2016-02-07 安倍政権の財政政策は十分に「緊縮財政」だ
安倍政権の財政政策は十分に「緊縮財政」だ
id:zenzaburoさんが「きまぐれな日々」のコメンテーター・野次馬さんと同一人物ではないかとの話がコメント欄に出ているが、私は前回の「きまぐれな日々」にもらったコメントで、「あれ、野次馬さんってzenzaburoさんと同一人物なのかな」と初めて気づいた。それは、朴槿恵を「朴さん」と呼び、昨年末の慰安婦問題の日韓合意を「朴さんの勝ち」とするコメントを、確かこの日記でzenzaburoさんからもらった記憶があったからだ。
私は両サイトの運営者だし、有料のはてなカウンタは10年前からやっていて、2008年2月度以降ははてなカウンタに記録された月々のアクセスログをバックアップをとってあるので、その気になって調べようと思ったら同一人物かどうか見当はつけられるのだけれど、アクセス解析はアクセスが急に増えた時にどの記事にアクセスが集中しているのかを調べる場合を除いて見ない。ログのバックアップは、何かあった場合に備えて念のために保存してはいるものの、過去ログを参照して調べものをしたことは一度もないのだ。だから、「きまぐれな日々」とこちらの日記のコメンテーターが同一人物か否かなど、調べる気にもならない。そんなことをするほど暇ではない。あくまで文章から同一人物だろうと想像している。
前振りが長くなったが、そのzenzaburoさんのコメントをめぐるコメント欄のやりとりを、以下ピックアップする。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20160204/1454540757#c1454571018
zenzaburo 2016/02/04 16:30
財政金融政策というくくりで見れば、日本は欧米に先駆けてすでに拡大策です。中でも財政をより強く出動させる、というのは争点になるでしょうが、程度の問題ではないでしょうか。また、現政権は分配について税制で対応してくるのではないかと思います。実はそれこそピケティの提案です。逆に財政出動も金持ち増税もできなければリベラルにもチャンスはあるでしょう。それと、分配という時大事なのは労働者の団結権ですので、これを加えれば金持ち増税、財政出動、労働者保護というセットになります。ちょっと陳腐です。
このコメントに対するid:goldengmさんの反論。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20160204/1454540757#c1454589213
goldengm 2016/02/04 21:33
zenzaburoさん
内閣府発表の現在のデフレギャップは約10兆円。そして安倍政権の補正予算は3兆円。
加えて消費税増税。まごうことなき緊縮財政であり、拡大などしていません。
アナタはただの財務省的な緊縮財政プロパガンダにまんまと騙された、民主党に代表される「自称リベラル」の経済極右でしかありません。
下記のコメントは、zenzaburoさんの再反論のつもりなのだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20160204/1454540757#c1454635599
id:zenzaburo 2016/02/05 10:26
財政金融という括りなら拡大基調じゃないかと思います。それから消費税10パーセントは2017からなので、金融緩和がうまくいけば、というところでしょう。(後略)
「財政金融という括り」という表現は甚だ曖昧だ。しかも、何の根拠も示さずに「拡大基調じゃないかと思います」などと書いている。上記コメント中「(後略)」としたくだりも大いに問題含みなのだが、その問題含みの部分の中で、zenzaburo氏は「分配オンリー信者」をdisっている。しかし現実の安倍政権の経済政策においては、政権が「金融オンリー」の経済政策をとっている(つまり財政出動は全然拡大していない)から効果が十分に表れないのではないかとの懸念の方が強く持たれている。この手の指摘は専門家の間からもなされるようになってきた*1。
たとえば、かつて「グローバル化の闘士」だったという英フィナンシャル・タイムズ紙の主筆、マーティン・ウルフはこんなことを書いている。以前にもこの日記で引用したが、再度引用する。
アベノミクス、核心は民間需要の不足
FTチーフ・エコノミクス・コメンテイター マーティン・ウルフ
2016/1/12 2:00
2012年12月から日本の首相を務めている安倍晋三氏の名にちなみ「アベノミクス」として知られる政策は、日本経済の再活性化を図る大胆な試みだった。そのアベノミクスには3本の「矢」がある。財政政策、金融政策、成長戦略だ。この3本の矢は、安倍氏が約束した再生をもたらすのか。残念ながら、それはありそうにない。
3本の矢のうち、最も強く放たれたのは金融政策だ。日本銀行は13年4月に開始した量的・質的金融緩和の下、同年第1四半期末時点で国内総生産(GDP)比34%の規模だったバランスシートを2年半で同73%にまで拡大した。GDP比でみた場合、日銀のバランスシートは米連邦準備理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行を大きく上回っている。
しかし、財政政策の矢は放たれていない。国際通貨基金(IMF)によると、13年の日本の財政拡大は景気循環要因調整後でGDPの0.4%に過ぎない。同調整後の財政赤字は14年、同年春の消費税率5%から8%への引き上げという誤った政策を主因としてGDP比1.3%減少している。15年も同様の緊縮となる見通しだ。
つまりウルフは明確に安倍政権の財政政策は緊縮策だと指摘している。
また、zenzaburo氏がよく引き合いに出すクルーグマンについても、昨年10月20日にクルーグマンが書いたコラム「Rethinking Japan」について、ほかならぬ安倍内閣官房参与の藤井聡がFacebookにこんなことを書いている。
https://www.facebook.com/Prof.Satoshi.FUJII/posts/722464904521122
藤井 聡
2015年11月28日 ·
クルーグマン教授が,コラム「Rethinking Japan」にて,日本は積極財政をすべきだ!と提言していることは,本FB上でもご紹介差し上げました.
しかし,ほとんどの日本のエコノミスト,専門家は,「積極財政はワルイもの(無意味なもの)だ」という信念を(さながら信仰のように)お持ちです.
ですから,彼らは,彼らが尊敬するノーベル経済学賞教授クルーグマン氏が,「まさか,積極財政しろだなんて,一昔前のオールドタイプの学者が言うようなアホな主張なんてするはずないだろう....」と信じ切っています.
その結果,なんと,英語訳を失敗してしまっているのです!!
事実,コラム「Rethinking Japan」を解説したネット記事の中で,最も引用回数が多いと思われる下記の解説記事でも,無意識的か意図的かはわかりませんが,最も大切な積極財政にまつわる「翻訳」(ならびにその解釈)が,あからさまにまちがっており,クルーグマンが「積極財政を主張している!」という
「真実」
が,隠ぺいされてしまっているのです!詳細は文末に記載しますが,結局,彼は,結論で,次のようにまとめています.
「結局、グルーグマンは、
量的緩和は失敗だった
自分が日本経済の自然成長率は高いと間違えたための失敗だった
と言っています。」
・・・つまり,「結論」としてクルーグマンが主張している,「デフレを終わらせるために十分に積極的な財政政策が必要だ(むろん,政治的にはその判断はむつかしいだろうけど...)!」という最も大切な主張が,無理矢理な「曲解」を経て削除されているわけです(詳細は,下記解説をご覧ください).
・・・いやぁ...我が国はこんな事ばかりしていては,景気回復なんて,永遠に不可能になってしまうでしょうね(笑).
翻訳くらいは,希望的観測はおいておいて,粛々と作業しねけりゃ,いつまでたっても,真実は日本国民には伝わらないでしょう....
取り急ぎ,ご紹介まで.
(解説)
クルーグマンは,(緊縮イデオロギーに毒された政策当局者を説得することが絶望的に難しく,したがって)デフレを終わらせるだけに十分に積極的な財政政策は(臆病の罠 timidity trapのせいで,なかなかよくやったかのアベノミクスにおいてすら)むつかしいだろうが...けれども,ほんとに必要なのは,デフレを終わらせるだけに十分に積極的な財政政策をやるしかないんだよ,と言っているのです.「What Japan needs (and the rest of us may well be following the same path) is really aggressive policy, using fiscal and monetary policy to boost inflation, and setting the target high enough that it’s sustainable. It needs to hit escape velocity. And while Abenomics has been a favorable surprise, it’s far from clear that it’s aggressive enough to get there」(直訳はこちら→「今,日本が必要としているのは,真に積極的な政策だ.すなわち,持続することが十分に可能なほどに高い成長目標を掲げた上で行う,デフレを終わらせインフレを導くに十分に積極的な,財政政策と金融政策だ.それには,いわゆる「脱出速度」(※)が必要だ.アベノミクスは大変に好ましい驚きを我々に与えたのは事実なのだが,それでもなお,それが「脱出速度」と言えるほどに積極的なものとは到底呼べぬものであることもまた事実なのである.
※ロケットが大気圏を脱出するために最低限必要とされる速度.ここでは,デフレからインフレに転換させるに十分に積極的な財政金融政策の意.」)
にも拘わらず,この論者は,
「クルーグマンがここで言うのは、財政が維持可能なインフレには、日本は至らないということです。この意味は、政府財政が維持可能でなくなること、つまり財政危機です。」
と,まったく訳の分からない解釈を,この文章に当てはめているのです.クルーグマンはもちろん財政再建についても言及していますが,それは timidity trap,つまり,財政再建しなきゃ...という臆病者が過剰に気にしてしまうものとしてと言及しているに過ぎないのです!ですから,(明確な誤訳の修正とともに)彼のこの日本語を修正するとするなら,
「クルーグマンがここで言うのは、維持可能なインフレには、日本は至らないということです。この意味は、政府財政が維持可能でなくなること、つまり財政危機がくるーーー! という臆病者の小心な不条理な懸念が,必要な財政支出をストップさせ,結果的に持続可能なインフレが達成できなくなる,ということです。」
なお,臆病者の罠(Timidity Trap)については,財政ではなく,金融ついて,クルーグマンは下記にて論じています.上記の当方の解釈を疑う方は,下記をご参照ください.
http://krugman.blogs.nytimes.com/…/…/timid-analysis-wonkish/
ちなみに,臆病者の罠(Timidity Trap)とは,流動性の罠を少々もじった,なかなか,言い得て妙な素敵なネーミングですねw
PS ちなみに,同様の病理的な反応は,下記でも見られます.クルーグマンの主張をまともに翻訳し,日本語で日本人にきちんと伝えている方は,ほとんどいないようですねぇ....
昨年(2015年)文庫化されたクルーグマンの一般書『さっさと不況を終わらせろ』でクルーグマンが積極財政を行えと口を酸っぱくして力説していたことを読んで知っている私としては、日本のエコノミストや専門家が
彼らは,彼らが尊敬するノーベル経済学賞教授クルーグマン氏が,「まさか,積極財政しろだなんて,一昔前のオールドタイプの学者が言うようなアホな主張なんてするはずないだろう....」と信じ切っています.
なんて、えっ本当かよ、と目を白黒させるばかりなのだが、残念ながらそれが現実なのかもしれない。実際、上記引用文で藤井聡が
コラム「Rethinking Japan」を解説したネット記事の中で,最も引用回数が多いと思われる下記の解説記事でも,無意識的か意図的かはわかりませんが,最も大切な積極財政にまつわる「翻訳」(ならびにその解釈)が,あからさまにまちがっており,
とこき下ろしたネット記事を私も読んだが、素人の私でさえ、いや、このクルーグマン解釈はおかしいだろ、と思ったのだった(もちろん当然ながらそう思ったのは私ばかりではなく、当該記事についた「はてなブックマーク」のうち「人気コメント」の大半は、解説記事の著者の誤訳や誤解などの問題点を指摘するものだった)。
ここで政権批判側にとっての問題点は2つあって、一つは、クルーグマンの真意を解説する論者が、上記藤井聡のような安倍内閣のブレーンを筆頭にして、政権寄りの学者らにほぼ限られていることだ。もう一つは、民主党や維新の党といった「経済極右」は論外としても、反安倍政権側からそうした野党の経済政策や野党支持者の経済政策観を批判しているはずのzenzaburo氏のような論者まで、藤井聡や若田部昌澄や飯田泰之らよりもずっと「経済右派」度が強いことだ。
若田部氏は、同じクルーグマンのコラムについて下記のようなコラムの要旨紹介と氏自らのコメントをしている。それにさらに飯田氏がコメントしている。
https://newspicks.com/news/1213244/
若田部 昌澄
2015年10月21日
ポール・クルーグマンのブログ。日本の現状についてかつての自分の立場を再考し超積極的な政策を提言。日本はもはやひどい不況にはないが、まだデフレは続いていてそれは問題。財政状況もよくない。しかし財政状態を改善するのに本当に必要なのは、緊縮財政ではない。金融政策のレジーム転換に加えて財政をさらに増やすこと。ここまでのところ金融政策はレジーム転換したが、緊縮政策でぐだぐだになっている。具体的には2%よりも高いインフレ率をめざす一方で財政政策を拡張せよ。
コメント
1.現在の日本の雇用が完全雇用に近づいてきている、と言っているけど、現状で完全雇用だとは言っていないので注意。クルーグマンも日本は完全雇用だといっている、というたぐいの誤解が生まれないためにも。
2.人口減少は長期停滞説の可能性を強める。日本の論者ならば人口減少でマクロ経済政策には頼れない、というところだが、クルーグマンやサマーズらは違う。むしろマクロ経済政策の出番になる。
3.金融政策は評価するが増税は評価しない。これには同意。また反緊縮の勧めにも同意。ただし、財政政策の中身については何も言っていないので、財政=公共事業と短絡しないように。ここはそれこそ日本の経済学者がきちんと何が望ましい財政政策かを論じるべきだろう。私個人は、短期的には再分配政策も兼ねた給付が望ましいと思っているが、インフラとしての教育、基礎研究、都市部での公共投資も考慮に値すると考えている。
飯田 泰之
2015年10月22日
若田部先生のコメントにあるように,再分配指向の給付は非常に有用な案.供給制約を考慮すると,公共施設・医療機関・学校・図書館の(建設ではなく)設備・機器の更新,雇用と待遇改善をともなう機能拡充に資金投入をするのも手ではないだろうか.
...while Abenomics has been a favorable surprise, it's far from clear that it's aggressive enough to get there
これらの意見と、現在開会中の国会でたとえば民主党の玉木雄一郎*2。のが国会で「財政規律」の観点から安倍政権の経済政策を批判する質問を発している光景などを比べてみるにつけ、民主党や維新の党といった野党の経済政策は安倍政権よりももっと悪く、絶望的なまでに論外だ。だから、現在の民主党や維新の党の実力では、経済政策を論点にして安倍政権に勝てるかといえば、それは夢のまた夢というほかない。
私が見るところ、その点でたとえばsuterakusoさんとzenzaburoさんのご両人は意見が同じといえるのではないだろうか。ともに、野党は経済を争点にして参院選で安倍自民党に勝つことはできないという点において一致しているように私には見える。もちろん私もそれに異論はない。
ただ私が言いたいのは、経済極右の民主党や維新の党が論外なのは当然だけれども、zenzaburoさんの立場にしたところでウルフやクルーグマンや藤井聡や若田部昌澄や飯田泰之と比較して、あまりに経済軸上の「右」に寄りすぎではありませんか、ということだ。
*1:手前味噌ながら、経済学の素養など全くない不肖私だが、3年前からずっと「安倍政権の金融緩和を批判するのではなく、同政権の経済政策に再分配が欠落していることを批判すべきだ」と書いてきた。素人のまぐれ当たりに過ぎないかもしれないが、いわゆる「専門家」たちが実際には権力というか経済強者の犬(御用学者・御用エコノミスト)と化しているだけではないかと思えてならない。
*2:玉木雄一郎は四国の民主党で一番選挙に強い衆院議員だが、小沢一郎とのパイプがあるらしいことから、フジテレビ政治部出身のゴロツキ政治評論家・鈴木哲夫がぞっこん惚れ込んでおり、かつ右派度の強さでも民主党有数の政治家。もちろん私はこの玉木雄一郎が大嫌いだ。