米投資会社ダブルラインのジェフリー・シャーマン氏が2日、投資コンサルタントが集う米投資運用協会の総会で講演した。題名は「『グラウンドホッグデー』が来た」。
「グラウンドホッグデー」とは、毎年2月2日に行う米国の祭事。巣穴に住むジリスの一種であるグラウンドホッグの動きを観察し、「春の到来」の時期を占う。
シャーマン氏が言うには、「『春の到来』は遠い」。経済の体温計ともいえる企業の決算発表が始まったが、「利ざやが4半期連続で縮小して、業績面では景気後退期に入る可能性が出てきた」。
米ウォール街で悲観論が漂い始めた。中国経済の減速、原油安による資源国経済の混乱など、リスク要因が嫌気されている。中でも、金融市場が敏感に反応するようになったのが、原油動向だ。
2日も、米国の代表的な株式指数であるS&P500種が急落している。前の日にニューヨークを訪れた米連邦準備制度理事会(FRB)のスタンレー・フィッシャー副議長が「完全雇用の目標にかなり近い」と述べたのにだ。
2日は原油先物が続落し、一時は市場心理の節目となった1バレル=30ドルを割り込んだのが米国株相場でも悪材料視された。年初から原油価格と株価が連動して動いているが、その典型的な一日だった。
石油輸出国機構(OPEC)が生産目標の据え置きを決めて、資源国の信用力が悪化した2014年。「アジア危機の再来」と世界中で騒がれていたが、国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事をはじめとする先進国の要人らは落ち着いていた。
当時流行していた言葉が、「差し引き合算」という意味の「ネット」である。先進国経済は原油に関しては輸入超過なので、「エネルギー業界が苦しんだとしても、消費や設備投資が恩恵を受けるので、経済全体にとってはプラス」という趣旨だ。
「ネット」理論は米国でも根強く、金融筋も多用していた。S&P500種とニューヨーク・マーカンタイル取引所で取引されている原油先物価格の相関係数(基準日までの6カ月間の日足変化率ベース)を計算しても、原油安が始まった14年半ばから15年半ばまでは、あまり相関性の見られない「マイナス0・05~0・25」で推移した。
だが、昨年8月ごろから、米国株と原油価格の相関係数は上昇に転じ、直近は「0・5」近辺に達した=グラフ。原油価格が下がれば米国株も下がり、逆に原油価格が上がれば米国株も上がるという、正の相関性が十分に認められる基調が強まった証拠だ。
あまりにも原油価格が低下してしまい、「ネット」理論が通用しなくなってしまったのだ。「これ以上の原油安は米国経済にマイナス」と市場が見ている。
例えば、天然ガス生産大手のサウスウエスタン・エナジー。リグ(井戸掘削装置)の運転を全面的に停止する影響で、1100人を削減すると年初に発表した。全社員の4割に相当する人員整理だ。
掘削業者の縮小路線は、パイプライン大手の経営にも打撃を与える。同ウィリアムズ・パートナーズは、今年の設備投資を10億ドルと昨年比3分の2の規模に縮小する。
エネルギー業界の大型リストラは、備品を提供する製造業にも及ぶ。米供給管理協会が発表した昨年12月の製造業総合景況指数は、09年6月以来の低い水準だ。サプライチェーンを通じて設備投資と人員の削減が拡散し、「製造業に限っては景気後退期に入っている」(米レイモンド・ジェームズ・アンド・アソシエーツの投資戦略責任者、ジェフリー・ソー氏)という。
厄介なのは、原油安が“間接的”に、信用システムの要諦である米銀の経営にも悪影響を与えている点だ。シティグループなどの大手銀は昨年来安値を更新している。
「MLP」と呼ばれる高利回りの証券を盛んに発行したシェールオイル開発業者の信用不安は深刻化しているが、米銀大手のエネルギー業界に対する融資規模は、全融資額の1~3%程度にすぎない。
だが、ドル決済されている原油の価格低下はドル高を意味する。銀行は長短金利差で稼ぐものだが、原油安の裏側にあるドル高の進行でデフレ懸念が強まり、長短金利差が埋まりそうなのだ。銀行の収益減が経済全体に好影響を与えるわけがない。
FRBは昨年12月に06年以来の政策金利引き上げを決めた。利上げ幅はたったの0・25%だったが、ゼロ金利に慣れすぎたマーケットは早くもへばり始めたようである。(ニューヨーク駐在編集委員・松浦肇)
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