「あの日のように抱きしめて」はクリスティアン・ペッツォルト監督による2015年公開の映画。
アウシュヴィッツから生還した妻に気づかない夫と、夫の愛を取り戻したい妻。
あらすじ
1945年6月、ドイツが降伏した直後のベルリンで、レネは車を走らせていた。
アウシュヴィッツから生還した友人のネリーを病院へ運ぶためだった。
顔の損傷がひどく、医者は別の顔に”再建”することをすすめるが、ネリーは元の顔に戻ることを熱望する。
行方がわからなくなっている、ピアニストであった夫ジョニーに再び会いたい。
それがネリーの願いであった。
傷が治ると、ネリーは夫を探し始める。
ついに見つけたジョニーは米兵向けの酒場で働いていた。
声をかけるネリーに自分の妻とは気付かず、とある儲け話を持ちかける。
亡くなった妻を装って、その資産を手に入れる計画だった。
【予告編動画】
Speak Lowをもう一度
冒頭から流れるウッドベースのメロディ。
これはジャズのスタンダード・ナンバー「Speak Low」だ。
本作で重要な位置を占める曲。
この曲が使われるということは、物語の結末は始めから提示されているとも取れる。
作曲者のクルト・ヴァイルは、20世紀前半のドイツで活躍したが、ナチスによる監視が厳しくなり1933年に国外に亡命、アメリカの市民権を得た1943年にこの曲を書いた。
ミュージカル「ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス」の劇中歌として披露される。
サビの部分はシェイクスピアからの引用。
元歌手であったネリーは、夫のピアノで再びこの曲を歌える日を夢見ていた。
それは望んだものとは違う形で叶うことになる。
Sarah Vaughan - Speak Low (Live @ The London House) Mercury Records 1958 - YouTube
消えない傷と復活
元の顔に戻ることを希望したネリーだったが、それは当時の技術では困難だった。
傷は癒えたが、完全に修復されたわけではなかった。
ネリー自身の「元の顔がよかったのに」との言葉にも表れているし、夫はネリーに妻の面影を見るが、本物だとは気付かない。
ネリーは以前の姿に戻るために、夫が考えているかつての妻のようになろうとする。
二人には現実が見えていなかった。
これは皮肉だ。
作中の人物で、ネリーに気付かないのは唯一、夫だけなのだ。
本当に分かって欲しいジョニーだけ。
そして、ネリーの逮捕の後、先に逮捕されていた夫は解放されたという事実。
レネはジョニーを卑怯者と呼んだ。
だが証拠はない。夫は裏切ったのだろうか。
ここも物語のポイントになってくる。
邦題は甘ったるいタイトルだが、原題はPhoenix。
戦争で消えない傷を負い、過去にすがっていたネリーが復活する。
ラストで曲を歌い上げたネリー、夫と友人たち、その表情と視線。
あえて語らない描写がうまい。
あとがき
監督は毎回、ニーナ・ホスを採用している。
よほど信頼しているのだろう。
前作「東ベルリンから来た女」でもこの主役コンビで、車内での視線のやりとりが印象的だった。
現在日本で観ることのできるのはこの2作品だけだと思うが、どちらもおすすめ。
原題:Phoenix
監督:クリスティアン・ペッツォルト
原作:ユベール・モンテイエ「帰らざる肉体」
出演:ニーナ・ホス / ロナルト・ツェアフェルト / ニーナ・クンツェンドルフ
西ドイツへの出国申請をして田舎町の病院に左遷されてきた医師バルバラ。
夫の待つ西ドイツへの脱出と、自分を必要とする人々との間で揺れる姿を描く。
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