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ユースアドバイザー養成プログラム
第3章 支援対象者の理解
  第2節 若者の抱える問題(コンプレックスニーズを持つ若者の理解のために)  

3 薬物依存(麻薬,覚せい剤,向精神薬,アルコール等)

(1)薬物依存とは

依存性薬物の乱用を繰り返すうちに,「その薬物の使用をやめようとしても,容易にやめることができない生体の状態」を薬物依存という。薬物依存は,精神依存と身体依存の二つのタイプに分類されている(図3−14)。依存性薬物に共通した特徴としては,精神依存が形成される点であり,薬物依存の本質は精神依存である。依存性薬物を摂取すると,脳内のドパミン(A10)神経系が活性化されることによって,非常に強力な陶酔感や多幸感を感じる。繰り返し摂取することで,脳内の神経機能に異常が生じ,この感覚が忘れられなくなり,精神依存に陥ると考えられている。精神依存状態では,その薬物の効果が減弱,消失しても手のふるえ等の身体的な不調は原則的には現れないが,薬物に対する強烈な摂取欲求が生じる。精神依存状態で生じる薬物に対する摂取欲求を「渇望」といい,これが原因となって薬物の使用を容易にやめることができなくなる。「何としても薬物を入手したい。」,こうした欲求から薬物入手に固執する行動を「薬物探索行動」といい,喫煙者が常にタバコを切らさないよう振舞う場合等が身近な例である。一方,身体依存性を有する薬物を繰り返し使用すると,薬物の効果が減弱,消失すると渇望が生じるのと同時に,手のふるえや下痢等の離脱症状が発現する。この苦痛及び不快な状態から逃れるために,薬物摂取の渇望が増強されてしまう。したがって,身体依存は,薬物依存の本質である精神依存を強める効果があると考えられている。

図3−14 薬物依存とは

図3−14 薬物依存とは

乱用される危険性を有する薬物は,主に脳に作用し精神活動に影響を与える作用を持っており,中枢神経系を興奮させたり抑制することにより,陶酔感,多幸感,酩酊,不安の除去,幻覚などをもたらす働きがある。各種薬物の精神依存性と身体依存性に関する特性を表3−5に示した。覚せい剤やコカインなどの中枢興奮作用が強力な薬物は精神依存の形成のみであり,ヘロインなどの中枢抑制作用を示す薬物は身体及び精神依存を形成する作用を有する。麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)により規制される薬物は「麻薬」及び「向精神薬」であり,以下,覚せい剤(覚せい剤取締法)及び有機溶剤類(毒物及び劇物取締法)など,取締りの根拠になる法規により分類が異なる。違法ドラッグは,「これらの規制薬物と類似の中枢作用を有し,乱用されるもの」であり,指定薬物もしくは未規制の化学物質の総称である。違法ドラッグのうち天然物由来成分では,サイロシン及びサイロシビンを含有する通称「マジックマッシュルーム」の乱用による健康被害が発生し,わが国において,初めて違法ドラッグ(当時は合法ドラッグ)の乱用が表面化した。また,違法ドラッグのうち合成化合物は「デザイナードラッグ」とも呼ばれ,麻薬や覚せい剤の類縁化合物が存在しており,現在,その乱用拡大は深刻な問題である。一方,「麻薬」及び「向精神薬」の中には,医薬品として流通している薬物も含まれており,合法的に医薬品を入手し,それを乱用するため,薬物問題が表面化しにくい場合もある。そのため,乱用される危険性のある薬物に関する基本的な作用,症状を理解することが重要である。

表3−5 薬物の依存性と主な作用の特徴

法律上の分類 中枢作用 薬物のタイプ 精神依存 身体依存 乱用時の主な症状
麻薬(麻薬及び
向精神薬取締法:
麻向法)
抑制 あへん類(ヘロイン・モルヒネ等) +++ +++ 鎮痛,縮瞳,便秘,
呼吸抑制,血圧低下
興奮 コカイン,合成麻薬
(MDMA)
+++ 瞳孔散大,血圧上昇,興奮,
不眠,食欲低下
覚せい剤
(覚せい剤取締法)
興奮 アンフェタミン類
(メタンフェタミン等)
+++ 瞳孔散大,血圧上昇,興奮,
不眠,食欲低下
大麻
(大麻取締法)
抑制 大麻(マリファナ,ハシッシ等) ± 眼球充血,感覚変容,情動
の変化
毒物劇物(毒物
及び劇物取締法)
抑制 有機溶剤(トルエン,シンナー等) ± 酩酊,運動失調
興奮 ニコチン(たばこ) ++ ± 発揚,食欲低下
抑制 アルコール(お酒,ビール) ++ ++ 酩酊,運動失調
指定薬物
(違法ドラッグ)
抑制 セロトニン系,フェネチルアミン系
化合物(麻薬や覚せい剤の
類縁化合物)
± 幻覚,筋弛緩,運動失調

 +−:有無及び相対的な強さを表す

(2)薬物依存と慢性中毒

薬物を単回で大量に摂取すると,その薬物の強力な作用が発現したり,場合によっては意識不明や昏睡状態等の生命の危機に直面するケースがある。これは,薬物乱用による急性中毒症状であり,薬物依存状態の有無は問題とはならず,適切に処置することで回復が期待できる。一方,薬物依存状態に陥っている人が薬物乱用を繰り返した場合,薬物の使用を中止しても,身体的及び精神的な不調を呈するようになる。これが,薬物慢性中毒の症状である(図3−14)。その例としては,覚せい剤の繰り返し使用では,幻覚や妄想などの症状を呈するようになる覚せい剤精神病がある。こうした,不調は3か月程度の治療により,ある程度の治療が期待できるが,幻覚や妄想が消えたとしても,それは薬物依存自体が治療できたわけではない。すなわち,薬物慢性中毒の症状が治まった時点から,薬物依存の治療と回復へのステップへ進むわけである。このように,薬物依存と薬物慢性中毒の違いを理解し,見極めることは非常に重要である。薬物依存と薬物慢性中毒の治療については,本人の同意のもと速やかに薬物問題を扱う地域の関係機関(医療機関・精神保健福祉センター・保健所・リハビリ施設など)と連携をとり,状態に応じた援助活動を行うことが重要である。

(3)若者のさまざまな問題行動の影に潜む薬物問題

薬物を乱用するきっかけは,好奇心や仲間からの誘いによるものが多いと考えられる。最近では,インターネット等の普及にともない,薬物に関する情報入手が容易になり,「やせられる」,「自信がつく」,「気分爽快になる」などの文句に魅せられ,危険な薬物であることを知らずに,薬物依存に陥るケースも少なくない。さらに,インターネット等の情報ツールの普及にともない,薬物の入手可能性が高まっている。したがって,従来のように非行少年タイプに特有の問題ではなく,どのような若者にとっても経験する可能性があるごく一般的な問題になりつつある。そのため,青少年や若者に対して何らかの支援を行う者にとって,薬物乱用や依存に関する基礎的な知識を学んでおくことは非常に重要である。

薬物問題はなかなか表面化せず,問題を内に秘めたまま徐々に深刻化していくことが多い。このような場合は,薬物乱用が引き起こす結果として,まず,生活態度全般の乱れ,就業困難,借金などが問題として表れてくるのが通常である。これらは一見して,自立につまづいた若者にありがちな一時的な問題行動にすぎないように思えるが,背後に薬物問題がある場合は,その視点を含めた支援が不可欠となる。表面化している問題の多くは,その人の薬物乱用によって引き起こされている,いわば二次的症状であり,薬物問題に着手しない限り根本的な解決が難しいからである。したがって,若者に対する支援を行う者は,さまざまな問題の背後に薬物問題が潜んでいないか常に注意を配り,問題があると認めた場合は,早期にその解決に向け適切な支援につなぐことが求められる。

(4)薬物依存症治療の流れ

薬物依存症治療の概略を図3−15に示す。まず,薬物による精神及び身体症状が顕著な場合は,医療機関でその治療を行う必要がある。これらの症状が治まってから,薬物依存症の治療が始まる。残念ながら,薬物摂取に対する渇望を抑制する医薬品(薬物依存症の治療薬)は未開発であるため,薬をやめ続けることが重要となり,そのための薬物依存症からの回復プログラムへの参加が必要である。長期的な回復のためには,依存症に関する正しい知識の習得,薬物を使用しないで生活していくためのスキルの獲得,依存症の回復を目指す先行く仲間との関係構築,生活一般の諸問題(家族関係,借金問題など)の解決等,再発防止に向けた種々の取組が必要となる。医療機関によってプログラムの内容やその充実度は異なるが,これらのすべてを医療の枠組みの中で行うことは困難であることから,長期的な回復を支える場所として,自助グループなどの地域資源を積極的に利用することが望ましい。

図3−15 薬物依存症治療の流れ

図3−15 薬物依存症治療の流れ

薬物依存症者及びその家族を対象とした主な地域資源について,その機関名及び主な役割,活動内容を示す。<1>精神保健福祉センター:主な役割または活動内容としては,依存症・治療機関に関する情報提供及びケースワーク,家族のための教育プログラム,依存症者本人や家族に対する個別相談,依存症に関連する研修や勉強会などである。<2>リハビリ施設:依存症者本人のための回復施設(入所・通所),当事者(依存症の経験を持つ仲間)がスタッフとして後続の仲間の回復を支援,プログラムの中心は「12ステップ」 2) を用いたグループ・ミーティングである。<3>自助グループ:当事者による自助組織であり,アルコール依存症者→AA(Alcoholics Anonymous),断酒会,薬物依存症者→NA(Narcotics Anonymous)などがある。全国各地で「12ステップ」を用いたグループ・ミーティングを実施している場合が多い。また,依存症者の家族を対象にしたグループとしては,アルコール依存症者の家族のためには(Al−Anon),薬物依存症者の家族のためには(Nar−Anon)などが活動している。<4>民間相談機関:依存症・治療機関に関する情報提供,ケースワーク並びに依存症者本人及び家族を対象とした個別相談,各種集団療法などが行われている。<5>福祉事務所:生活保護に関する相談を行う。

(5)家族への働きかけの重要性

薬物依存症者は,その人のみならず家族に対してもさまざまな悪い影響を及ぼす。初期段階では,家族は「好奇心から使用しているので,いつかやめるであろう。」という楽観的な態度を示す傾向があるが,依存症の進行とともに,依存症者は自らの力で薬物をやめることができなくなり,やがて,借金,事故,事件などの問題を引き起こすようになる。家族は,依存症者が引き起こすさまざまな問題の後始末に奔走するうち,心身ともに疲弊してしまい,次第に,冷静な判断や適切な行動をとることが困難になっていく。混乱した家族は,目の前の問題を解決して依存症者を助けようと必死になるが,皮肉なことに,その家族の努力自体が,かえって依存症者の薬物使用を助ける結果になってしまっていることが少なくない。たとえば,家族が借金の肩代わりをした結果,依存症者は再度借金が可能になり,薬物使用を継続することなどが一例として挙げられよう。薬物使用をなんとかやめさせようとしながら,結果的には依存症者の薬物使用を支えてしまうような家族の一連の行動を「イネイブリング行動」という。

このように,薬物依存症は「家族の病」とも言われており,その回復に家族が果たす役割が非常に大きいことから,家族が回復のための有効な資源として機能できるよう援助していくことが極めて重要である。

薬物乱用・依存症者に対する支援を行うとき,本人がなかなか薬物問題を認めようとしなかったり,仮に認めたとしても,最初はそのための援助を拒否するということが頻繁に起きてくる。そのような場合でも,まずは家族を適切な資源につなげることによって,家族自身が回復のための積極的な働きを行えるようになり,その結果,解決に向けた動きが展開していくものと期待できる。

【参考文献】

和田清,2000,『依存性薬物と乱用・依存・中毒―時代の狭間を見つめて』,星和書店

白倉克之・樋口進・和田清編,2003,『アルコール・薬物関連障害の診断・治療ガイドライン』,じほう

加藤力(編),2001,『薬物依存症 家族のためのハンドブック』,NPO法人セルフ・サポート研究所


  国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部依存性薬物研究室長 船田正彦

  新潟医療福祉大学社会福祉学部社会福祉学科講師 近藤あゆみ

2) 12ステップ:アルコール依存症者のための自助グループの創始者たちが自らの経験から生み出しテキストにまとめあげた,シラフで生きてゆく方法を身に付けるための12段階のプログラムのこと。1930年代後半に米国で発行され,わが国でもアルコールに限らず薬物,ギャンブルなど多くの依存症者の回復に役立っている。
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