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【社説】

113番元素 科学者の楽園が育む

 理化学研究所(理研)の実験グループが百十三番目の新元素の発見者として認められた。そのニュースが元日の新聞に載った。幸先のよいスタートだ。この機会に、科学とは何かを考えてみたい。

 新元素を発見したのは、理研仁科加速器研究センターの森田浩介グループディレクターらのグループだ。森田さんらは二〇〇一年から本格的な実験を始め、〇四年に初めて成功した。

 実験は原子番号83のビスマスという金属に亜鉛(原子番号30)を衝突させてつくる。実際には一秒間に二兆五千億個の亜鉛をぶつける実験を八十日間続けて、やっと一つの113番元素が合成できた。二つ目は〇五年に百日かけて、三つ目は一二年に三百五十日かけてつくった。

 新元素の合成はこれまで米ロとドイツが中心だった。米ロは核兵器開発と関連することもあって、国家プロジェクトとして、多くの新元素の合成に成功している。

 私たちの周りに存在する元素では、原子番号92のウランがもっとも重い。それより重い元素はすべて人工的につくられ、寿命は一秒以下と短いものが多い。森田さんらが実験を始めた〇一年には、112番元素までつくられていた。

 おもしろいのは、実験のやり方が日本流であることだ。ビスマスを光速の十分の一まで加速するのだが、衝突が激しいと壊れてしまう。高速だが「そっとぶつけて融合させる」のがコツだという。

 一方、米ロのチームは、大きな元素同士を衝突させ、飛び散ったものの中から新元素を探し出す。いわば、力ずくの方法だ。

 かつて理研は「科学者たちの自由な楽園」と呼ばれた。大学院生だった森田さんが、プロジェクトに飛び込んでから最初の結果が出るまでに二十年かかっている。成果主義を科学研究に取り入れようという風潮があるが、研究にはなじまないことを示している。

 新元素の命名権は森田さんらのグループにあるが、「ニッポニウム」や「ジャポニウム」の名が取り沙汰されている。そのせいか「国の威信」といった言葉も見かける。

 今、原子核物理の実験は核兵器開発とは無関係になった。森田さんは記者会見で「(研究の成果は)何の役にも立たない」と答えている。だが、「私たちはどこから来たのか」という人類にとって重要な問いに答えるには、基礎科学の積み重ねが必要だ。科学は国家ではなく、人類のためにある。

 

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