俺の名は悟(さとる)。今日は気分がいい。いい湯加減だ。そう、なんと温泉にいる。生まれて初めて女性と二人っきりで温泉旅行に来た。もちろん相手はマキちゃんだ。俺の住むところから車で一時間のところに有名な温泉がある。貸し切り風呂もあるんで、マキちゃんと混浴ができるのだ!マンションの風呂は狭く一緒に浴槽浸かることはできない。しかし、この貸し切り風呂のおかげで夢の『彼女とお風呂でラブラブ』ができるのだ!男の夢が叶うのだ!裸エプロンと並ぶベストシチュエーションではないか。世の男性諸君、分かるよな、このロマンを!
とはいえ、貸し切り風呂は時間制の予約制なので、温泉に着いて、すぐ入れるというわけにはいかなかった。晩飯後に予約したので、晩飯後で楽しむことになっている。だからといって、晩飯まで温泉に入らないのはもったいないので、大変悲しいことなのだが、マキちゃんと別れて温泉に入った。知らないおっさんたちに混ざって温泉に入っても正直そんなにうれしくない。でも、晩飯後のマキちゃんというデザートを考えるとちょっと元気になってしまう。アレが。やっぱり、普段と違う場所というのが燃える!なんか開放感がある場所でというのが燃える!とにかく燃える!俺は長風呂できない男なんで、マキちゃんより先に上がっておみやげコーナーでマキちゃんが上がってくるのを待つことにした。
おみやげコーナーはいかにも温泉のおみやげコーナーという感じで、妙に安心感がある。今は買わないが帰りには温泉まんじゅうを買おうと思っている。
(この温泉まんじゅうは食べたことがありません。あくまで参考画像です。)
俺は黒糖を使った温泉まんじゅうが大好きなのだ。だから、部屋について荷物を置いたらすぐにテーブルの温泉まんじゅうを食べた。マキちゃんは真っ先にまんじゅうを食べた俺を見て笑っていたが、そんなことは気にしない。俺は大の甘党だから、目の前にまんじゅうがあれば食べる。なぜ食べるのか?それはそこにまんじゅうがあるからさ!
おみやげコーナーを一回りしてもマキちゃんが来ないので、近くのソファーでだらけることにした。
マキちゃん「テッテッテー♪テッテッテー♪」
悟「おう、マキちゃん。やっとあがったの?待ちくたびれたよ。」
マキちゃん「動かない!そのままじっとして。」
悟「なんで?」
マキちゃん「いいから。」
悟「分かった。」
俺は言われるまま、ソファーに深く座り直す。
マキちゃん「違う。さっきみたいにだらっとした感じで。」
俺はマキちゃんの意図がよく分からなかったが、言われるままだらっと座る。
マキちゃん「テッテッテー♪テッテッテー♪」
悟「何その効果音?」
マキちゃん「火(か)サス。」
悟「カサス?」
マキちゃん「火曜サスペンス劇場。」
悟「ああ!あれ!」
マキちゃん「テッテッテー♪テッテッテー♪チャンチャンチャンチャン…」
(マキちゃんが口ずさんでいるは、このテーマです。火曜サスペンス劇場 フラッシュバックテーマ - YouTube)
悟「でも、なんで?」
マキちゃん「温泉と言ったら、殺人事件でしょ?」
マキちゃんは俺の首の脈を触る。
マキちゃん「すでに死んでいる。女将さん、早く警察を!温泉のお客さんは外に出さないでください。」
女将さん「えっ、死んでいるのですか?」
マキちゃんは後ろに女将さんがいることを知らなかったみたいだ。
マキちゃん「えっ、いや、あの、これはですね、すみません!」
逃げるマキちゃん。スリッパをパカパカ言わせて走っていく。なんだコレ?
女将さん「あの~、こういうのやめてもらえますか。他のお客さんもいることですし…。」
悟「すみませんでした。ご迷惑おかけしました。」
俺もすぐに立ち去りたかったのだが、動揺していないところをアピールしようと見栄を張り、その場でウロウロしてみた。そして、成り行きで温泉まんじゅうを買ってしまった。内心ドキドキもんで、冷や汗もかいていた。
部屋に戻るとマキちゃんが土下座をして待っていた。
悟「マキちゃん。さっきの何?温泉の人に迷惑かけちゃだめだよ。」
マキちゃん「ごめん。つい浮かれてしまいました。反省しております。」
悟「俺、冷や汗かいたよ。」
マキちゃん「いや~、まさか、あの場に女将さんがいると思っていなくてさ。」
悟「いてもいなくてもダメです!」
マキちゃん「反省しております。」
悟「俺、なんか勢いで、まんじゅう買っちゃったよ。」
マキちゃん「お代は払わせていただきます。」
悟「いいよ。別に。晩飯まで時間もあるし、ちょうどお腹も空いてきたからお菓子として食べるよ。」
俺は包装を破り、まんじゅうを一つ口に放り込んだ。甘い。うまい。あんこ大好き!汗かきすぎたせいか、ちょっと口の中が渇くな。お茶飲みたいな…。
マキちゃん「お金がダメなら、体で支払います。貸し切り風呂でサービスさせていただきます。」
悟「えっ?ゴホッ、ゴホッ…」
マキちゃんが急に変なこと言うからまんじゅうがのどに詰まった。
マキちゃん「大丈夫?ほら、お茶。もう慌てて食べるからだよ?」
マキちゃんがテーブルのポットからお茶を入れて、俺に渡してくれた。一気にお茶を飲んだのだが、このお茶ぬるいな。まあ、今回はちょうどよかったのだが。それにしても、俺がのどを詰まらせそうになったのは、マキちゃんのせいだから。体で支払うっていつの時代の人だよ?そんなこと言う人初めてだよ。それにしても、もう少しで、湯けむり温泉殺人事件になるところだった。本当に火曜サスペンス劇場になるところだった。危ない危ない。
まあ、貸し切り風呂でサービスしてくれるそうなんで、いいけどね。
マキちゃん「何、にやけているの?いやだ~、Hだ。あっ、もしかして、あなた私の体が目的だったのね!」
悟「えっ…、いや、違うよ。俺はマキちゃんが好きなんだよ。体目当てじゃないよ!」
マキちゃん「冗談よ。もう、何マジになっているの?」
悟「やめてよ。俺、幸せすぎていつも不安なんだから…。」
マキちゃん「ああ、でも、貸し切り風呂でのサービスは冗談じゃないから。」
悟「えっ?」
マキちゃん「覚悟しろよ~!」
悟「おっ、おう…。」
彼女がHだということは悪くないな。むしろウェルカムだね。