細川治子
2016年2月8日12時35分
高松市磨屋町のオフィス街にある「白樺珈琲(しらかばコーヒー)店」が今月19日、60年の歴史を閉じる。本格コーヒーとカレーを提供する店として市民に愛されたが、コンビニやチェーン店の台頭で存続が難しくなったという。
「本日のカレー 2日目です」。カウンターとテーブルがある26席のこぢんまりした店内には、仕込み日からの日数を記したボードが掲げられている。
「『何日ぐらい煮込んでるの?』って、よく客が聞くもんだから」とマスターの石井一則さん(65)。最長記録は年末年始の休業を経た「9日目」だ。もっとも最近は「2日目」の表示が続いている。閉店を聞きつけたファンが連日押し寄せているからだ。
先月9日、店先に「役目を終えました」と閉店のお知らせを出した。去年まで高松にいた銀行支店長は京都から駆けつけた。「今まで出会った中で一番うまいカレー」と言い切る。コーヒー、サラダ付きのオリジナルカレーは850円。「こんなコストパフォーマンスのよい店がなくなるのは残念だ」と惜しむ。
父・弘(ひろむ)さん、一則さん2代にわたるマスターの人柄を慕う客も多い。市内の柴坂進さん(83)は損保会社の営業マンだったころから通う。「心のよりどころがなくなるのは寂しい」
白樺は、弘さんが「高松にはうまいコーヒーがない」と1957年1月、脱サラして市内大工町の商店街に開いた。店内の焙煎機(ばいせんき)で豆を煎り、サイホンでいれるコーヒーと、本場のスパイスを効かせたスープ状のチキンカレーが自慢だった。カレーは当時、小麦粉でとろみをつけた甘めが普通だったため、「カレー茶漬け」と言われ、売れなかったという。
今のカレーは、現住所に移転後の34年前、弘さんが考案した。96年に亡くなってからは、一則さんが記憶を頼りに引き継いだ。20種類のスパイスと玉ねぎ、牛肉、リンゴ、バター……。材料は不変だが、春から夏にかけて徐々に辛さを強める。「春に辛すぎたら新入社員が来てくれんようになるやろ」。定休の日曜日も鍋に火を入れるため、休むのは年に2、3日だけだ。
客足が伸び悩むようになったのはバブル経済がはじけてからという。宅配弁当やコンビニに客は流れた。コーヒーマシンを備える事業所も増え、商談客も減った。携帯の普及は待ち合わせ客を奪った。店に来てもスマホをいじりながら短時間で黙々と食べる。店にかつてのにぎわいはなくなった。
一則さんは「今のサラリーマンはかわいそう。喫茶店でのんびりすることもできない」と言う。原料費の高騰や消費税増税でカレーを値上げするたびに客足は遠のいた。今は34年前と同じ価格に戻っている。
店の再開は考えていない。「喫茶文化は終わった。白樺は時代に取り残されたんでしょうね。惜しまれてやめるのが幸せです」(細川治子)
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高松市磨屋町4―4―2F。午前8時~午後5時(売り切れ次第終了)。日曜定休。
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朝日新聞社会部
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