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四条通り週末.com

京都から万物の面白さを伝えます

とんでもない意識高い系が現れたな、と

全般 生活

松本です。

 

今日の一曲
平成のビートルズと言われた、たまの超ヒット曲です。一昔前なら、たまを知らなくてもこの曲は知ってる、という人が多かったんですけど、今はどっちも知らない人が多くなってるかもしれません。名前のない猫に「たま」と名前をつけるように、名前のないバンドに「たま」と名付けた、というエピソードは、面白いなという感情と同時に、普通じゃない発想力だなと思ったもんです。

とんでもない意識高い系あらわる

いつものように、はてなを見ていると、トップに「ブログで顔出してそうな顔ど真ん中」と言えば、せーの!って感じの女性が顔を出してました。普段はケーキとチョコとキャラメルを混ぜたスイーツ女子の中身のない記事を読むのが大好きなのですが、今回はタイトルに引かれてついついクリックしてしまいました。

ちなみにこちら。有名な方なんでしょうか?

 

まず、タイトルがすごすぎる。意識高すぎ!これは読んでしまうわ。そしてプロフィールの紹介文がまた意識高い!これは久しぶりに現れたジャイアンツ(※)クラスじゃないでしょうか。

 

※ジャイアンツ・・・エベレストに代表される8000mを超える14の山の総称。

 

しかし、中身を見て思ったことは、この人はそもそも能力が高いなと。文章力はもちろんのこと、どう書けば人が食いつくかという発想が素晴らしいですね。そして、あくまでも読者に下からは語りかけず、上の立場を保っている。少し自虐のようなことを言ってみても、それで読者に馬鹿にされたくはないという心が、見え隠れどころか四方八方から丸見えです。

 

自虐が受けるのは知っているが、馬鹿にはされたくないというバランスが絶妙ですね。そして、意識が高いのをアピールしつつ、能力が高いので、ちょっとイラっとするけど、馬鹿にはされないという絶妙な立ち位置ですね。ブログを書いてるのが楽しくて仕方ないという感じがします。

 

しかし、それでもどこからともなく臭ってくる「意識高い系」の臭いはなんなんでしょうか?

 

よく、意識高い系と馬鹿にされますが、同じような分類で「意識が高い」と「能力が高い」があると思うんです。それを間違えて一緒くたにして語る人や、混同するなよと指摘する人もいますが、僕はそれらは同時に成立すると思うんですよ。

 

つまり、意識高い系とは別にその人の意識の高さや能力の高さとは関係なく、こいつ、なんかイラっとするなという感情に近いんじゃないかと。もう少し具体的に言うと、こいつ周りから認めてもらいたいオーラ出し過ぎじゃね?とか、いや、そんなことまで口に出して褒めてもらいたいんかよ、とか。簡単に言うと、意識高い系はとにかくうるさいんですよね。あと人間として面白くない。

 

そこに実行が伴うと「意識が高い」になったり、実力が伴うと「能力が高い」になったりすると思うんですよ。でもやっぱり「系」が隠しきれない人もいて、それがこの人なんですよね。多分、これを見て、この人すごい!私もこんな風になりたい!って思う人は少ないんじゃないかな。

 

どっちかと言うと、うわ、だっるーとか、はいはいすごいですね、みたいな感想が多い気がします。でも、同じようなことをやってても、そこを感じさせない人もいますよね。簡単に言うと、爽やかなんですが、爽やかだけでは表現できない人っているじゃないですか。他とは別格だな、って感じる人。

 

つまり、この人は自己実現理論における承認欲求が強すぎるんですよ。あ、やべ、意識高い単語使っちゃった。人に認められたいという欲求が強すぎるんですよ。そしてそれがとんでもない体臭となって臭ってくるんですよ。今の段階を乗り越えて、更に上位の高次階層に登ったときに、やっと「系」が外れるんじゃないですかね。まぁまだ若いですしね。

 

とは言え、僕はこの人が大好きなので読者になりましたし、これから定期的に記事を読みたいと思います。なんて言うか、ほら、なんかもう一回嗅ぎたくなるクサイ臭いのやつあるでしょ、あれあれ。