(2016年2月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
ドイツ銀行の共同最高経営責任者(CEO)のジョン・クライアン氏は、誇張癖のある人間ではない。だが、2週間ほど前、彼はお金について、普通の人が目をぱちくりさせるような発言をした。
ダボス会議の金融技術に関するパネル討論で、クライアン氏は陽気に、10年後には現金は恐らく存在していないと予想してみせた。
そう、読者の読み間違いではない。財布に入っている例の薄汚れた米ドル紙幣やボロボロのユーロ紙幣は、歴史のゴミ箱へ向かっているというのだ。
「現金は必要ない」。クライアン氏はこう断言した。「ひどく非効率で、高くつく」。我々は、彼のことを信じられるだろうか。データを見たら、信じられない。
思っているほど減っていない現金の利用
この数十年間、電子金融が定着するにつれて、現金の利用が減ってきたのは事実だ。国際決済銀行(BIS)によると、入手可能な直近のデータに当たる2014年には、経済規模の大きな上位19カ国・地域で市中に流通している現金の残高は、国内総生産(GDP)合計の7.9%相当だった。これに対し、2010年の数字は8.4%だ。
だが、注目すべきなのは、現金の利用が減少したという事実ではなく、このトレンドがいかに進展が遅く、むらがあったか、ということだ。実際、GDP比で見た現金の量ではなく、流通している現金の総量を見ると、西側の主要経済国で最近量が減少した国はスウェーデンだけだ。ほかの国では、総量が増加している。日本、スイス、ユーロ圏、英国では、GDPに対する現金の割合がむしろ高まった。
今日の日本では、流通している現金がGDP比20%超にのぼり、スイスでも10%を上回っている。英国では3.7%で、2010年より高い。例のスマートフォンの銀行口座や「ブロックチェーン」技術のイノベーションは華やかに見えるかもしれないが、紙幣を全滅させるには至っていない。まだ今のところは。