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<記者の目>新国立競技場 建設問題=山本浩資(東京社会部)

新国立競技場の新計画に採用されたA案の前で握手する建築家の隈研吾氏(右)とJSCの大東和美理事長=昨年12月22日、森田剛史撮影

透明性、まだ足りない

 「東京のグリーンネットワークの要になる」「木に包まれた競技観戦は、このスタジアムでしか体験できない」

     2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の新計画が決まった昨年12月22日の夕方、デザインした建築家の隈研吾(くまけんご)氏は黒の革ジャケットに身を包み、パソコンを使って計画の内容を説明した。

     記者会見場の片隅でそれを聞きながら私は胸が躍った。新国立競技場を巡り、当事者の思いを初めて直接聞けた気がしたからだ。でも、遅かったと思う。最初から審査はオープンにすべきだった。

     昨年9月の事業者公募には2グループが挑んだ。業者名は最後まで非公表。審査過程で公開されたのは、決定の8日前にホームページに載った約50ページほどの技術提案書のみ。事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は業者にも秘匿を徹底させた。

     旧計画はJSCと所管する文部科学省が不都合な情報を隠したまま計画を進めたため白紙撤回に至ったと言える。

     当初1300億円とされた旧計画の工事費は最終的に2520億円に膨らみ、イラク出身の建築家、ザハ・ハディド氏がデザインした巨大な弓状構造物・キールアーチに批判が集まった。けれども、ザハ氏本人が説明する機会は持たれず、設計会社もゼネコンも「守秘義務」を理由に、公にコメントしなかった。

     第三者による文科省の検証委員会の調査で、旧計画の設計過程で設計会社が複数のコンパクト案を示し、ザハ事務所も理解を示していたことが判明した。当事者の声を早くから公表して議論していれば事態は好転し、白紙撤回はなかったのではないかと思う。

    新計画の審査に疑問抱く伊東氏

     これを教訓として新計画に求められているのは徹底した透明化のはずだ。しかし、社会の要請に応える情報の公開は十分と言えず、それは新計画の審査が「出来レース」だったのではないかと疑わせる要因にもなっている。

     新計画は隈氏、大成建設、梓設計のグループによるA案に決まった。白紙撤回直後から、ゼネコン業界では大成が本命視されていた。大成は旧計画でスタンドの施工を担当し、資材や人員の確保にめどがついており、旧計画の設計に携わった梓設計と組んだ。

     関係者によると、両社は旧計画のデータを入手できる立場。隈氏によると、大成からの打診は新計画の要項が発表される前の昨年8月下旬で、「複数の(設計)オプションが用意されており、その中からリーズナブルなものを選んでデザインした」と明かす。

     一方、旧計画のデザインで最終選考に残った建築家の伊東豊雄氏は白紙撤回後、独自に設計に着手した。「8月末にデザインはできていたが、ゼネコンが乗り気でなかった」と語る。竹中工務店、清水建設、大林組、日本設計とグループを組めたのは、公募締め切り2日前の9月16日。提出したのがB案だった。

     有識者7人によるJSCの審査委員会は、合計点でA案に610点、B案に602点をつけた。両案とも完成時期は「19年11月」だが、「工期短縮」の評価でA案177点、B案150点と27点差がつき、伊東氏は「この点差には納得いかない」と憤る。

     審査の議事録などによると、B案のグループは建築確認前にくい抜きや山留めを事前着工する計画で、JSCに「事前着工が認められない場合は完成時期が2カ月延びて20年1月」と伝えた。その後、12月19日の審査委による非公開ヒアリングで、「事前着工が認められなくても設計、工事を1カ月ずつ短縮し19年11月に完成させる」と修正すると、JSC職員が「(前と)変わったことをお話しになった」と発言した。伊東氏は「職員の発言で委員の心証が変わったのではないか」と疑問視し、今月9日にB案の趣旨や経緯を説明する緊急シンポジウムを予定している。

    情報開示徹底し理解得る努力を

     ザハ事務所も1月13日、JSCからデザインの未納代金を全額支払うのと引き換えに著作権を譲るよう書面で要請されたが、拒否したことを明らかにした。A案について「我々の案と構造が似ている」としており、著作権を巡って圧力を強めるとみられる。

     曲折を経て決まった新国立競技場の計画だが、こうした動きが出ているように円満決着はしていない。対応するJSCや国に求められるのは、審査や交渉の途中経過を含めた迅速な情報開示だろう。

     旧計画でデザイン決定から2年以上にわたり労力と時間を費やした人たちは、どんな思いで白紙撤回を迎えただろうか。混乱を再び招かないためにも、JSCや国は常に社会の理解を得て事を進める必要がある。20年大会までに残された時間は限られている。

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