印南敦史 - スタディ,リーダーシップ,仕事術,働き方,書評 06:30 AM
グーグル日本法人元社長が伝える、リーダーになるための資格
『リーダーになる勇気』(辻野晃一郎著、鈴木隆祐構成)の著者は、ソニーを経てグーグル日本法人代表取締役社長を務め、現在は2010年に創業したアレックス株式会社代表取締役社長兼CEOとして活躍する人物。そんな経験に基づき、多角的にリーダーについての考え方を記したのが本書だというわけです。
根底に根ざすのは、著者自身が大切にしているという「Face it」(逃げず、正面から向き合う)という言葉。日本が大きな曲がり角に立っているいまだからこそ、「Face it」を大切にしたいという姿勢を持つべきだというのです。人に対してであれば「Face to face」になるでしょうが、どうあれきちんと課題や相手に対峙し、正々堂々と反論したり行動する勇気が必要だということ。
人生の基本姿勢として、何事に対しても逃げず、課題や相手に正面から向き合うことは大切です。どんなことでも、自分自身で「面と向き合うこと」以外に問題解決の手段はないのです。(「はじめにーー今、リーダーになる勇気を持て」より)
どれだけ困難な状況下や理不尽な境遇のなかでも最善を尽くし、自らのインテグリティ(integrity:誠実さ)を尊重して行動することは楽ではないでしょう。しかし、そうした修羅場をくぐり抜けないと、絶対に見えてこない世界があると著者はいいます。そしてそれこそが、次代のリーダーに求められるべきことであるという考え方です。
きょうは第7章「クラウドファンディングでチャレンジする人と支援する人の輪を広げる」のなかから、若い世代が意識すべき、いくつかの大切なことを引き出してみましょう。
リーダーをつくろうとすることの弊害
いまは「リーダー養成塾」のようなものが多く、なかには財界主導で高校生を対象にしたものまで存在します。こうした流れになっていることについては、起業がいわゆるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の機会を与えられなくなっていたり、あるいは「それでは間に合わない」という危機感があるからだろうと著者は分析しています。
ただ、リーダーになるための手法を問う本や教材では、それだけが目的化してしまいがち。つまり、肝心の「実践」を経験することができないわけです。しかし人は、多くの実践を通じてしかリーダーとしての経験を積むことはできません。よきリーダーは、生まれついての才能に加え、運動と同じように、訓練によって身についたものに磨きをかけることが大きいということ。
ちなみにずいぶん前から、最近の若い人たちは「草食系」と呼ばれたりしますが、少なくとも著者が接してきた範囲においては、とても意欲的で元気で行動力のある人たちもたくさんいるそうです。見方によれば、そういう人たちと、受け身で線の細い優等生タイプに二極化しているということ。
それを踏まえたうえで著者は経営者としての立場から、「エッジが効いて、挑戦的で、個性豊かな人、能力があって、人とは違う考えを持っているような、そして途中で諦めたり逃げたりせずにやり遂げる人」こそ社員に加わってほしいと記しています。(181ページより)
いい子のふりをすることはやめよう
日本の就職活動や入社式の典型的な光景は、1957年生まれの著者が若かったころとくらべてもほとんど変わっていないといいます。たとえば就職活動の時期になると、多くの若者が髪の毛を整え、同じようなダークスーツを着て、急に没個性化します。新卒一括採用のような、戦後にできた日本独特の採用慣行もあり、大手のブランド企業に多くの人が入りたがるトレンドにも変化がないということ。
その一方、若者を取り巻く雇用環境は大きく様変わりしています。たとえば著者が就職活動をしていた30数年前とは、テクノロジーもインフラも職種も稼ぎ方も、すべてがまるで違ってきているわけです。
また、企業にも寿命があり、創業期、成長期、安定期、衰退期と推移していくものだということに目を向けるべき。いうまでもなく創業期や成長期の企業に入ればハイリスク、ハイリターンに、安定期や衰退期の企業に入ってしまうとローリスク、ローリターンまたは、ハイリスク、ローリターンとなってしまうもの。だからこそ、「企業のライフサイクルも人間のそれに似ている」ことを意識することが重要だということです。
そして若いうちにこそ貴重な経験をさせてくれる成長株の会社を探し出し、その発展に主体的に加担するのもひとつの手段。必ずしも学生のうちから「起業しなければならない」と焦る必要もなく、会社員経験の価値を過小評価するのも問題だと著者はいいます。
なぜなら、会社に雇用されるという経験は貴重だから。その経験がないままに起業して成功している例もありますが、雇われた経験は、現場で働く人のつらさや痛みなどを理解するのに役立つわけです。(182ページより)
自分をリードするのは自分
日本は島国で、鎖国していた歴史も持っています。しかしいうまでもなく、これからは地球単位で発想すべき時代。たとえば著者はグーグルにいるとき、そこでは多くのスタッフが当たり前のように、まるで宇宙の彼方から地球を眺めているような目線を持っているように感じたのだそうです。虫の目、鳥の目どころか、ある意味では神の目線だということ。
たとえば07年にグーグルに入社し、未来志向の研究プロジェクトである「グーグルX」を創設したセバスチャン・スランは、18歳のときに親友を交通事故で失ったことから「地球上から悲惨な交通事故をなくしたい」と強い使命感を抱き、自動走行車の実験に取り組んできたのだとか。12年にはオンライン教育プログラムを手がけるスタートアップ企業である「ユダシティ」を共同創設し、現在はグーグルを離れていますが、その功績は大きいといいます。
日本ではIT分野でも、最近は短期間での収益性が高いソーシャルゲーム系の成功などが目立ちますが、それ以外の分野でがんばっている人も少なくありません。だからこそ知恵を絞り、独自のアジェンダ(課題)とルールを生み出し、他の人たちが大勢集まってきてプレイするフィールドをつくっていかなければならないと著者は主張しています。(187ページより)
若い世代と積極的に関わり、リーダーの気概を養う
坂本龍馬が生きた時代、志ある人たちは、故郷にとどまっていれば得られる安定を捨て、欧米に負けない日本を建設しようと命がけで戦いました。でも、いまの時代は会社を辞めても命を取られるようなこともないのだから、もっと自由に羽ばたけばいいと著者は読者に語りかけます。しかしそのためには、羽ばたけるだけの受け皿も必要となってくるでしょう。
そういう意味では、挑戦するメンタリティが育たないのも、若い人たちのせいではなく、長らく閉鎖的な状況を放置してきたシニア〜ミドル世代の責任。だからいまこそ、若い世代と上の世代が一緒になり、新陳代謝を促進していく社会にすべきだともいいます。
ビジネスパーソンのスピードは、決して年齢とともに落ちるわけではないものです。それどころか年齢を重ねるごとに経験も知識も、ネットワークも増えるわけなので、判断のスピードはむしろ上がるはず。そこで、人に聞いたり、インターネットや本、雑誌を通じて情報収集をするだけではなく、行動して、生きた知識を吸収することこそ大切だと著者は強調します。
とはいえ当然のことながら、衰退期に入った国をふたたび元気にすることなど、一朝一夕でできることではないでしょう。目先のことがらに翻弄されるのではなく、10年、20年、あるいは30年の計で目標を設定し、かつすぐに行動を起こしていかなければなにも変わらないということ。
今、リーダーになる準備をすることは、日本を変える心構えを持つ、ということです。挫けずに着実に一歩一歩、次世代のために始めるのです。(190ページより)
とはいえもちろん、行動を起こしたところで思いどおりにうまくいくとは限らないでしょう。それどころか、うまくいかないことが続くと、「なんで自分だけ報われないんだ」というような、ネガティブ思考にも陥ってしまいがち。しかし、そもそも人生なんて思うようにならないのが当たり前なのだと著者。もし、トントン拍子に物事が進んだとしたら、人は必ず傲慢になり、自信過剰になって自滅してしまうものです。
そこが大切なポイント。リーダーにはまず自信が大切ですが、せっかく培った自信に溺れてしまったら、元も子もないということ。だから、ときに自分のフルモデルチェンジをしながらドライブを続けることが大切。がんばって走り続けていれば、いずれ何台かの車が後ろから近づいてくるかもしれない。そう思って、暴走はせず、決して安穏ともせずに、前に進んでいくしかないという考え方です。(189ページより)
本編の大半は、ソニー、グーグルで見聞きした著者の実体験が中心になっています。そのぶん立体感があるので、「リーダーはどのような状況で、どう行動すべきか」を把握しやすいはず。自分らしさを生かしながらリーダーとしての可能性を伸ばしたいと考えている人には、格好の内容だといえそうです。
(印南敦史)
- リーダーになる勇気
- 辻野 晃一郎日本実業出版社