。そんな状況を見て、ある時から「この組織は、このままでは収まらないだろうな」と思えるほどの成長を実感していたのです。
でも、何かが違う。そんな思いが棘のように刺さっていました。その違いの正体を探る中で気づいたのは、僕たちの組織はやることの「サイズ」が必ず小さいということです。ブルーオーシャン、レッドオーシャンという言葉がありますが、上場企業を大洋だとすると、そこに勤める社員はマグロです。一方の「ほぼ日」は小さな湖で、乗組員たちはそこで戯れるニジマスにすぎません。カウンターカルチャーでもなく、周囲から「愉快な会社で楽しそうだね」と言われるような位置付けでしかなかったのです。心の底からやりたいことがあっても、波の荒い大洋に飛び出そうともせず、湖のサイズからはみ出さないようにする。ニジマスはニジマスとして、大きくならないようにして、湖の中で楽しくやるという行動指針が沁みついていました。「ほぼ日」はとても自由そうに見えて、膨大な不自由さが隠されている。そのことに気づいて、愕然としました。
インターネットの時代に入って、たしかに自分たちがイニシアティブを取ってできることは増えています。その積み重ねによって、自分たちは何でもできるかのような錯覚を覚えていました。ほぼ日手帳も、いまでは55万部売れるようなコンテンツに成長しました。しかし実際は、ある限界の中で何でもできるというニュースを広めているだけにすぎなかったのです。物事を考える時のサイズも、無意識のうちに小さな湖にちょうどいい大きさにすることを考えてしまう。とてつもなく大きなことをやって世界に進出する野望があるわけではありませんが、その程度のサイズで成長していくことが、人間が生きていくうえでの夢のあり方として本当にいいのだろうかというジレンマに襲われました。このままでいると、僕は「自由で楽しそうだけど、退屈なじじい」になってしまう。乗組員も、成長度の低さを薄々知りながら、自由で幸せそうだと言われる状況に満足してしまう。これでは、人としての魅力がなくなってしまうのではないか。僕たちが考えていた自由は、単なる「子どもの自由」だったのです。
僕は、自分で禁じていることがあっても、そこを出たくなる人間です。そうだったはずです。それなのに、自由で楽しそうで幸せそうで、安定した年間数%の成長を受け入れてしまっている。自分が狭く認識している自分と、それに合ったところで楽しくやっている社員との間にある妙な落ち着きが、人として残念だと思った。それが上場を考えたきっかけです。
「子どもの自由」と
「おとなの自由」をやり取りさせる
印象的なのは「子どもの自由」という言葉です。糸井さんはそういうものを大事にされる代表選手のような方というイメージがあったので、それを否定されるのは意外です。
子どもの自由は「ヒッピー」や「ロック」と言い換えてもいいかもしれません。僕の中にも、「子どもの自由」の成分はたくさん入っています。でもそれを謳歌するだけでは、どこかいびつになってしまいます。一方で、おとなは「子どもの自由」のために「おとなの自由」を我慢しなければならないととらえている人も数多くいます。
でも、「子どもの自由」と「おとなの自由」を戦わせてとらえるべきではなく、「子どもの自由」と「おとなの自由」をやり取りするのが理想です。
おとなになるということは、自分の中にあるロックを否定することではありません。ロックをやりながら「ロックって何?」という問いかけができるようになることです。自分のやっている「子どもの自由」の象徴であるロックを、メタに鑑賞できるようになる。その意味で、僕もおとなになったということです。僕の中にメタな目が育ったから、「子どもの自由」と「おとなの自由」をやり取りできるようになったのです。
どちらも守っていくには、対話をしなければなりません。「子どもの自由」も「おとなの自由」も否定せず、お互いが生きる道を探っていくのです。ところがおとなになるにつれて、自分の中にある子どもとおとなが対話をしなくなっていきます。どちらかに立って、相手の意見を徹底的に潰そうとするのです。そういう思考に、僕は飽き飽きしました。そんな考え方から生み出せるものは、もう何もないと思ったからです。
ある時、糸井事務所のCFOとして篠田真貴子さんに来てもらいました。僕が望んで来てもらったのに、篠田さんが予算を組もうとすると、本当に予算が必要なのか疑問を呈しました。予算を設定し、それを目標にして活動すると、予算を達成するために必要のないこと、やりたくもないことを無理に突っ込むようになります。もう少し辛抱すれば予算が達成できるから、みんなで頑張ろう、「えいえいおー」という精神論的なことが起こってきます。僕は、そういうのが嫌いだから予算という考え方は嫌いだったのです。
でも、予算というものが違う発想で考えられるのであれば、予算は便利だと思えるかもしれません。それが自分の中で「子どもの自由」と「おとなの自由」が対話をするということです。
実際、篠田さんと2年ぐらいかけてやり取りをして、いまは一致していますが、糸井事務所に予算が入りました。とはいえ、達成できなかったら評価が下がることはありません。達成できなかった理由を考えればいいのです。達成するために無理な暴力を使わなければならない予算はよくないけれど、いまの考え方の予算であれば大賛成です。こういうことをやっているうちに、物事を対立的に考えるのがくだらないと思えるようになってきました。
上場と非上場もその延長線上で考えられるはずです。上場は会社が戸籍を得て認知されることでお金を調達できる。一方で、そのことによって失われるものがどれくらいあるか。まさに「子どもの自由」と「おとなの自由」の問題です。ところが、そのことを合理的に説明してくれる人がいません。
上場企業の人は、そこを深く考えることはありません。そもそも、上場は是という考え方の人がほとんどだからです。一方、カウンターカルチャー系の人やジャーナリストは上場に批判的です。上場を表明してから「絶対に転ぶぞ」と言われたこともあります。だとしたらなぜ絶対に転ぶのか、その根拠を説明してほしいのに、彼らから返ってくるのは「他の方法もいっぱいあるじゃないですか」という言葉です。それを教えてほしいのに、納得のいく説明をしてくれないのです。
遠くアメリカを望遠鏡で見れば、一流大学を卒業した多くの若者がNPOに就職しています。そんな事例を見ると、上場も非上場も大企業もNPOも対立的な問題ではなく、ねじれたり重なり合ったりしながら生き物のように成長していく、「子どもの自由」と「おとなの自由」が絡み合った社会になっていることがわかります。そういう考え方に立脚して語ってくれる人がいないので、自分たちで考えるしかありません。テキストを丸写しにしない上場にトライしようと決めて、何年も前から始めたのが糸井事務所の上場の話なのです。
- 「ほぼ日」の常識は、資本市場の非常識か人に喜んでもらう価値を問う (2016.02.10)
- チーム力はカフェテリアで培われる (2016.01.19)
- ピクサーで学んだ 創造的チームのつくり方一人ひとりがリーダーシップを発揮する (2016.01.12)
- 【対談】 感情を制する者はゲームを制す「勝ち続ける」ための定石 (2015.12.10)
- 人材が先、事業は後サイバーエージェントはなぜ終身雇用にこだわるのか (2015.11.10)