「北朝鮮ミサイル発射」という”大本営発表”

北朝鮮「人工衛星」打ち上げ直後のNHKのニュースサイト

産経新聞2月7日付号外
産経新聞2月7日付号外

2月7日朝、北朝鮮が予告どおり「人工衛星」の打ち上げと予告して宇宙ロケットを打ち上げ、大手メディアは一斉に「北朝鮮ミサイル発射」と大々的に速報した。どのメディアも「長距離弾道ミサイル」あるいは単に「ミサイル」と表現している。政府が「『人工衛星』と称するミサイルの発射」と発表しているのと歩調をあわせているのだ。ついでにいえば、アメリカ国務省も「北朝鮮のミサイル発射」(D.P.R.K. Missile Launch)と公式発表している。

一方、北朝鮮国営の朝鮮中央テレビは「地球観測衛星・光明星(クァンミョンソン)4号を打ち上げ、軌道に進入させることに完全に成功した」と発表したという。

各メディアは、ほとんど鍵かっこすらつけずに「ミサイル」と決めつけて報道している。「北朝鮮が『人工衛星』と称する」という枕詞もつけず、単に「事実上の長距離弾道ミサイル」(読売新聞同日付朝刊1面)と書いているところもある。NHKも速報ニュースのテロップは「北朝鮮ミサイル」、ナレーションでも途中から面倒くさくなったのであろう、単に「事実上の長距離弾道ミサイル」と言っていた。CNNは「長距離ロケット」(long-range rocket)と報じている。ちなみに、日本共産党は「事実上の弾道ミサイル」、社民党は「北朝鮮によるロケット」と表記して談話を発表している。

日本政府の公式発表(首相官邸ホームページ)
日本政府の公式発表(首相官邸ホームページ)

「ミサイル」「人工衛星」「ロケット」の違いは何か。まず、約3年前の毎日新聞の用語解説を参照してみよう。

ことば:ミサイルと人工衛星

弾道ミサイルも人工衛星も、ロケットエンジンを使って飛ばす技術・構造は基本的に同じで、先端の搭載物が弾頭か衛星かの違い。見分けるには落下物などで確認する必要があり、断定するのは困難。日米両政府などは軌道上の人工衛星の有無などで判断している。北朝鮮に対しては、09年の国連安保理決議で弾道ミサイル技術を使用したすべての発射中止を求めており、日米韓などはいずれにせよ安保理決議違反と批判している。

出典:毎日新聞2012年12月12日付夕刊1面

防衛白書は、人工衛星を格納するか弾頭を格納するかの違いに加え、軌道・飛翔形態の違いもあると説明している。

一般的に、弾道ミサイルは放物線を描いて飛翔し、目標地点に弾頭を誘導するが、衛星打上げロケットは、一定の高度にまで到達させた後、平坦な軌跡をとり、所要の速度(例えば、高度約200kmの地球周回軌道であれば、秒速約7.8kmであり、高度約700kmであれば秒速約7.5km)以上を与え人工衛星を地球周回軌道に投入するという飛翔形態の違いがある。

出典:2009年版防衛白書

さらに、発射直後の速報で、NHKのワシントン支局記者は現地リポートで「事実上の弾道ミサイルの発射」という表現を使う一方で、再突入をしたかどうかもミサイルと人工衛星の大きな違いだと解説していた。

アメリカ国防総省は、今回の発射にはアメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイルの開発を加速させる狙いがあるとみています。アメリカ軍が注目しているのがまず発射技術の進歩、つまり発射とその後の飛行が事前の告知どおりに実施されたかどうかやその飛距離、それに加えまして、ミサイルが一度大気圏の外に出た後に再び地上に向けて大気圏に入ってくる再突入の技術をテストしたかどうか、という点です。これは人工衛星とミサイルの大きな違いといえ、今回の発射が成功していた場合、こうした点の解明が今後ひとつの鍵になってくるとみられます。

出典:NHKニュース、ワシントン支局・石川健吉記者リポート(ニュース2月7日午前10時12分頃)
NHK NEWS WEB 2016年2月7日の「迎撃」と強調したニュース解説。
NHK NEWS WEB 2016年2月7日の「迎撃」と強調したニュース解説。

要するに、技術面・構造面で共通項は多いが、積んでいるものが弾頭か衛星か、軌道、再突入の有無といった厳然とした違いもある。人工衛星の打ち上げと称して弾道ミサイル技術を磨くことが目的にあるにせよ、弾頭ミサイルの発射と人工衛星の打ち上げでは、周辺国に対する危険度も異なる。これまで北朝鮮は弾頭ミサイルの発射と人工衛星の打ち上げをきちんと区別して発表しており、それが実態と異なる虚偽発表であったという話は聞かない。

弾道ミサイルと人工衛星の飛行形態の違いを説明した図(防衛白書2009年)
弾道ミサイルと人工衛星の飛行形態の違いを説明した図(防衛白書2009年)

しかも、今回北朝鮮が発射準備をしていた東倉里(トンチャンリ)発射場は、外形的にみて、衛星打ち上げロケットのために建設したとする主張が成り立つように設計されているとの指摘もある。軍事問題に詳しい西恭之・静岡県立大特任助教によれば、東倉里には高さ50メートルの発射塔が完成しているが、「全長34メートル以上のロケットを、弾道ミサイルとして配備した国はない。逆に大陸間弾道ミサイル(ICBM)は、地下サイロや自走式発射機に容易に配備できるように、全長を短縮される傾向にある」という。そのため「北朝鮮が東倉里から発射されたロケットは弾道ミサイルではなく、衛星打ち上げなど非軍事目的のものだという主張について、真っ向から否定できない」と指摘しているのだ。(メールマガジン「NEWSを疑え!」2012年4月2日特別号)。

毎日新聞2012年12月15日付朝刊。「人工衛星」だったことはベタ記事扱い。
毎日新聞2012年12月15日付朝刊。「人工衛星」だったことはベタ記事扱い。

2012年4月に北朝鮮が予告した「光明星3号」の打ち上げは失敗したが、同年12月には同型の2号機打ち上げに成功。人工衛星は軌道に乗り、米政府のサイトにもきちんと「人工衛星」と登録されている。今回の発射も、中谷元防衛相も「何らかの物体を地球周回軌道に投入した可能性」を認めるコメントをしている(NHKニュース)。

2009年6月の国連安保理決議1874号は「北朝鮮に対し、いかなる核実験又は弾道ミサイル技術を使用した発射もこれ以上実施しないことを要求する」としている。なぜ、「事実上の弾道ミサイル」などと公式発表にあわせた宣伝をせず、「北朝鮮は『人工衛星』と称するロケット様の飛翔体を発射した」とか「政府は『ミサイル』と公式発表しているが、実際は人工衛星の打ち上げロケットの可能性が高い。だが、長距離弾道ミサイルの技術を磨く意図があるとみられるうえ、弾道ミサイル技術を使用した発射は国連安保理決議に違反する」ともう少し丁寧に、事実に基づいて報道できないのか。

2月8日付各紙朝刊も「ミサイル発射」の見出しが並ぶのか(写真は7日付朝刊各紙)
2月8日付各紙朝刊も「ミサイル発射」の見出しが並ぶのか(写真は7日付朝刊各紙)

言葉尻りをとらえて「大本営発表」と揶揄したいのではない。本心でそうでないと知りつつ、口先だけ「ミサイル」と言い募り、攻撃性のない物体を「迎撃」すると空騒ぎする一方で、より大事なこと、いざ本物の「弾道ミサイル」あるいは「落下物」が飛んできた場合の周辺被害を政府は十分に想定し、必要な対策をしているのかのチェックを、メディアがきちんとやっているのか、疑われるからだ。

軍事アナリストとして長年活躍されている小川和久・静岡県立大特任教授は、先日、私がゲスト出演したニコ生番組で、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)は標的に向かって飛んでくる「弾道ミサイル」を迎撃する能力はあるが、コースを外れた「落下物」を破壊することは非常に困難だとの認識を示していた。その小川教授は、かつて次のように指摘していた。

(…)私が呆れたのは、北朝鮮の発射するロケット(やその一部)が、万一コースを外れるなどして日本領土に落下してくるとき、それを破壊するのだという解説がないまま、いきなり弾道ミサイルの「破壊命令」という言葉だけがメディアで一人歩きをはじめたことです。何が何でも撃墜するのだと、まるで日露戦争時の日本海海戦の「敵艦見ゆ!」といわんばかりの報道で、無責任きわまりないと思います。

しかも、万一、破壊命令を出さなければならないような場合は、SM3やPAC3のミサイルが首尾よく命中したとしても、なお落下物の破片などが落ちてくる恐れに対処しなければなりません。ところが、誰一人としてそんな心配も、かけらが落ちてくるかもしれないという話すらもしないことは、なんとも理解しがたい状況です。

それに備えて国民を守れ。国民保護法制が未整備で使えないならば別の方法を模索せよ、という話でしょう。2009年のときも、私はその話をさんざんしました。ところが、政治家も官僚もメディアも、まったく進歩がありません。国民を本当に守るにはどうすればよいかという問題に一切触れないまま、PAC3はどこそこに配置されるなどと議論や報道をしているのは、滑稽を通り越して、不気味ですらあります。

出典:『NEWSを疑え!』第104号(2012年4月5日号)

実は、これらの指摘は2012年4月の人工衛星「光明星3号」発射予告のとき、当時の民主党政権に向けられたものだった。

あれから4年近くたち、政府、官僚、メディア、国民は少しでも進歩しただろうか。小川教授の採点を聞きたいところではあるが…

関連記事=【旧GoHoo注意報(2012/12/16)】「北ミサイル発射」 海外紙は「ロケット」と表記

(*) 一部の表現を加筆修正しました。(2016/2/7 20:50)