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積雪量日本一の青森空港で、JALの除雪体制を見る

動画も掲載。冬期運航における安全への取り組み

 40年ぶりに沖縄でも降雪を観測し、北海道から九州まで積雪を観測するという近年まれに見る気象状況で幕を開けた2016年。これまで除雪という言葉と無縁の方も多かったのではないだろうか。この大雪により、多くの便が欠航するなど航空便にも大きな影響が出たのは記憶に新しいことだろう。

 ところで、日本一積雪量が多い空港をご存じだろうか? 北海道や北陸地方などが豪雪地帯のイメージが強いところであるが、実は青森空港が日本一積雪量の多い空港なのだ。

 近年で最も積雪量が多かった年が2012年で、その積雪量は1029cmと日本全国にある空港の中で、唯一積雪量が10mを超えた空港である。

 航空機の運航にとって「雪」はとてもやっかいな存在。滑走路などの空港施設の積雪ももちろんだが、航空機の機体に付着した雪は「飛ぶ」という最も重要なメカニズムに大きな影響をおよぼすのだ。本記事では、冬の青森空港で航空機の安全運航を守る人達と、冬の空港で働くクルマを紹介する。

 取材当日の朝、記者は羽田空港を7時35分に出発するJAL141便に乗って青森空港へ向かった。関東周辺は雲一つない冬晴れであったが、北へ向かうに連れて眼下には冬の低い雲が広がり、山形県を過ぎたあたりからは一面に真っ白な雲が広がっていた。青森空港へ向けて降下を開始すると、眼下に広がる低い雪雲がどんどんと近づいてくる。ほどなくして機体は雲の中へ。どうやら雲の下では激しい雪が降っているようだ。

 青森空港には3000mの滑走路が1本あり、視界不良時に飛行中の航空機を滑走路まで誘導する「ILS」と呼ばれる計器着陸装置が滑走路の東側に設置されている。ILSは5段階の精度があり、精度の低いカテゴリー(CAT)Iから、最も精度が高いカテゴリーIIIcがあり、カテゴリーIIIcでは無視界でも着陸が可能だ。青森空港のILSはカテゴリーIIIbが設置されており、着陸時にパイロットが滑走路や滑走路の灯火を視認できる最大距離「RVR(滑走路視認距離)」が100m以上あれば着陸できる。青森空港のほか他にカテゴリーIIIbが設置されている空港は新千歳、釧路、成田、中部、広島、熊本の全国でも7カ所で、いずれも霧や雪などで気象条件の厳しい場所にある空港だ。

 青森空港へ向けて最終着陸態勢に入った機内から外を眺めるが、窓の外は真っ白いままでどこを飛行しているか、まったく分からないままだ。うっすらと何かが見えたと思った次の瞬間、青森空港に着陸。逆噴射のエンジンの音とガクガクという軽い振動が機内に響いた。ガクガクという振動はアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)の働きによるもの。近年、自動車で一般的になっているABSも、自動車に装備されるずっと以前から飛行機には装備されていたシステム。このシステムにより、滑りやすい冬の滑走路に約250km/hというスピードで着陸しても、スリップすることなく安全に減速することができる。

 しかし、いくら航空機の性能が向上しても、滑走路や駐機場、ましてや航空機自体が雪に埋もれてしまっては航空機を運航することができない。青森空港の青森空港管理事務所では冬期間の降雪に備えた除雪隊「ホワイトインパルス」を配備して航空機が安全に発着でき、欠航や遅延を最小限に抑えるべく日々活躍している。

陸奥湾の上空を旋回し、青森空港へ向け最終着陸態勢に入る。晴れ間が見えたかと思うとすぐに雪雲の中へ。気象状況がめまぐるしく変化する
青森空港の滑走路24に着陸する様子。滑走路の手前約1kmから着陸までを撮影した動画だが、激しい降雪で地上が見えない。このときの青森空港の空港気象情報を確認したところRVRは500mほどだった。滑走路に接地後、エンジンの逆噴射で雪が巻き上げられ、窓には湿った雪が付着した

雪が飛行機に及ぼす影響とは

 飛行機の形状で最も特徴的なのは「翼」である。大きな主翼によって、大きな機体を上空へ持ち上げる揚力を発生させて、主翼や尾翼の操舵面により飛行中の動作を制御する。飛行機が飛ぶために最も重要な「翼」に雪や氷が付着して、その断面形状が変わってしまうと、最悪の場合は揚力を発生できなくなり、飛行機が浮くことができなくなってしまう。過去には、翼に雪や氷が付着したことが原因の航空機事故も発生している。そのため国際民間航空機関(ICAO)により、翼やプロペラ、操舵面、エンジンの吸い込み口など、メーカーごとに決められた重要表面に“雪や氷が付着したまま離陸してはいけない”という国際的な決まり「クリーンエアクラフトコンセプト」が規定された。

 クリーンエアクラフトコンセプトには、機体に付着した雪や氷を取り除く「ディアイシング(De-Icing)」と、機体に雪や氷が付着しないようにする「アンチアイシング(Anti-Icing)」という2つの作業が規定されている。JALでもクリーンエアクラフトコンセプトに則った作業マニュアルがあり、毎年シーズンが始まる前に座学と実技訓練が行なわれ、初回の訓練は必ず羽田空港で行なわれている。

飛行機の到着からディアイシングとアンチアイシング作業の流れ

JALエンジニアリングの中村英夫整備士。ディアイシング作業について説明してくれた

 今回ディアイシング作業について解説してくれたのはJALエンジニアリングの中村英夫整備士。青森に転勤になり今シーズンで3度目の冬を迎えるという。青森空港には中村さんを含め7名の整備士が常駐しており、全員がディアイシングの資格を保持している。

 ディアイシング作業、アンチアイシング作業にはディアイシングカーと呼ばれる車両が使われ、青森空港にあるディアイシングカーは、ボルボの車体にデンマークのベスターガード製の作業装置を乗せた「エレファント・ベータ」と、いすゞの車体に犬塚製作所とAGP製の作業装置を乗せた「534S」の2台。534Sは愛称がないため、車体の通し番号からこう呼ばれている。

 どちらの車両もディアイシング作業に使用する「TYPE-1」という液体と、アンチアイシング作業に使用する「TYPE-4」という液体を搭載し、圧縮空気で雪を吹き飛ばすブロアーを装備している。534Sにはダグラス DC-9型機に搭載されていたものと同じAPU(補助動力装置)が2基搭載され、ブロワー用の圧縮空気を作っている。使い勝手のよいのは534Sだが、導入から約20年が経過しているうえ、冬期間しか使用しないことなどから故障も多く、苦労は絶えない。現在はAPUを搭載しているディアイシングカーは製造されていないため「整備して何とか使っている」と中村さんは話す。

青森空港で活躍する2台のディアイシングカー。534S(左)とエレファント・ベータ(右)
いすず製大型トラックがベースの534S
534Sの後部にはAPUが2基搭載され、ブロアー用の圧縮空気を発生させている
534Sの作業ゴンドラ。このゴンドラ内で立ちながら機器を操作する
534S作業ゴンドラ。ゴンドラが機体にぶつからないように、四隅にセンサーが付いている
534Sに装備されたブロアーノズル
534Sに装備されたTYPE-1、TYPE-4噴射ノズル。両方とも同じノズルから散布される
TYPE-1とTYPE-4が入ったタンクが空港内にたくさん置かれている。TYPE-1がオレンジ、TYPE-4が緑のラベルで色分けされている

 運航に関する判断はすべて機長に集約されているため、ディアイシング作業についても最終的な判断は機長に任されている。整備士は天気や雪質などを見極めて機長にアドバイスをして、機長が必要と判断した場合にディアイシング作業が行なわれる。

 冬の青森空港は天気が急変しやすいという特徴があることから、念のためディアイシング、アンチアイシング作業を行なうことも多いという。

 もちろんグランドスタッフの仕事はディアイシング作業だけではない。飛行機が到着するスポットの除雪も行なわなくてはいけない。取材した時間帯は絶え間なく雪が降り続ける状況だった。まずは駐機場のセンターラインの除雪を行ない、そこから徐々に幅を広げていく。除雪作業は飛行機が着陸してから、スポットに到着する直前まで行なわれていた。

飛行機の停止位置が分かるように、センターラインの部分から除雪を行なう
中心から徐々に外側へ除雪を行ない、主脚の幅まで除雪を行なう
停止線にはTYPE-4をかけて防氷し、雪で埋もれないようにする
到着に向けて準備をするグランドスタッフ
羽田からの到着便を待つグランドスタッフ。マーシャラーはコックピットから見える位置まで前に出て誘導を行なう。本来の停止位置はマーシャラーのずっと後ろだ
マーシャラーが後ずさりしながら、ゆっくりと正確に誘導する
到着した機体に付着した雪氷
激しい雪が降る青森空港に到着したJALのボーイング 737-800型機。激しい降雪時は駐機場の停止位置がコックピットから見えない。その場合は飛行機を誘導するマーシャラーが、コックピットから見えるところまで前に出て行き停止位置まで誘導する
貨物用カートを牽引するタグ車の前部にスノープラウを装備した車両で、駐機場付近を除雪する。窓ガラスに雪が付着して視界がわるくなることを防ぐため、オープンタイプの車両が使われる
スノープラウは上下左右に動き、雪をかき分けていく

 ディアイシング作業は基本的に、左主翼から尾翼、右主翼の順番に作業するが、取材当日は雪が激しかったため、2台のディアイシングカーを使用して左右の主翼で同時にディアイシング作業が行なわれていた。

 ディアイシング作業の流れは、主翼表面に付着した雪や氷をブロワーで吹き飛ばし、その後にTYPE-1を散布して吹き飛ばすことができなかった雪や氷を除去する。TYPE-1は不凍液や保湿、潤滑剤として使用される濃度80%のプロピレングリコール液と水、添加剤を混ぜた液体。基本的に水で希釈して使用され、希釈率で凍結温度が異なる。

 エレファント・ベータでは希釈率が33%で固定されているが、534Sでは希釈率を変えることができるので、シーズン始め頃は外気温を確認して5%や10%などのように濃度を調節して使用されている。TYPE-1は着雪しない効果の持続時間が短いため、約70℃に加熱されたものが使用される。そのためTYPE-1を散布している時は機体周辺から湯気が立ち上る。

 ディアイシング作業で除氷したあと、最後に行なう作業がアンチアイシング(防氷)作業だ。

 アンチアイシング作業ではTYPE-4を散布して、機体に雪や氷が付着しないようにする。TYPE-4はプロピレングリコール液と水、添加剤、増粘剤が混合されたぬるぬるとした液体で、増粘剤が加わることで機体表面に厚い液膜が形成される。TYPE-4は効果の持続時間が長いため、この液膜が長い時間機体の表面に留まり、新たに積もった雪を溶かしていく。この液膜はせん断力(平行方向からかかる力)に弱いため、離陸時の滑走で急激に粘り気を失い、溶かし込んだ雪とともに翼上面など機体から流れ落ちていく。

 TYPE-4の効果の持続時間は雪質で異なり、中間の状態である“モデレート”で1時間程度、最もひどい状態の“ヘビー”では15分ほどしか持続しない。効果の持続時間は散布を開始したときから計測されるため、出発準備が整ってから滑走路まで移動している間に時間切れになってしまう場合もある。時間切れになった場合は駐機場に戻って、もう一度散布し直さなくてはならない。この場合、当該便はもちろんのことだが、後続便やほかの便への影響も出てしまう。雪の降り方、雪質、出発便のタイミングを見計らい、適切なタイミングで行なわれるディアイシング作業は、整備士の腕の見せ所だ。

ブロアーで主翼に付着した雪を取り除く
ブロアーで雪を吹き飛ばしている534S。APUの小型ジェットエンジンの音にも注目してほしい。反対側ではエレファント・ベータが同様の作業を行なっている
ブロアーで雪氷を吹き飛ばした後、TYPE-1を散布して残った雪氷を除去する。液体は70℃に加熱されているので湯気が立ちのぼる
エレファント・ベータがTYPE-1を散布しディアイシングしている様子
TYPE-4を散布しアンチアイシング作業をしている様子
アンチアイシング作業をしている様子。TYPE-4は加熱されていないので、湯気は立っていない
ディアイシング作業が終わり出発直前する機体。胴体に付着した雪は、塗装が透けて見える程度ならば飛行に問題はない

 続いてやってきた飛行機は、新千歳(札幌)空港行きのボンバルディア CRJ200型機という小型ジェット機。当初の予定ではこちらの便を先に取材する予定だったが、青森空港の雪による悪天候のため到着が大幅に遅れたため、先ほど紹介した羽田空港行きの便が先に到着、出発していた。ディアイシング作業は、大型機でも小型機でも基本的に同じ手順で同じ作業が行なわれる。

 先ほど紹介したボーイング 737-800型機が到着した写真を見て、気付いた方もいるかもしれないが、スポットに到着した飛行機の主翼に注目してみると、主翼後縁に装備されたフラップを展開したままになっている。通常は着陸後すぐに格納するものだが、どうしてだろうか。

 中村氏に質問したところ「着陸時に雪や氷が巻き上げられフラップの隙間に入るので、動作不良や破損を防ぐためフラップを展開したままスポットインして、TYPE-1を散布して雪氷を取り除いた後に格納します」とのこと。ディアイシングカーにはホースでTYPE-1を散布できる装置が装備されいるので、ホースを使っててきぱきとディアイシング作業を行なっていた。

新千歳空港から到着したCRJ200型機
ホースを使ってフラップまわりのディアイシング作業を行なう整備士
雪が絶え間なく降り続ける、除雪してもすぐに路面が真っ白になる。冬期の作業には長靴が必須。安全靴で底面も滑らないように溝が刻まれている
中村さん(左)をはじめとするJALエンジニアリングの整備士とグランドハンドリングスタッフ。黒いジャケットが整備士でグレーがグランドハンドリングスタッフと色分けされている

冬の青森空港を支える除雪隊「ホワイトインパルス」

青森空港事務所の早坂雅美さん(左)とホワイトインパルス隊長を務める福士真人さん(右)

 JALのグランドスタッフがディアイシング作業をして出発準備を行なっている間、青森空港の除雪隊「ホワイトインパルス」が滑走路を閉鎖して除雪作業を行なっていた。冬期間は常に除雪隊が待機しており、滑走路の積雪が3cmを超えたとき、または3cmを超える可能性が高いとき、滑走路の状態がわるいときにホワイトインパルス隊が出動し除雪が行なわれる。

 除雪中は当然ながら滑走路が閉鎖されるため、この間は航空機の離着陸ができなくなる。そのため、空港事務所と航空会社がお互い連携をとりながら、航空便の運航にできる限り影響が少ないタイミングで除雪が行なわれる。

 除雪作業が開始されると、ホワイトインパルス隊の35台の除雪車が素早く除雪を行なっていく。1回の除雪にかかる時間は40分。作業中は無線で連絡を取り合い、決められたフォーメーションを組み合わせて除雪を進めていく。滑走路を除雪する本隊は、スノープラウ、スノースイーパー、プラウ付きスイーパー、ロータリー車など13台で構成され、フォーメーションを組んで除雪を行なう。この様子が、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」に似ていたことから、2013年に「ホワイトインパルス」と命名。テレビなどでも多く取り上げられるようになった。

青森空港に並んでいるホワイトインパルス隊の除雪車両
スノープラウは雪を横に押し流していく車両
プラウ付きスイーパーは雪を押し流すプラウがスイーパーを牽引している。滑走路は摩擦抵抗を増やすために細い溝があるので、路面に付着した雪や氷を推移ーパーのブラシで取り除く
ロータリー車はスノープラウが横に押し流した雪を遠くに吹き飛ばす

 青森空港管理事務所の早坂雅美さんによると、1日の出動回数は多い時で9回、今シーズンは雪が少ないため8回に留まっている。今まで最も多かったのは2005年の大雪の時、1日13回出動したという。「10年に1回くらいは雪が少ない年があって、今年はすごく少ないですね。10年間の降雪量を平均するとおよそ7mくらいです。」と説明する。

 ホワイトインパルス隊は毎年11月に結団式が行なわれ、地元の建設会社などの複数社の共同企業体により編成されている。近隣の農家などからも集まり、毎年約120名の隊員が集結する。毎朝80名が出勤して、天候状態によって待機人数を減らしていく。ホワイトインパルス隊の隊長を務める鹿内組の福士真人さんによると、新人が入ってきた場合はぶっつけ本番で除雪作業を教えていくという。空港では専門的な用語や知識が要求されることも多いため、「晴れた日は勉強です」と力強く話した。

エプロンを除雪するのは、ホイールドーザーと呼ばれる車両
滑走路や誘導路はスノープラウやスノースイーパー、プラウ付きスイーパーで行なわれる
薬剤散布車は、スノープラウが雪をかき分けたあとに凍結防止剤を散布する車両。青森空港では液体と固体の2種類の凍結防止剤を使用しており、写真の車両は液体と固体の両方を散布することができる車両
除雪完了後は摩擦係数測定車で滑走路の滑り度合いを計測する。路面摩擦係数は「Good」から「Very poor」の6段階に表されて、航空機の重量や風向きなどの条件により、着陸できるかどうかが判断される

 取材当日は雪が降ったりやんだりを繰り返し、10分単位で状況がめまぐるしく変化する天候だった。取材をしている6時間の間にホワイトインパルス隊が4回出動していた。1便を安全に確実に飛ばすために、雪に立ち向かうスタッフ達の姿に本当に圧倒された取材であった。

青森空港を出発するJALのボーイング 737-800型機
夕刻、記者が羽田に帰る便の機内から撮影した主翼。表面がTYPE-4の液膜で覆われている
速度が上がってくると、主翼表面の液膜は流れているようだ

(鈴木崇芳)