『性風俗のいびつな現場』(坂爪真吾/ちくま新書)

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「貧困女性の最後のセーフティネット」

 貧困や格差の定着が社会問題となるなか、いつからか風俗の存在がこんな風に称されるようになっている。しかも風俗に従事したからといって、全ての女性が貧困のループから逃れられるわけではない。なかには容姿やコミュニケーション能力の問題で思うように稼げない女性、精神を病む女性も少なくないし、また知的障害ゆえに食い物にされる女性たちの存在も徐々にクローズアップされている。

『性風俗のいびつな現場』(坂爪真吾/ちくま新書)は、とくに風俗業界の最底辺について考察したものだ。妊婦・母乳専門店、風俗の墓場といわれる激安店、地雷(「デブ・ブス・ババア」を集めた)専門店など風俗底辺の実情を働く女性や経営者の目から明らかにしていくのだが、これまでのルポとは大きな違いがある。それが多くの問題を抱える女性たちの解決案を具体的に模索し、実践していることだ。著者は、障害者の性問題に取り組むNPO理事で、障害者への射精介助や風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」を開催するなどの取り組みをしており、また東大文学部で社会学を学んだというバックグラウンドをもつ人物だ。

 30分3900円という激安デリヘルで働く真理子さん(33歳)は幼い子どもを抱えるシングルマザーであり、スリーサイズは全て1メートル以上。その上、パニック障害、糖尿病、そして知的障害を抱えていた。また自分だけでなく子どもも自閉症にくわえて入院が必要な病気も抱えているという。

「他の風俗店ではそもそも面接すら通らない。応募者全採用の激安店で、不特定多数の男性客を相手に生本番をはじめとした過激なサービスをやる以外に稼ぐ道が無いのだ」

 わずか200円の追加報酬で飲尿や顔面排泄などの拷問に近いプレイも受け入れるしかない。そんな真理子さんは、知的障害の療育手帳を取得し、生活保護を受給していた。こうした女性たちは、福祉サービスに繋がっていないどころか、その存在さえ知らないというケースが多いと指摘されていることを思えば、真理子さんは「しっかりしている」と感じられる。しかし福祉や行政に繋がりさえすれば救われるということは決してないと著者は主張する。

「せいぜい『つながらないよりはマシ』程度の変化しか起こらない場合もあるし、生活費や障害基礎年金をお酒やギャンブルにつぎ込んでしまい、逆に状況を悪化させてしまう場合もある」

 そのため真理子さんのように、管理売春に近い激安デリヘルで働くしか選択肢がない女性たちがいるし、そこにジレンマが生じるという。

「管理されてはじめて稼げる女性。容姿や年齢にハンディがあるため過激なサービスに頼らざるを得ない女性、福祉や行政とつながれない、もしくはつながっていても生活の困難から抜け出せない女性にとっては、管理売春の場で働くことが唯一の「福音」になってしまう」

 また様々なハンディをもった女性は短期的な視野でしか物を考えられず、3カ月スパンの話をしても通じない場合が多いという。そして売れている女性を嫉妬し、自分が売れない原因を人のせいにしてしまうという。池袋にある熟女系風俗経営者は風俗は女性にとってこそ必要だとして、こんなことを語っている。

「風俗はどう考えても必要なんですよ。空いた時間に来られる。シフトも自分で決められる。お金も現金当日払いでもらえる。そんな職場はほぼ無いですよね。仮に風俗が日本から消えたとしても、死ぬほど困る男はいない。でも生活に困窮している女性にとっては死活問題です」

 こうしたリサーチを続けた結果、著者が導き出したのが風俗と福祉、そして司法の連携だった。風俗を「女性を搾取する悪者」として排除するのではなく、その存在をグレーゾーンとして認めたうえで「福祉を介して風俗と社会をつなげる」。風俗を福祉と対立させるのではなく連携という協力関係にもっていくというものだ。

「激安風俗店に限って言えば、ソーシャルワークとの相性は決して悪くないはずだ。応募者全採用の店であれば、求人広告を見てアクセスしてきた全ての女性をもれなく捕捉することができる。これまでの行政の窓口や生活困窮者支援制度、そして通常の風俗店では(面接の時点で不採用になるために)決して捕捉できなかった女性を一〇〇%捕捉し、何らかのアプローチを行うことができるわけだ」

 そのため筆者は地雷専門店「デッドボール」の待機所で在籍女性に対する無料の生活・法律相談会を行った。知り合いの2人の弁護士と社会福祉士が直接店舗の待機部屋を訪問し、在籍女性たちの相談に乗る。司法・福祉・風俗の連携だ。

 その1人、40代後半の信子さんのケースを紹介したい。適応障害だという信子さんだが、やはり精神疾患のあった夫が自殺したため生活保護を受給した。

「しかし夫の死の辛さや寂しさを紛らわすために飲み歩いてしまい、お金がなくなってしまった。信子さんは過去に自己破産の経験があるため、これ以上借金はできない」

 そのため審査なしで融資してくれる会社に申し込んだが、そこは携帯電話などを大量に契約させられる「飛ばし携帯業者」だった。毎月携帯料金の請求でさらに困窮した信子さんは、ネットで見つけた法律事務所に解決費用5万4000円を支払うが、なぜかその後も携帯の請求は止まることはなく、そのため風俗に入店したという。

 こうした事情を聞いた弁護士は、いくつかの質問を信子さんにしていく。その過程で、債務整理では相談者と弁護士との直接対面相談が義務づけられているのに、信子さんの場合は電話とメールだけで済まされたこと、費用も銀行振込だったこと、ホームページは存在するものの、担当弁護士は在籍しておらず、電話番号も違うなどいくつもの疑惑が判明。詐欺まがいの法律相談だったためもう一度、借金を整理し直すことになった。

 1人では解決できなかったことが専門家の複合的な手を借りれば解決の道筋がつく。夫のDVで離婚調停中の女性には子どもの養育費など婚姻費用を請求できることを、息子の奨学金返済のため風俗勤務をしている統合失調症の女性には薬の量や種類、自己破産の選択肢をアドバイスする。彼女たちが抱える複合的な困難が全て解決するわけではないが、ある一定の成果はあったという。

「つまり、司法・医療・福祉といった各種制度やサービスに『つながっていない』ことではなく、それらと『どうつながっているか』が問題なのだ」
「ただ『生活保護を申請させて終わり』『自己破産させて終わり』にするのではなく、司法・医療・福祉の各制度やサービスを有機的に組み合わせて、それらが確実に本人の生活を改善できるように、長期的なスパンで支援していくことが必要になるだろう」

 風俗と福祉の連携――。確かに相談に躊躇し、その道筋さえわからない女性が相談におもむくのではなく、専門家たちが働く現場に訪ねていくことはひとつの方法だろう。しかし障害やコニュニケーション、そして置かれた状況によって風俗店にすら在籍することなく、個人商店的に出会い系サイトで身体を売って生計を立てているさらなる貧困女性も少なくない。また今回は民間だけで、肝心の行政との連携、存在はない。

 その抜本的解決には今後も様々な困難があり、それは現在の日本社会全体が抱えている問題でもある。だが、こうしたアプローチは"選択肢のひとつ"として興味深いアプローチでもある。

「風俗は、決して単独ではセーフティネットになり得ない。しかし、セーフティネットを編み上げるために必要な「命綱」の一本にはなり得る」

 貧困女性の最後のセーフティネットといわれる一方、実際には搾取の構造を内包していたり、貧困の入り口ともなりうる風俗。その風俗を、本当の意味で、困窮する女性の発見・援助装置の入り口に変える。こうした取り組みは、今後どのように実を結ぶだろうか。少しでも多くの女性を困難から救う手段となることを期待したい。
(林グンマ)